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つながらない権利 法制化を日本の厚生労働省は検討すべき

横浜市の外資系補聴器メーカー社員がテレワーク中、上司の所定時間外のメール等により長時間労働を強いられ精神疾患を発症し労災認定された事例は、日本でも「つながらない権利」法制化が必要だという明確な事例になります。厚生労働省は「つながらない権利」法制化の検討を真摯に、一日でも早くすべきです。


テレワーク長時間労働を強いられ精神疾患発症

弁護士ドットコムニュース『テレワークで労災認定「極めて異例」(以下略)』(2024年4月3日配信)との記事によると、横浜市の外資系補聴器メーカーで働く50代の女性社員がテレワークで長時間の時間外労働を強いられて精神疾患を発症したと、女性社員の代理人が東京都内で記者会見し、その詳細を明らかにしています。

その記事には「2019年入社の女性は、経理や人事などを担当。コロナ下の2020年頃からテレワークで働き始めた。2021年後半から退職者や新規入社が相次いだほか、新しい精算システムの導入作業などで残業が増え、2022年3月に適応障害を発症し、現在まで休職中」「発症前2カ月間の時間外労働(残業)は月100時間を超えており、労基署が労災認定」と書かれています。

また「女性は事業場外みなし労働時間制の適用を受けながら、8時半から17時半まで8時間の所定労働時間(1時間は休憩)として、主に自宅で働いていた」「2021年7月に入社した上司から、チャットやメールを通じて細かく指示があり、自身の業務と並行して上司とのやりとりに労力を割くことになったという」「所定労働時間内だけでなく、残業時間の間にもかなりの数の指示があり、たとえば金曜の深夜に『月曜までに』というタスク指示があり、休日の業務を余儀なくされるようなこともあったという」「PCのログやメール、チャットでのやりとりから労働時間が算出された。遅いときには深夜0時直前のチャットも記録され、具体的な指示内容が残っていた」「女性は会社に何度も自身の働き方を相談したが、改善されなかった」と、その記事に書かれています。

厚生労働省のテレワークガイドライン(正式名称:テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン)には「テレワークにおいて長時間労働が生じる要因として、時間外等に業務に関する指示や報告がメール等によって行われることが挙げられる。このため、役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効である。メールのみならず電話等での方法によるものも含め、時間外等における業務の指示や報告の在り方について、業務上の必要性、指示や報告が行われた場合の労働者の対 応の要否等について、各事業場の実情に応じ、使用者がルールを設けることも考えられる」と記載されています。

「役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効」と厚生労働省のテレワークガイドラインに書かれていたとしても、テレワークでの長時間労働の防止とはならないことが横浜市の外資系補聴器メーカーの事例で明確にされました。長時間労働による健康障害の発生防止のためには「つながらない権利」の法制化が、日本でも必要だということを横浜市の外資系補聴器メーカーの事例は示していると思います。

つながらない権利法制化と水町勇一郎委員発言

厚生労働省(労働基準局)有識者会議「労働基準関係法制研究会」の第2回研究会(2024年2月21日開催)の議事録が5月2日に厚生労働省のサイトに公開されました。

第2回 労働基準関係法制研究会 議事録(厚生労働省サイト)

その議事録によると、水町勇一郎委員(構成員)は「つながらない権利のところも資料にあるので、61ページ、これは最後のところともつながってきますが、諸外国の状況を見てみると、つながらない権利、ああしろ、こうしろと強硬的にルールを定めているというよりも、労使できちんと話し合いなさいということを優先して制度設計がなされているので、例えば、労働契約法上デフォルトルールを定めて、それに対して労使で柔軟な制度設計をしてくださいという労基法と労働契約法の接続というか、そことの関係で議論すべき問題かなと思いました」と発言しています。

水町勇一郎委員の発言中の資料とは資料「労働時間制度について」のことで、その61ページは「つながらない権利の諸外国の状況」となっていますが、そこには「情報通信技術による常時アクセス可能性からの労働者の保護の文脈で論じられるのが、いわゆる『つながらない権利』の問題である。諸外国ではフランスにおいて、2016年の労働法典改正により、法制化がなされている」と記載されています。

フランス(労働法第L2242-17条)
・従業員は勤務時間外に電子メール等に返信しなくてよい権利を持つ。
・従業員が50名以上の企業が対象。
・労働組合の代表がいる企業は、従業員がつながらない権利を行使できる条件を定めるために労使で交渉し、合意する必要あり。

スペイン(デジタル切断権、組織法3/2018 第88条)
・リモートワークや在宅勤務をする者に、つながらない権利、休息、休暇、休日、個人と家族のプライバシーの権利が規定された。
・この権利の実施は労働協約又は企業と労働者代表との協定に委ねられ、使用者は労働者代表の意見を聞いて社内規程を策定しなければならない。この規程は 「 つながらない権利」の実施方法、IT疲労を防止するための訓練と啓発を定めなければならない。
・在宅勤務者は勤務時間外にデジタル接続を切断する権利を持つ。

イタリア(法律第81/2017号の第19条「自営業者を保護し、ICTベースのモバイル作業を規制するための新しい規則」)
・使用者と個別労働者との合意によりスマートワークを導入することが規定されており、この個別合意は作業遂行方法、休息時間を定めるとともに、労働者が作業機器につながらないことを確保する技術的措置を定める。
・自営業者は会社のデバイスから切断する権利を持つ。専門家(弁護士等)やクライアントと雇用契約を結ぶ自営業者が対象。

ベルギー(経済成長社会結束強化法)
・安全衛生委員会の設置義務のある50人以上の企業において、同委員会でデジタルコミュニケーション機器の利用とつながらない選択肢について交渉する権利を与えている。もっとも、厳密な意味でのつながらない「権利」を規定しているわけではない。

EU(欧州連合)
・2021年1月 、欧州議会は「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択。

なお「つながらない権利の諸外国の状況」は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構「諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究」、総務省「ウィズコロナにおけるデジタル活用の実態と利用者意識の変化に関する調査研究」、山本陽大(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労使関係部門副主任研究員)「第4次産業革命と労働法政策-“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題」を基に、厚生労働省労働基準局労働条件政策課において作成されたものになるそうです。

資料「労働時間制度について」(PDF)

つながらない権利法制化と山本陽大研究員報告

厚生労働省が第2回「労働基準関係法制研究会」のための準備資料作成のために参考とした山本陽大(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労使関係部門副主任研究員)「第4次産業革命と労働法政策-“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題」には、「『つながらない権利』の立法化の当否について、ドイツの学説は、総じて抑制的な立場を示している。それぞれに共通しているのは、ドイツにおいては、使用者は労働者に対し、所定労働時間中においてのみ労務提供を求めることができ、労働者の自由時間中にお いて本来義務付けられていない労務の提供を求めることで、その私的領域を侵害してはならないことについての信義則上の配慮義務(民法典 241条 2 項)を負っており、その意味では労働者は既に『つながらない権利』を有しているという認識である」と書かれています。

つまり、山本研究員によると、つながらない権利の法制化(立法化)にドイツ学説が抑制的な立場である理由は、労働者は既に「つながらない権利」を有しているという認識だからということですが、日本でも労働者は既に「つながらない権利」を有しているといえるのでしょうか。

また、山本研究員は「『つながらない権利』の立法化は、雇用社会のデジタル化により常時アクセス可能性が高まるなかで、本来あるべき法状態にとって、その実効性(Rechtswirklichkeit)を担保するための手段としてのみ位置付けられることとなる」と指摘していますが、これは重要だと思います。

日本でも「つながらない権利」法制化に消極的な意見もありますが、たとえ日本でも既に労働者が「つながらない権利」を学説的には有しているとしても実効性を担保する手段として『つながらない権利』法制化は必要ではないでしょうか。

さらに、山本研究員は「常時アクセス可能性からの労働者の保護という目的を、具体的にどのよ うな組織的あるいは技術的な措置を用いて実現するかは、個々の事業所ごとに実情に合わせて決定されるべき事柄であり、法律によって基準を設定することは困難といえる」と述べて「つながらない権利」法制化に消極的と思える意見も書いています。

しかし、フランスの例をあげて「つながらない権利」法制化に積極的とも思えるような意見も報告書に書いています。

つまり、山本研究員は「フ ランス法も、『つながらない権利』自体を直接に保障するものではなく、同権利の行使に関して企業レベルでの労使交渉を義務付けることを、その内容とするものとなっている」「そのため、学説においては、『つながらない権利』の立法化(略) 一般的な枠組み規定のみを立法化すべきとの見解が示されている」とも述べています。

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の水町勇一郎委員の「諸外国の状況を見てみると、つながらない権利、ああしろ、こうしろと強硬的にルールを定めているというよりも、労使できちんと話し合いなさいということを優先して制度設計がなされているので、例えば、労働契約法上デフォルトルールを定めて、それに対して労使で柔軟な制度設計をしてくださいという労基法と労働契約法の接続というか、そことの関係で議論すべき問題かな」発言は、山本研究員の指摘を踏まえていると考えられます。つまり「つながらない権利」法制化は、一般的な枠組み規定のみを立法化として労働契約法にデフォルトルールを定めのであれば、学説的にも可能だということです。

第4次産業革命と労働法政策-“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題(PDF)

つながらない権利の法制化を連合が要望

厚生労働省の第7回「労働基準関係法制研究会」(2024年5月10日)の議題は「労使団体ヒアリング」となっていましたが、労働者側団体として「連合」(日本労働組合総連合会)、また使用者側団体として「経団連」(日本経済団体連合会)からヒアリングが実施されました。また、ヒアリング資料(経団連と連合が提出したヒアリング準備資料)は厚生労働省のサイトで公開されています。

連合が提出した資料は「労働基準関係法制のあり方に関する連合の考え方」と題されていますが、連合は資料の中に「労働者は勤務時間外であれば仕事に関わる義務は当然にないが、連合調査によれば、『勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡がくることがある』と回答した者が7割に及んでいる」「 労働者の休息の確保のために使用者からの連絡の遮断を『権利』として認め、そのための権利行使の方法を労使において具体化したり、使用者に一定の対応を義務づける、いわゆる『つながらない権利』の立法化を検討すべきである」と記載しています。

労働基準関係法制のあり方に関する連合の考え方(PDF)

私は個人的には連合側の立場ではありませんが、日本の厚生労働省は「つながらない権利」法制化(立法化)の検討を真摯に、一日でも早くすべきと願っています。

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*ここまで読んでいただき感謝