見出し画像

つながらない権利と労働基準関係法制研究会

「労働基準関係法制研究会」は「新しい時代の働き方に関する研究会」につづいて設置されました厚生労働省(労働基準局)有識者会議になります。


労働基準関係法制研究会とは

「労働基準関係法制研究会」は「新しい時代の働き方に関する研究会」につづいて開設された厚生労総省(労働基準局)有識者会議になります。

「労働基準関係法制研究会」の目的は「今後の労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討を行うとともに、働き方改革関連法附則第12条に基づく労働基準法等の見直しについて、具体的な検討を行うこと」とされています。

また「労働基準関係法制研究会」の検討事項は「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理」と「働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等」とされています。

労働基準関係法制研究会の経過

議題は毎回「労働基準関係法制」とありますが、2024年1月23日に開催された第1回研究会ではメンバー(構成員)全員が意見を述べ、2月21日に開催された第2回研究会では「労働時間制度について」議論されました。

また、2月28日に開催された第3回研究会では「労働基準法における『事業』及び『労働者』について」、3月18日に開催された第4回研究会は「労使コミュニケーションについて」議論されました。

第5回研究会は3月26日に開催されましたが、これまで議論された「労働時間制度について」「労働基準法における『事業』及び『労働者』について」「労使コミュニケーションについて」の論点を整理しながら、さらに掘り下げて議論を一巡したようです。

そして次回(第6回研究会)は、第5回研究会でのメンバー(構成員)意見を踏まえて再整理し、次々回(第7回研究会)からは労使ヒアリングを実施予定。

つながらない権利と労働基準関係法制研究会

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」第5回資料3「これまでの論点とご意見について」(10頁)には「諸外国におけるつながらない権利については、義務化するのではなく、労使で話し合いをするという制度設計がなされている。労契法上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

第5回資料3「これまでの論点とご意見について」(PDF)

「労働基準関係法制研究会」第5回資料3における「つながらない権利」をめぐる発言は水町勇一郎構成員の発言だと推察します。なぜなら、第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日開催)で水町構成員が同様の発言をしています。

なお、水町勇一郎・東京大学社会科学研究所比較現代法部門教授(2023年度をもって退職)は現在「労働基準関係法制研究会」のメンバー(構成員)であり、また「新しい時代の働き方に関する研究会」のメンバー(構成員)でもありました。

新しい時代の働き方に関する研究会 水町勇一郎構成員発言

「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書を厚生労働省が昨年(2023年)10月20日に公表していますが、その報告書には特に「つながらない権利」に関する言及はなかったように記憶しています。

「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書(PDF)

ただし第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日に開催され、議題は「報告書に向けた議論」)議事録には、次のような水町勇一郎構成員の発言があります。

(前略)これは、つながらない権利、どこまで私生活で、企業が手を伸ばしてはいけないかというところとか、さらには、健康情報についても、やはり労使コミュニケーションで決めてくれと、でも、このままで行くと、例えばガイドラインで定めて、守られるかどうか、最終的には裁判所で公序良俗違反とか不法行為になったか、ならないかというレベルの話になってしまう中で、今回、労働基準法制の定義の中に、労働契約法も入りますよと、ただ、労働契約法については、出所が少し違うので違う議論が必要ですよと書かれています。

要は何を言いたいかというと、労働基準法制とその修正で対応できるところと、労働契約法制が基になって、そこで例えば就業規則の合理性とか、ガイドラインに書かれていることは、実は裁判に任せられているところを、政策として法制としてどうするかというときに、例えばデフォルトルール、原則的にはこうしなくてはいけないということを、例えば労働契約法制の中で定めて、ただし、労使コミュニケーションで具体的に議論して別のように決めたら、別のようにしていいですよということを、労働基準法制とまた別の法制の中でルールメイキングしていくと、それを基に労使コミュニケーションが実質化していったり、ちゃんと労使で話し合わないと原則どおりに硬直的なものになってしまうよという議論の中でどうするかという議論。

第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」議事録(水町構成員発言抜粋)

第2回「労働基準関係法制研究会」における水町構成員よるものと思われるような発言、つまり「諸外国におけるつながらない権利については、義務化するのではなく、労使で話し合いをするという制度設計がなされている。労契法上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」(第5回資料)発言は、第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」での水町構成員の発言と読みくらべてみるとと、第2回「労働基準関係法制研究会」での「つながらない権利」に関する発言の背景を少しは理解することができるかもしれません。

第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」議事録(厚生労働省サイト)

つながらない権利の法制化への提言

弁護士ドットコムニュース『テレワークで労災認定「極めて異例」(以下略)』(2024年4月3日配信)との記事によると、横浜市の外資系補聴器メーカーで働く50代の女性社員がテレワークで長時間の時間外労働を強いられて精神疾患を発症したと、女性社員の代理人が東京都内で記者会見しています。

その記事によると、女性は「主に自宅で働いていた」といことですが、「上司から、チャットやメールを通じて細かく指示」があり、その指示は「所定労働時間内だけでなく、残業時間の間にもかなりの数」だったそうです。

また、特に問題は「金曜の深夜に『月曜までに』というタスク指示があり、休日の業務を余儀なくされるようなこともあった」ということです。

このため「女性は会社に何度も自身の働き方を相談したが、改善されなかった」とも、その記事に書かれています。

厚生労働省のテレワークガイドラインには「役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効」と書かれていますが、結局、労働基準法などの法令に禁止規定として書かれていない限りは、テレワークでの長時間労働の防止とはならないことが横浜市の外資系補聴器メーカーの事例が明確にされました。

長時間労働による健康障害の発生防止のためには「つながらない権利」の法制化が、日本でも必要だということを横浜市の外資系補聴器メーカーの事例は示していると思います。

つながらない権利を労働契約法上でデフォルトルールとして

(繰り返しになりますが)厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

厚生労働省が作成した資料の中の「つながらない権利」に関する箇所は少し理解しにくい記述になっていますが、まず「デフォルトルール」は標準的なルールまたは原則的なルールということではないでしょうか。つまり「つながらない権利」については労働基準法ではなく労働契約法に標準ルール・原則ルールとして規定する方向で議論されるべきということではないでしょうか。

労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき

また「労働基準法と労働契約法の接続の問題」ということはどういう意味か分かりにくいのですが、労働基準法は取締法規ということになりますが、労働契約法にはデフォルトルールといった側面が強いとも思います。つまり「労働基準法と労働契約法の接続の問題」とは取締法規としての労働基準法とデフォルトルールとしての労働契約法を(「つながらない権利」に関して)どう結びつけるかという問題ということだと推測しています。

(繰り返しになりますが)「労働基準関係法制研究会」に先立って開催されていた厚生労働省(労働基準局)有識者会議に「新しい時代の働き方に関する研究会」がありますが、第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日開催)で水町勇一郎教授(水町教授は「労働基準関係法制研究会」でも「新しい時代の働き方に関する研究会」で構成員として選ばれた唯一人の存在)が同様の発言をしています。

長くなりますが、水町勇一郎教授は「労働基準法制とその修正で対応できるところと、労働契約法制が基になって、そこで例えば就業規則の合理性とか、ガイドラインに書かれていることは、実は裁判に任せられているところを、政策として法制としてどうするかというときに、例えばデフォルトルール、原則的にはこうしなくてはいけないということを、例えば労働契約法制の中で定めて、ただし、労使コミュニケーションで具体的に議論して別のように決めたら、別のようにしていいですよということを、労働基準法制とまた別の法制の中でルールメイキングしていくと、それを基に労使コミュニケーションが実質化していったり、ちゃんと労使で話し合わないと原則どおりに硬直的なものになってしまうよという議論の中でどうするか」と語っています。

企業に法令遵守のインセンティブを与える「新たな規制」

東大新聞オンラインは「社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー」(2024年3月19日)と題したインタビュー記事を掲載していますが、そこに水町勇一郎教授(厚生労働省「労働基準関係法制研究会」構成員=メンバー)が「政策提言に携わってきた経験から、日本の労働法制の在り方についてどのような点が課題だと考えていますか」という質問に答えるといった場面があります。

水町勇一郎教授は労働法制の改善のためには「インセンティブを与える政策手法の活用も進めるべきです」と述べていますが、インセンティブとは、行動を促す「刺激・動機・励み・誘因」を意味する言葉だと一般的には理解されています。

何故インセンティブを与える政策手法の活用が必要なのか、水町教授は「これまでは、労働時間の上限規制や男女差別の禁止など、命令と罰則によって実効性を確保しようとしてきました。しかし、(労働基準監督署)監督官が全ての事業場を常に監督できるわけではない中、労働組合がない中小企業などでは、法令が守られない無法地帯に近い状況も生まれています」を現状を説明していますが、(私の経験からしても)そのとおりだと思います。

そのような無法地帯に近い状況の中では「法令を守らなかった企業に罰則を与えるという方法だけではなく、遵守している企業の情報を積極的に開示する」ことが必要だと、水町教授は語っています。

つまり、「求職者や消費者が、就職活動や消費行動に当たって法令をきちんと守っている企業を選択するように誘導する仕組みを作り、企業に法令遵守のインセンティブを与えることも、新たな規制の方向性だ」ということです。

社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー(東大新聞オンライン)

追記:つながらない権利法制化は期待できない

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

しかし、今日(2024年4月23日)開催の厚生労働省「労働基準関係法制研究会」第6回研究会の資料「労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理」には「つながらない権利」といった言葉は完全に消えていました。これは「つながらない権利」法制化を日本の厚生労働省に「もう期待してはいけない」ということなのでしょう。

労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理(PDF)

佐藤大輝氏は『マネー現代』(2024年4月23日)の記事の中で「制度改革が不要とは思わない上で、取り急ぎの対策としては老若男女問わず、働く人すべてが「自他のつながらない権利」を尊重していく。この意識改革を地道にやっていくのが現実解になるのではないか」と述べていますが、法制化されていないとしても、まさに自他の「つながらない権利」を尊重していくしかないでしょう。

怒りとストレスで携帯電話を投げつける会社員続出…「つながらない権利」を軽視してきた会社を待つ「ヤバい末路」(マネー現代)

<関連記事>

*ここまで読んでいただき感謝!