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つながらない権利が日本で法制化される可能性

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」にはつながらない権利は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

追記:今日(2024年4月23日)開催の厚生労働省「労働基準関係法制研究会」第6回研究会の資料「労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理」には「つながらない権利」といった言葉は完全に消えていました。これはつながらない権利の法制化を日本の厚生労働省にもう期待してはいけないということなのでしょう。


これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書

2020年12月25日、厚生労働省が公表した「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」に次のように記載されています。

フランスでは、労使交渉において、いわゆる「つながらない権利」を労働者
が行使する方法を交渉することとする立法が2016年になされ、「つながらない権利」を定める協定の締結が進んでいる。

テレワークは働く時間や場所を有効に活用でき、育児等がしやすい利点がある反面、生活と仕事の時間の区別が難しいという特性がある。このため、労働者が「この時間はつながらない」と希望し、企業もそのような希望を尊重しつつ、時間外・休日・深夜の業務連絡の在り方について労使で話し合い、使用者はメールを送付する時間等について一定のルールを設けることも有効である。

例えば、始業と終業の時間を明示することで、連絡しない時間を作ることや、時間外の業務連絡に対する返信は次の日でよいとする等の手法をとることがありうる。

労使で話し合い、使用者は過度な長時間労働にならないよう仕事と生活の調
和を図りながら、仕事の場と私生活の場が混在していることを前提とした仕組みを構築することが必要である。

厚生労働省「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」

なお、2020年11月16日に第4回「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」が開催され、濱口桂一郎委員によるプレゼンテーションがおこなわれました。

その時の濱口委員が提出した資料「諸外国のテレワーク法制概観(労働政策研究・研修機構 濱口桂一郎)」には「『つながらない権利』には(ドイツ)連邦労働社会省は消極的」としか記載されていませんでした。

○濱口委員
(略)ヨーロッパ、特にフランスをはじめとしていろいろな諸国で、今、つながらない権利というのが注目を集めているのですが、ドイツはこれについては、少なくとも連邦労働社会省は、これをわざわざ規定しようといった方向性はあまりなく、消極的だというこ とです。(略)

○萩原委員
(略)質問なのですけれども、ドイツでつながらない権利に対して消極的だったというところ の背景をもし御存じであれば知りたいのです。

○濱口委員
そこは正直よく分からないのです。テレワークをする権利については、ハイ ル労働社会相が大変熱心で、政府内で議論を先導しているということは分かるのですが、 逆に、つながらない権利に対してあまり積極的でない理由というのは、私の見た限りでは あまり出てきません。
実は、ドイツ以外のヨーロッパ諸国、どちらかというラテン系の国々でつながらない権利が論じられています。フランスの場合、毎年、労使交渉をするということが義務づけら れているのですが、その義務的交渉事項の中に、つながらない権利についても含めるとい う規定が数年前に設けられたということがあります。
同じように、イタリアとかスペイン とかベルギーといった、ラテン系の国々では、そういうつながらない権利に関する問題意識というのがあるようですが、ほかの国々ではあまりないようです。その辺はもしかしたら国民性が影響しているのかもしれません。
いずれにしてもドイツ人は、テレワークする権利ということについては非常に熱心とい いますか、ホットな議論をしているけれども、つながらない権利ということについては、 それほどの熱心さでは議論はしていないということのようです。

第4回「これからのテレワーク での働き方に関する検討会」議事録

日本の国民性はフランスではなくドイツに近いと判断したのかどうかは分かりませんが、日本の厚生労働省は「つながらない権利」についてはドイツ同様に消極的になってしまいました。

これからのテレワークでの働き方に関する検討会(厚生労働省サイト)

テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン

厚生労働省は「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」を踏まえて、テレワークに関する新指針案「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」を策定しました。

厚生労働省の労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)が2021年3月4日に開催されましたが、議案(3)は「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの改定について(報告)」とされており、厚生労働省が策定した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」が資料として労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)に配布されていました。

この「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」には、つながらない権利に関連する事項としては次のように記載されている。

テレワークにおいて長時間労働が生じる要因として、時間外等に業務に関する指示や報告がメール等によって行われることが挙げられる。

このため、役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効である。メールのみならず電話等での方法によるものも含め、時間外等における業務の指示や報告の在り方について、業務上の必要性、指示や報告が行われた場合の労働者の対応の要否等について、各事業場の実情に応じ、使用者がルールを設けることも考えられる。

厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(案)」

このテレワークガイドライン(案)に対して分科会委員から意見・質問が相次いだそうですが、後日(2021年3月25日)厚生労働省が公表した「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を確認すると、ガイドライン(案)と一字一句変わっていませんでした。しかし、つながらない権利という言葉はガイドラインにはありませんでした。

テレワークにおいて長時間労働が生じる要因として、時間外等に業務 に関する指示や報告がメール等によって行われることが挙げられる。

このため、役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付 することの自粛を命ずること等が有効である。メールのみならず電話等での方法によるものも含め、時間外等における業務の指示や報告の在り方について、業務上の必要性、指示や報告が行われた場合の労働者の対 応の要否等について、各事業場の実情に応じ、使用者がルールを設けることも考えられる。

厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」

テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針(連合)

連合(日本労働組合総連合会)は2020年9月17日に「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」を策定し、つながらない権利獲得に向けて、時間外や休日、深夜のメールを原則禁止するとし、またモデルとなるテレワーク就業規則(在宅勤務規程)も作成しています。

労働時間管理、長時間労働による健康障害の発生防止、および生活時間帯の「つながらない権利」の確保のため、以下の取り組みについて労使で協議の上、労使協定を締結し、就業規則等で規定する。
〇使用者、従業員ともに時間外、休日、深夜のメール送付等の原則禁止
〇従業員が時間外、休日、深夜におけるメールや電話等に、原則応対する必要がないこと、および対応しなかったことを理由に人事評価等において不利益扱いしないことの確保
〇深夜、休日における社内システムへのアクセス制限
〇時間外・休日・深夜労働に対する使用者による許可制の徹底
〇勤務間インターバルの確保
〇年次有給休暇の取得促進
〇長時間労働等を行う労働者への注意喚起

第〇条(つながらない権利(勤務時間外の連絡))
1 会社は勤務時間外の従業員に対し、緊急性が高い場合を除き、電話、メール、その他の方法で連絡等を行わない。
2 従業員は、勤務時間外の別の従業員に対し、電話、メール、その他の方法で連絡をしてはならない。ただし、緊急性の高いものはこの限りではない。
3 勤務時間外の従業員は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡について、応対する必要はない。
4 会社は、会社または別の従業員からの電話、メール、その他の方法による連絡に応対しなかった従業員に対して、人事評価等において不利益な取扱いをしない。

連合「テレワーク導入に向けた労働組合の取り組み方針」

これからの労働時間制度に関する検討会

厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(指針)は2021年3月25日に公表されましたが、その翌年(2022年)3月29日に開催された厚生労働省の有識者会議・裁量労働制などの見直し関する検討会(正式名称「これからの労働時間制度に関する検討会」)で、「労働者の健康確保に係るヒアリング」が実施されました。

そのヒアリング準備資料「オフの量と質から考える働く人々の疲労回復」(独立行政法人 労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 過労死等防止調査研究センター・久保智英上席研究員)24頁には「裁量が高くても不規則な働き方は睡眠の質と疲労回復を阻害する」「労働時間への裁量度が高くても、不規則に働くことは睡眠の質の低下と疲労回復を遅延させる」と記載されています。

また、つながらない権利についても記述があり、37頁の「まとめ」では「『勤務間インターバル制度』や『つながらない権利』は新しい時代における働く人々の疲労回復機会の確保には有効だと思われる」と提言されていました。

しかし、ヒアリングにおいて「『勤務間インターバル制度』や『つながらない権利』といった、新しい時代の過重労働対策」「これは非常に効果的なルールだとは思いますが、これまでの歴史を振り返っても、実情を踏まえないルールだけでは、恐らく風化して、絵に描いた餅になってしまうので、やはり現場の特性、組織の特徴を踏まえて、日本型の制度につくり上げていく工夫が必要だろう」とも指摘しています。

そして、久保氏は「オンとオフが、メリハリが曖昧になってきている」「恐らく、将来、さらに曖昧になっていくと予見されます」「そういった意味では、疲労回復に重要なオフに、物理的に仕事から離れるだけでなくて、心理的にも疲労回復のために離れるといったような組織的な取組、個人的な対応というのが今後重要になってくる」と訴えています。

今回お話ししたかった、お伝えしたかったポイントとしては4点です。オンラインとオフのメリハリが、情報通信機器の発達やリモートの普及によってますます曖昧になってきた中では、Work time controlといった、疲れたとき、休みたいときに休ませる、休めるといった裁量を与えられるような組織的・個人的な取組というのは重要だと思いますが、しかし、裁量があるからといって、今日は朝早く来て、明日は夕方ぐらいに来るといった余りにも不規則な働き方になると、逆に、睡眠の質を低下させて疲労回復を阻害するということが考えられます。

そして、「勤務間インターバル制度」や「つながらない権利」といった、新しい時代の過重労働対策をご紹介しました。これは非常に効果的なルールだとは思いますが、これまでの歴史を振り返っても、実情を踏まえないルールだけでは、恐らく風化して、絵に描いた餅になってしまうので、やはり現場の特性、組織の特徴を踏まえて、日本型の制度につくり上げていく工夫が必要だろうと思います。

そういった意味でも、自主対応型の、最後に御紹介した「疲労リスク管理システム」というのは非常に有用な考え方で、自分たちの働き方を定期的に測って、その疲労がどういうところに生じて、どういう改善をすればいいのかということを結びつける枠組みというものは、職場環境改善にとって有用だと思います。

現行ございますストレス・チェック制度も、1年に1回ストレスをチェックしているわけで、そういった制度の発展系、あるいは別の制度としてもいいのかもしれませんが、やはり労働時間の長さとともに、それに対する疲労度、ストレス度を抑えるといった何かしらの取組というのは、疲労が目に見えにくくなっている今では非常に重要なことになってくるのではないかと思います。

そして最後に、一番こちらをお伝えしたいのですが、やはりオンとオフが、メリハリが曖昧になってきている。アイフォンが2008年に発売されてから、どんどん曖昧になってきています。この流れというのはさかのぼることは決してないと思います。恐らく、将来、さらに曖昧になっていくと予見されますので、そういった意味では、疲労回復に重要なオフに、物理的に仕事から離れるだけでなくて、心理的にも疲労回復のために離れるといったような組織的な取組、個人的な対応というのが今後重要になってくるかと思います。

厚生労働省「これからの労働時間制度に関する検討会」第11回議事録・議事概要

2022年7月1日に開催の厚生労働省「これからの労働時間制度に関する検討会」第15回検討会の配布資料が公開されましたが、資料1は「これまでの議論の整理 骨子(案)」となっています。

その「これまでの議論の整理 骨子(案)」には「いわゆる『つながらない権利』を参考にして検討することが考えられるのではないか」と記載されています。

「これからの労働時間制度に関する検討会」第14回検討会(2022年5月31日開催)議事録が、2022年7月13日に厚生労働省サイトで公開されました。

この第14回「これからの労働時間制度に関する検討会」議事録には「つながらない権利」に関する発言について記載されていますが、黒田構成員は「テレワークをしている人か否かにかかわらず、つながらない権利というものを広く普及させていくような仕掛けが今後は重要になってくると思っております」と発言されています。

○川田構成員
<略>資料1-2の1ページ目、(1)の健康確保の項目の最後に、つながらない権利というのが出てきますが、これは必ずしも健康確保のための概念にとどまるものではなく、より幅広い意味を持つのではないかと思います。

そういう観点からすると、3つの柱というのは重要なポイントだと思いますが、具体的な中身を盛り込んでいく際に、直接そのものに深く関わるような内容と、関連性がある内容に分けて整理して、その柱そのものよりは広がりのあるような事柄も中にはあるのだということも示せるまとめ方などを、今後、議論をまとめるときには考えるといいのかなと思っております。

○労働条件政策課長補佐
<略>13ページ目です。こちらは、これまでも、この検討会で何度か御指摘いただいております、つながらない権利についてです。

14ページ目を御覧ください。
いわゆるつながらない権利について、フランスでの内容をまとめたものです。

概要の欄ですけれども、いわゆるつながらない権利とは、勤務時間外や休日に仕事上のメールなどへの対応を拒否できる権利のことで、アクセス遮断権とも言われるものです。

フランスにおきましては、2016年に成立した労働法改革の中で、この※①②とあるところですけれども、従来から企業と労働組合との年次交渉義務事項とされていた、男女の職業的平等及び労働生活の質という交渉題目について、労働者が休息時間及び休暇、個人的生活及び家庭生活の尊重を確保するために、労働者がつながらない権利を完全に行使する方法及びデジタルツールの使用規制を企業が実施する方法を交渉テーマに追加することとし、また、つながらない権利についての企業レベルの協定を欠く場合には、使用者は、従業員代表と使用者との協議機関等の意見聴取をした上で、つながらない権利の行使の方法を定め、労働者及び管理職及び幹部職員に対し、デジタルツールの合理的な使用について教育し、関心を喚起する行動の実施を規定する憲章を作成しなければならないとしたものです。

なお、集団協定または憲章に基づいてテレワークを実施する場合には、集団協定または憲章に、使用者が労働者に通常接触できる時間帯を記載しなければならないこととされています。

この背景が次の枠ですけれども、ICTが急速に発展し、どこにいても携帯端末によって業務に接続することが可能になったこと、使用者に対する労働者の安全及び健康の保護義務、特にメンタルヘルス及びハラスメントに関する使用者の責任の問題が顕在化したこと、業務時間外や休暇中も業務にアクセスされてしまう、あるいはできてしまうといった私生活への業務の浸食が生じたことが考えられるものです。

なお、フランスでは、夜の時間に全社的につながらない状態を作ることが難しい場合もあること、労働者が自ら率先してつながっている場合もあること、実現のためにはそれをルール化するだけで足りるわけではなく、教育研修やフォローアップも必要とされること等が課題として指摘されています。

15ページ目です。先ほど御説明したテレワークガイドラインにおきましても、長時間労働等を防ぐ手法として、ここに下線部がありますけれども、時間外等における業務の指示や報告の在り方について、業務上の必要性、指示や報告が行われた場合の労働者の対応の要否等について、各事業場の実情に応じ、使用者がルールを設けることも考えられるとされています。

○黒田構成員
<略>3点目は、つながらない権利についても事務局にまとめていただきました。

このつながらない権利については、インターバル規制と非常に親和性があるものと私自身は整理していまして、これまでも何度か提案をさせていただいてきました。

もちろん、テレワークのガイドラインには、一部記載が入っているのですけれども、テレワークをしたり、しなかったり、あるいはテレワークをしていない人がテレワークをしている人に、夜中にメールをするとか、そういった多様な働き方の間でのやりとりということもありますので、テレワークをしている人か否かにかかわらず、つながらない権利というものを広く普及させていくような仕掛けが今後は重要になってくると思っております。

厚生労働省「これからの労働時間制度に関する検討会」第14回議事録

厚生労働省は2022年7月15日、第16回「これからの労働時間制度に関する検討会」を開催し、「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書案を議論し、その日に厚生労働省は「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書(本文、概要、参考資料)を公表しました。

公表された「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書 概要には「勤務間インターバル制度について、当面は、引き続き、企業の実情に応じて導入を促進。また、いわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていく」と記載されています。

また「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書 本文には「テレワークが普及し場所にとらわれない働き方が実現しつつあり、またICTの発達に伴い働き方が変化してきている中で、心身の休息の確保の観点、また、業務時間外や休暇中でも仕事と離れられず、仕事と私生活の区分があいまいになることを防ぐ観点から、海外で導入されているいわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていくことが考えられる」と書かれています。

○ 勤務間インターバル制度は、労働者の生活時間や睡眠時間を確保し、健康確保と仕事と生活の調和を図るため、終業時刻から始業時刻までの間に一定時間の休息を確保するものであり、働き方改革関連法により、その導入が努力義務とされ、平成31(2019)年4月から施行されている。導入している企業の割合は 4.6%、導入を予定又は検討している企業の割合は 13.8%となっている(いずれも令和3(2021)年1月1日現在)。十分なインターバルの確保は労働者の健康確保等に資すると考えられ、時間外・休日労働の上限規制と併せ、その施行の状況等を十分に把握した上で検討を進めていくことが求められる。当面は、引き続き、企業の実情に応じて導入を促進していくことが必要である。

○ テレワークが普及し場所にとらわれない働き方が実現しつつあり、またICTの発達に伴い働き方が変化してきている中で、心身の休息の確保の観点、また、業務時間外や休暇中でも仕事と離れられず、仕事と私生活の区分があいまいになることを防ぐ観点から、海外で導入されているいわゆる「つながらない権利」を参考にして検討を深めていくことが考えられる。

厚生労働省「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書)

今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)

厚生労働省は2022年7月15日、厚生労働省有識者会議「これからの労働時間制度に関する検討会」がとりまとめた「これからの労働時間制度に関する検討会報告書」を公表しました。

この報告書に基づいて厚生労働大臣諮問機関・労働政策審議会労働条件分科会が裁量労働制の対象業務追加(拡大)などに関する議論を始めましたが、その議論の結果、労働政策審議会労働条件分科会がとりまとめた労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」を厚生労働省が2022年12月27日に公表しました。

今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)(PDF)

「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書本文12頁に記載されていた「海外で導入されているいわゆる『つながらない権利』を参考にして検討を深めていくことが考えられる」という個所がありましたが、労働政策審議会労働条件分科会報告「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」には「つながらない権利」を参考にして検討を深められたような形跡はまったく見受けられませんでした。

新しい時代の働き方に関する研究会

「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書を厚生労働省が昨年(2023年)10月20日に公表していますが、その報告書には特に「つながらない権利」に関する言及はなかったように記憶しています。

「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書(PDF)

ただし第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日に開催され、議題は「報告書に向けた議論」)議事録には、次のような水町勇一郎構成員の発言があります。

(前略)これは、つながらない権利、どこまで私生活で、企業が手を伸ばしてはいけないかというところとか、さらには、健康情報についても、やはり労使コミュニケーションで決めてくれと、でも、このままで行くと、例えばガイドラインで定めて、守られるかどうか、最終的には裁判所で公序良俗違反とか不法行為になったか、ならないかというレベルの話になってしまう中で、今回、労働基準法制の定義の中に、労働契約法も入りますよと、ただ、労働契約法については、出所が少し違うので違う議論が必要ですよと書かれています。

要は何を言いたいかというと、労働基準法制とその修正で対応できるところと、労働契約法制が基になって、そこで例えば就業規則の合理性とか、ガイドラインに書かれていることは、実は裁判に任せられているところを、政策として法制としてどうするかというときに、例えばデフォルトルール、原則的にはこうしなくてはいけないということを、例えば労働契約法制の中で定めて、ただし、労使コミュニケーションで具体的に議論して別のように決めたら、別のようにしていいですよということを、労働基準法制とまた別の法制の中でルールメイキングしていくと、それを基に労使コミュニケーションが実質化していったり、ちゃんと労使で話し合わないと原則どおりに硬直的なものになってしまうよという議論の中でどうするかという議論。

厚生労働省「新しい時代の働き方に関する研究会」議事録(水町勇一郎構成員発言抜粋)

労働基準関係法制研究会

「労働基準関係法制研究会」は「新しい時代の働き方に関する研究会」につづいて開設された厚生労総省(労働基準局)有識者会議になります。

労働基準関係法制研究会の検討事項は「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書を踏まえた、今後の労働基準関係法制の法的論点の整理」と「働き方改革関連法の施行状況を踏まえた、労働基準法等の検討」とされています。

議題は毎回「労働基準関係法制」とありますが、2024年1月23日に開催された第1回研究会ではメンバー(構成員)全員が意見を述べ、2月21日に介された第2回研究会では「労働時間制度について」議論されました。

また、2月28日に開催されたされた第3回研究会では「労働基準法における『事業』及び『労働者』について」、3月18日に開催された第4回研究会は「労使コミュニケーションについて」議論された。

第5研究会は3月26日に開催され、これまで議論された「労働時間制度について」「労働基準法における『事業』及び『労働者』について」「労使コミュニケーションについて」の論点を整理しながら、さらに掘り下げて議論を一巡。

次回(第6回研究会)は、第5回研究会でのメンバー(構成員)意見を踏まえて再整理し、次々回(第7回研究会)からは労使ヒアリングを実施予定。

「つながらない権利」労働契約法上でデフォルトルールを定める
厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

第5回「労働基準関係法制研究会」資料3「これまでの論点とご意見について」(PDF)

厚生労働省が作成した資料の中の「つながらない権利」に関する箇所は少し理解しにくい記述になっていますが、まず「デフォルトルール」は標準的なルールまたは原則的なルールということではないでしょうか。つまり「つながらない権利」については労働基準法ではなく労働契約法に標準ルール・原則ルールとして規定する方向で議論されるべきということではないでしょうか。

労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき
また「労働基準法と労働契約法の接続の問題」ということはどういう意味か分かりにくいのですが、労働基準法は取締法規ということになりますが、労働契約法にはデフォルトルールといった側面が強いとも思います。つまり「労働基準法と労働契約法の接続の問題」とは取締法規としての労働基準法とデフォルトルールとしての労働契約法を(「つながらない権利」に関して)どう結びつけるかという問題ということだと推測しています。

「労働基準関係法制研究会」に先立って開催されていた厚生労働省(労働基準局)有識者会議に「新しい時代の働き方に関する研究会」がありますが、第14回「新しい時代の働き方に関する研究会」(2023年9月23日開催)で水町勇一郎教授(水町教授は「労働基準関係法制研究会」でも「新しい時代の働き方に関する研究会」で構成員として選ばれた唯一人の存在)が同様の発言をしています。

長くなりますが、水町勇一郎教授は「労働基準法制とその修正で対応できるところと、労働契約法制が基になって、そこで例えば就業規則の合理性とか、ガイドラインに書かれていることは、実は裁判に任せられているところを、政策として法制としてどうするかというときに、例えばデフォルトルール、原則的にはこうしなくてはいけないということを、例えば労働契約法制の中で定めて、ただし、労使コミュニケーションで具体的に議論して別のように決めたら、別のようにしていいですよということを、労働基準法制とまた別の法制の中でルールメイキングしていくと、それを基に労使コミュニケーションが実質化していったり、ちゃんと労使で話し合わないと原則どおりに硬直的なものになってしまうよという議論の中でどうするか」と語っています。

新しい時代の働き方に関する研究会 水町勇一郎構成員発言は重要だから議事録から抜粋(働き方改革関連法ノート)

企業に法令遵守のインセンティブを与える「新たな規制」
東大新聞オンラインは「社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー」(2024年3月19日)と題したインタビュー記事を掲載していますが、そこに水町勇一郎教授(厚生労働省「労働基準関係法制研究会」構成員=メンバー)が「政策提言に携わってきた経験から、日本の労働法制の在り方についてどのような点が課題だと考えていますか」という質問に答えるといった場面があります。

水町勇一郎教授は労働法制の改善のためには「インセンティブを与える政策手法の活用も進めるべきです」と述べていますが、インセンティブ(Incentive)とは、行動を促す「刺激・動機・励み・誘因」を意味する言葉だと一般的には理解されています。

何故インセンティブを与える政策手法の活用が必要なのか、水町教授は「これまでは、労働時間の上限規制や男女差別の禁止など、命令と罰則によって実効性を確保しようとしてきました。しかし、(労働基準監督署)監督官が全ての事業場を常に監督できるわけではない中、労働組合がない中小企業などでは、法令が守られない無法地帯に近い状況も生まれています」を現状を説明していますが、(私の経験からしても)そのとおりだと思います。

そのような無法地帯に近い状況の中では「法令を守らなかった企業に罰則を与えるという方法だけではなく、遵守している企業の情報を積極的に開示する」ことが必要だと、水町教授は語っています。

つまり、「求職者や消費者が、就職活動や消費行動に当たって法令をきちんと守っている企業を選択するように誘導する仕組みを作り、企業に法令遵守のインセンティブを与えることも、新たな規制の方向性だ」ということです。

社会変化に合わせた労働法制を 水町勇一郎教授退職記念インタビュー(東大新聞オンライン)

追記:テレワーク長時間労働で精神疾患発症

弁護士ドットコムニュース『テレワークで労災認定「極めて異例」(以下略)』(2024年4月3日配信)との記事によると、横浜市の外資系補聴器メーカーで働く50代の女性社員がテレワークで長時間の時間外労働を強いられて精神疾患を発症したと、女性社員の代理人が東京都内で記者会見し、その詳細を明らかにしています。

その記事には「2019年入社の女性は、経理や人事などを担当。コロナ下の2020年頃からテレワークで働き始めた。2021年後半から退職者や新規入社が相次いだほか、新しい精算システムの導入作業などで残業が増え、2022年3月に適応障害を発症し、現在まで休職中」「発症前2カ月間の時間外労働(残業)は月100時間を超えており、労基署が労災認定」と書かれています。

また「女性は事業場外みなし労働時間制の適用を受けながら、8時半から17時半まで8時間の所定労働時間(1時間は休憩)として、主に自宅で働いていた」「2021年7月に入社した上司から、チャットやメールを通じて細かく指示があり、自身の業務と並行して上司とのやりとりに労力を割くことになったという」「所定労働時間内だけでなく、残業時間の間にもかなりの数の指示があり、たとえば金曜の深夜に『月曜までに』というタスク指示があり、休日の業務を余儀なくされるようなこともあったという」「PCのログやメール、チャットでのやりとりから労働時間が算出された。遅いときには深夜0時直前のチャットも記録され、具体的な指示内容が残っていた」「女性は会社に何度も自身の働き方を相談したが、改善されなかった」と、その記事に書かれています。

厚生労働省のテレワークガイドライン(正式名称:テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン)には「テレワークにおいて長時間労働が生じる要因として、時間外等に業務に関する指示や報告がメール等によって行われることが挙げられる。このため、役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効である。メールのみならず電話等での方法によるものも含め、時間外等における業務の指示や報告の在り方について、業務上の必要性、指示や報告が行われた場合の労働者の対 応の要否等について、各事業場の実情に応じ、使用者がルールを設けることも考えられる」と記載されています。

「役職者、上司、同僚、部下等から時間外等にメールを送付することの自粛を命ずること等が有効」と厚生労働省のテレワークガイドラインに書かれていたとしても、テレワークでの長時間労働の防止とはならないことが横浜市の外資系補聴器メーカーの事例で明確にされました。

長時間労働による健康障害の発生防止のためには「つながらない権利」の法制化が、日本でも必要だということを横浜市の外資系補聴器メーカーの事例は示していると思います。

追記:つながらない権利の法制化はもう期待できない

厚生労働省「労働基準関係法制研究会」の第5回研究会は先月(2024年3月)26日に開催されましたが、その資料「これまでの論点とご意見について」には「つながらない権利」(Right to Disconnect)は「労契法(労働契約法)上でデフォルトルールを定める方法もあり、労働基準法と労働契約法の接続の問題で議論されるべき」と、第2回研究会でのメンバー(構成員)意見として記載されています。

しかし、今日(2024年4月23日)開催の厚生労働省「労働基準関係法制研究会」第6回研究会の資料「労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理」には「つながらない権利」といった言葉は完全に消えていました。これは「つながらない権利」法制化を日本の厚生労働省に「もう期待してはいけない」ということなのでしょう。

労働基準関係法制研究会 これまでの議論の整理(PDF)

佐藤大輝氏は『マネー現代』(2024年4月23日)の記事の中で「制度改革が不要とは思わない上で、取り急ぎの対策としては老若男女問わず、働く人すべてが「自他のつながらない権利」を尊重していく。この意識改革を地道にやっていくのが現実解になるのではないか」と述べていますが、法制化されていないとしても、まさに自他の「つながらない権利」を尊重していくしかないでしょう。

怒りとストレスで携帯電話を投げつける会社員続出…「つながらない権利」を軽視してきた会社を待つ「ヤバい末路」(マネー現代)

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