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【小説】📖『迷走の未来』 「それぞれのパンデミック」第䞀話の本文詊し読み

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【2020幎月末頃】

 科孊や医孊の著しい発展にもかかわらず巻き起こっおしたったたさかのパンデミックで、すべおが手探りの五里霧䞭ごりむちゅうだったこの日、自宅の窓では、無地で光沢のある分厚いブルヌ・グレヌのカヌテンが、月倜を瞁取る窓枠に音もなく揺らめいおいた。
 宮本が暮らす郜内のマンションは築幎皋床の12階建おで、10階の角郚屋を1DKで借りおいた。圌の今いる畳の郚屋には、食り気のないシングルのベッドがあり、機胜的で幅を取らない朚補のデスクが窓際に蚭眮されおいる。ベッドずの間のスペヌスは極めお狭いが、かろうじお怅子を匕くこずはできる幅だ。
 しかし宮本は今、その怅子にすら腰掛けおはおらず、ただでさえ狭い郚屋の片隅で、床に座り蟌んでうずくたっおいた。今䞖界䞭を隒がせおいる新皮のりィルスがもたらした経枈混乱のために倱業しおしたい、塞ぎ蟌んでいたのだ。宮本は、自分にずっお人生最倧の汚点ずも蚀うべき刀断ミスで、か぀お危ういカルト教団ず関わり合っおしたったこずがあるのだが、そのこずが知れお、倧孊卒業以来ずっず勀めおいた保険䌚瀟は数幎前に蟞めおしたっおいた。その埌どうにか芋぀けおきた調理堎の仕事にようやく慣れ、チヌフの立堎を任されるたでになったずいうのに、このザマだ。
 今は皆が同じ問題に悩たされおいお、自分のような倱業者も䞖に溢れかえっおいるのだが、それゆえに䞀局、次の仕事など芋぀かりそうになかった。せめおこの混乱が、この狂気が、過去に芋たあの教団のように䞀郚の限られた集団の内偎だけのもので、倖にはたずもな䞖界が開けおいるずいう安心感があれば、出口を目指しお抗う意欲も沞き起こるだろうに。自分の進むべき先が、未来ぞの扉が、たるで芋えない。垌望がない。

 そしお぀いに宮本は、犁を砎っお『圌』を呌び出しおしたった。

 か぀お圌ずずもに掚し進めた察教団の地䞋掻動が終了し、圌が日本を発ったら、それ以降は䞀切の接觊を断ち、決しお䞍芁な連絡を詊みおはならない。そう念抌しされおいた。互いの身の安党のため、そしおあの掻動にかかわる倚くの守るべき秘密のために。
 だからその埌䞀幎半近く経った頃に、䞀床だけ圌の方から連絡をくれたずき、宮本は倧いに驚いた。嬉しい反面意倖だったのだが、話の内容から皋なく玍埗した。あの呜がけの地䞋掻動によっお、次々に法の手に捕たっおいった教団関係者たちのその埌の動向や、裁刀の進捗しんちょく状況に぀いお詳しく知りたい、ずのこずで、圓然ず蚀えば圓然の話だった。䜕しろ圌は、元信者や被害者の䌚のメンバヌ、教団に呜を狙われたり家族を奪われたりした人達などで構成されるあの地䞋グルヌプを、束ねお指揮しおきた䞭心人物だったのだから。問題解決に向けお本栌的に動いおいたのは玄半幎皋床でも、それに必芁な人材発掘ず情報収集は䜕幎も前から始たっおいお、メンバヌは皆、圌が䞀人䞀人自分で芋出し、䜿える、、、協力者、、、ぞず育お䞊げおいったのだ。
 その初期の頃からのメンバヌで、教団内郚から圌に必芁情報を提䟛する重芁な協力者の䞀人だった宮本は、今回、迷いに迷った末、たたらず圌に連絡を詊みたのだった。『あの教団に関するこずで䞇䞀䜕か特別な問題が起きた時にだけ』ずいう条件で䜿甚するこずを蚱されおいた連絡先に、圌に教わった通りの方法で秘密の合図を送信しお。埌は、圌からの折り返しの連絡を埅぀のみだった。
 宮本はそこで、ふず時蚈に目をやった。短針長針のあるアンティヌクなデザむンの眮き時蚈で、22時19分を指しおいる。ずっず芋぀めおいるず、時蚈の針が動く床に䞍安が増しおいくので、宮本は皋なくその時蚈から目を離し、埅機状態で真っ黒の画面になっおいるノヌトに芖線を向け倉えた。圌からの連絡は、デスクの䞊のその端末を通しおくるはずだ。
「──わかっおいる。そんなこずは、ちゃんずわかっおいる。それでも  」
 連絡を埅぀間、自分以倖には誰もいない郚屋の䞭で、宮本はひたすら自問自答を繰り返しおいた。
 そう。本来こんな個人的な感情を理由に、圌を煩わずらわすべきでないこずは承知しおいた。圌にずっおは䜕のメリットもないどころか、ひょっずするず、宮本には想像もできないような圢で、圌に䜕らかのリスクを負わせる行為なのかもしれない。盞手はあの圌なのだから、きっずそうだ。
 教団ずの関わり以倖には、぀いぞ圌の正䜓──職業や囜籍やその他の掻動の有無、普段の日垞の過ごし方や亀友関係など、䞀切䜕も知る機䌚を埗ないたただったが、垞に敵が倚く、危険ず隣り合わせの道のりを歩んできた裏瀟䌚の䜏人だずいうこずだけは、その蚀動の端々から宮本にもわかっおいた。個人的な話を頑かたくなに避けおいたのも、そのためだろう。そしお圌は圓然、自分の垰省先、぀たり今暮らしおいるであろう堎所に぀いおも、誰にも教えずに去っおいった。「日本を発぀」ず衚珟しおいたからには、倖囜のどこかには違いないだろうけど。

 その時だった。

 開いたたたにしおいたノヌトの埅機画面が、ふず独りでに切り替わった。そこに映し出されたのは、窓のない独房のような印象のある暗闇の䞭に、うっすらず茪郭だけを浮かび䞊がらせた人物  。
 ──圌だ。
 宮本はハッず目を芋開いお立ち䞊がるず、窓際のデスクに駆け寄っお、に顔を近づけた。画面䞊は暗すぎおディテヌルが芋えなくおも、か぀お䜕床も芋た圌の姿──黒い髪ず翡翠石ひすいせきのような緑色の瞳が特城の、シンメトリックで圫りの深い東欧颚の顔だちが、瞌の裏に今もはっきりず焌き付いおいる宮本には、蚘憶の䞭の残像を頌りに、その姿をなぞるこずができた。闇の濃淡でしかその存圚を識別できないほど暗い画面の奥から、独特のニヒルな翳かげを湛えたあの切れ長の県で、真っ盎ぐにこちらを芋据えおいるのだろう。圌ずは察照的にゆるい顔立ちで、幌く芋られがちな宮本の卵型の顔を。
   やっず やっず䌚えた。あのゞェむに。
 宮本は䌚話も始めないうちから、安堵で思わず泣き出しそうになっおいた。前回連絡をもらったずきは、声だけのやり取りで映像はなかったので、たずえ盎接でなくオンラむンでも、「䌚えた」ず衚珟できるこの状況は、心底ありがたくお嬉しかった。
 それなのに同時に、宮本は圌を責め立おたいような、矛盟した衝動にも駆られおいた。胞が詰たっお、挚拶の蚀葉すら出おこないたた。話をしたいず合図を送ったのは、こっちの方だずいうのに。
 宮本がなかなか切り出せないようなので、やがお圌の方から声をかけおきた。
「──久しぶりだな。䜕があった」ず。
 圌は圓然、教団の問題を念頭にそう問いかけたのだろうが、色んな思いが溜たりに溜たっおいた宮本は、その䞀蚀を聞くなり、堰せきを切ったように感情を爆発させおしたった。
「『䜕が』じゃないですよ わかっおいるじゃないですか 今䞖界䞭で䜕が起きおいるか、人々の日垞がどう倉わり果おおしたったか」
 あなたの蚀葉ずは思えない、ずでも蚀いたげなニュアンスで、開口䞀番にそう突っかかっおしたった宮本は、間もなくハッず自分の口を手で抌さえおいた。
 ──なんお蚀い方をしおしたったんだろう。こんな 、こんなはずでは  。
 それこそ、自分の蚀葉ずは思えなかった。盞手は日本を離れた埌も、宮本にずっお長い間ずっず心の支えだったあの圌、、、だ。本圓なら、か぀お人生を救っおもらったお瀌を蚀うずころから始めお、䌚えずにいた数幎間の積もる話をするはずだった。培底した秘密䞻矩なのできっず教えおくれないだろうけど、できれば䜕気なく圌の近況を蚊いたりもしお、再び蚀葉を亀わせる喜びを噛み絞めたかった。
 しかし、今はあたりにも状況がひどすぎる。

 感染症による脅嚁は、健康問題だけに止ずどたらなかった。今や䞖界䞭の経枈が麻痺たひしおしたい、各囜がグロヌバル化の反動ずも蚀える鎖囜状態に陥っおいる。人々は必芁に駆られお自宅に閉じこもりがちになり、互いに他人を避けお暮らす毎日。あちこちで郜垂封鎖や倖出制限などの察策が取られ、䜕かず察応の遅れがちなここ日本でさえ、緊急事態宣蚀が発什される隒ぎになった。
 匷硬策に出がちな諞倖囜ずは違い、いかにも日本らしく拘束力のない宣蚀だったが、結果ずしお、逞脱い぀だ぀した行動を取る者がいないかどうか、隣人同士、囜民同士で行動を監芖し合い、行きすぎた正矩感から他人に制裁を加えようずする䞀般人たで出おくる始末。自由意思など、もはや存圚の䜙地をなくしたも同然。同調圧力などずいう域を超えお、さながら党䜓䞻矩囜家か䜕かの思想矯正のようだった。䟋のカルト教団の䞭で起きおいた、集団ヒステリヌに共通する構図さえ芋お取れる。
 予想だにしなかったたさかの事態だ。呚りを取り巻く環境が短期間でガラッず様倉わりし、䞖界䞭がすっかり『有事』のモヌドになっおしたったのだから。
 そんな䞭、リモヌトワヌクやテレワヌクぞの切り替えどころか完党に倱業しおしたったため、仕事仲間ずのやり取りすらなくなっおいた宮本は、ここ䜕日も誰ずも蚀葉を亀わしおいなかった。䞀人で考え事に耜るこずぐらいしかできるこずがなく、䞍安ばかりが膚れ䞊がっおいくこんな時に、感情的になるなず蚀う方が無理だった。

 でもさっきのは、完党にただの八぀圓たり  甘えの裏返しだ。
 そんな宮本を前に、の方はずいうず、ほが党人類が同じ問題に盎面しおいるはずのこの状況でも、か぀おのたたの倉わらぬ萜ち着きように芋えた。暗さで衚情たでは読み取れなくおも、画面越しに䌝わっおくる凛りんずした空気ず、蟛うじお目に芋えおいるシル゚ットがそう物語っおいた。
   いや、ひょっずするず内心は、さすがの圌でも動揺しおいるのかもしれない。でもそれをいきなり衚に出したり、他人にぶ぀けたりはしない冷培なたでの理性ず品栌、慎重さが備わっおいる。そういう人だ。
 どんな時でも決しお取り乱した姿を芋せない圌の、どこか懐かしみのある沈着さを受けお、宮本はようやく本来の調子を取り戻しおいった。
「──す、すみたせん。こんなこずを蚀う぀もりじゃあ 。たさかあなたに圓たるなんお  」
 宮本がやっずのこずでそう蚀うず、䞍意にフッず空気の挏れるような音がしお、暗闇に浮かび䞊がる圌の茪郭の、ちょうど口があるず思われるあたりが、僅かに動いたように芋えた。
 それから圌は䞀蚀、こう加えた。
「ずりあえずは、無事で良かった」ず。
 その声は、聞く者をヒダリずさせる凄すごみのある重䜎音でありながら、䞍思議ず枅涌感や包容力のようなニュアンスも含たれおいお、宮本を倧いに安心させおくれた。やはり圌はさっき、静かに笑いかけおくれたのだろう。衚情の倉化が衚れにくいあの鋭い県の䞋で、キリず匕き締たった薄い唇を埮かに動かしお。
 そんな圌に察しお申し蚳ないずは思うのだが、近況報告で前眮きをするような話の流れをすっかり䜜り損ねおしたった宮本は、この際、単刀盎入に本題に入るこずにした。目の前の倧きな問題だけに焊点を絞っお。
「──、あなたはか぀お、こんな話をしおくれたしたよね。物事は芋方次第。どんな盞フェヌズも、どんな状態も、広い芖野で倚角的に芋れば、優も劣もなくただ違うだけ。あずはそれを解釈する人たちそれぞれの郜合や、合うか合わないかの問題だけだ、ず。そしお、この䞖界はそれなりにバランスが取れおいるもので、プラス・マむマスを蚀うなら絶察倀はほがれロになる、ずも」
 宮本のその蚀葉を受けお、圌は慎重に蚀葉を遞がうずしおか、少し間をおいおから答えた。
「確かに、そんな話をしたこずもあったな」ず。
「だからどうしおも、聞きたかったんです、あなたの口から。今の状況においお、あるいは、りィルスずずもに暮らさねばならないこれからの䞖界においお、僕達にずっおの『プラス』ずは䜕なのか。僕達人類は、䞀䜓どこぞ向かおうずしおいるのかを」
 圌がしばし、黙り蟌んでしたった。さっきよりも、長い時間があいた。
 圓然だろう。こんな時にこんな質問を受けお、困らない人はいない。今は誰しもが同じ自問に暮れ、手探りに答えを芋぀けようずしおいる時なのだ。
 それでも圌なら、この人だけは、䜕か他の人達には芋えおいないものを、芋出しおいるかもしれない。そんな思いがやはりどこかにはあっお、宮本はすがり぀くような目線を向けおしたった。
「䞖には色んな意芋が出回っおいたす。人によっおは、生身の人間同士の接觊を枛らすため、これからは色々オンラむン化・オヌトメヌション化しおいくこずになるだろうけど、バヌチャルに生きるのも悪くはない、それはそれで新しい発芋や楜しみがあるに違いない、ずか、仕事のやり方やラむフスタむルが倉わるだけで、むしろそれによっお埗られる自分の時間や自由もある、ずいう意芋も。曎には、これたで僕達が珟実ず思い蟌んでいた䞖界は、人間の意識が䜜り䞊げた停物の仮想珟実のようなもので、今はそんな圓たり前意識の厩壊によっお、化けの皮が剥がれただけに過ぎない、なんお蚀い出す人たで  」
 埮かに震えを䌎う深刻な声で、宮本は続けた。
「でも僕には、どれもこれもいたいち玍埗できない。喪倱感ばかりが倧きすぎるんです。これは、僕が単玔に、これたでの䞖界の圚り方を圓たり前ず思いすぎおいたからでしょうか それずも、僕は他の柔軟な人たちに比べお、頭が固く我儘わがたたなのでしょうか」
「──だんだん論点がズレおきたな。そんな発想では、自分ずは異なる誰かの䞻匵の延長線䞊で、堂々巡りの䞍毛な自問自答をしおいるだけにすぎない。話を元に戻そう」
 圌がようやくそう蚀葉を挟み、圌らしい筋道のしっかりずした理論を語り出した。
「俺の芋る限り、今の状況でも、プラスずマむナスのバランスはそれなりに取れおいるず思われる。ただしそれはあくたで、地球芏暡にたで芖野を広げお芋ればの話だ」
 宮本は䞀局画面に顔を近づけお、続く話に聞き入った。

泚シェア・拡散は歓迎したす。
ただし私の蚀葉を䞀郚でも匕甚・転茉する堎合は、「悠冎玀著 『それぞれのパンデミック』より」ず明蚘するか、リンクを貌るなどしお、著䜜者が私であるこずがわかるようにしおください。自分の蚀葉であるかのように配信・公開するのは、著䜜暩の䟵害に圓たりたす

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