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つながらない権利 法制化(フランス・スペイン・イタリア・ベルギー・EU)

日本では「つながらない権利」の法制化(立法化)は難しいようですが、すでに法制化されているフランスなどの「つながらない権利」とEU「つながらない権利に関する指令案」を紹介。


つながらない権利法制化と水町勇一郎委員発言

厚生労働省(労働基準局)有識者会議「労働基準関係法制研究会」の第2回研究会(2024年2月21日開催)の議事録が5月2日に厚生労働省のサイトに公開されました。

第2回 労働基準関係法制研究会 議事録(厚生労働省サイト)

その議事録によると、水町勇一郎委員(構成員)は「つながらない権利のところも資料にあるので、61ページ、これは最後のところともつながってきますが、諸外国の状況を見てみると、つながらない権利、ああしろ、こうしろと強硬的にルールを定めているというよりも、労使できちんと話し合いなさいということを優先して制度設計がなされているので、例えば、労働契約法上デフォルトルールを定めて、それに対して労使で柔軟な制度設計をしてくださいという労基法と労働契約法の接続というか、そことの関係で議論すべき問題かなと思いました」と発言しています。

つながらない権利のヨーロッパの状況について

水町勇一郎委員の発言中の資料とは資料「労働時間制度について」のことで、その61ページは「つながらない権利の諸外国の状況」となっていますが、そこには「情報通信技術による常時アクセス可能性からの労働者の保護の文脈で論じられるのが、いわゆる『つながらない権利』の問題である。諸外国ではフランスにおいて、2016年の労働法典改正により、法制化がなされている」と記載されています。

フランス(労働法第L2242-17条)
・従業員は勤務時間外に電子メール等に返信しなくてよい権利を持つ。
・従業員が50名以上の企業が対象。
・労働組合の代表がいる企業は、従業員がつながらない権利を行使できる条件を定めるために労使で交渉し、合意する必要あり。

スペイン(デジタル切断権、組織法3/2018 第88条)
・リモートワークや在宅勤務をする者に、つながらない権利、休息、休暇、休日、個人と家族のプライバシーの権利が規定された。
・この権利の実施は労働協約又は企業と労働者代表との協定に委ねられ、使用者は労働者代表の意見を聞いて社内規程を策定しなければならない。この規程は 「 つながらない権利」の実施方法、IT疲労を防止するための訓練と啓発を定めなければならない。
・在宅勤務者は勤務時間外にデジタル接続を切断する権利を持つ。

イタリア(法律第81/2017号の第19条「自営業者を保護し、ICTベースのモバイル作業を規制するための新しい規則」)
・使用者と個別労働者との合意によりスマートワークを導入することが規定されており、この個別合意は作業遂行方法、休息時間を定めるとともに、労働者が作業機器につながらないことを確保する技術的措置を定める。
・自営業者は会社のデバイスから切断する権利を持つ。専門家(弁護士等)やクライアントと雇用契約を結ぶ自営業者が対象。

ベルギー(経済成長社会結束強化法)
・安全衛生委員会の設置義務のある50人以上の企業において、同委員会でデジタルコミュニケーション機器の利用とつながらない選択肢について交渉する権利を与えている。もっとも、厳密な意味でのつながらない「権利」を規定しているわけではない。

EU(欧州連合)
・2021年1月 、欧州議会は「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採択。

なお「つながらない権利の諸外国の状況」は、独立行政法人 労働政策研究・研修機構「諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究」、総務省「ウィズコロナにおけるデジタル活用の実態と利用者意識の変化に関する調査研究」、山本陽大(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労使関係部門副主任研究員)「第4次産業革命と労働法政策-“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題」を基に、厚生労働省労働基準局労働条件政策課において作成されたものになるそうです。

資料「労働時間制度について」(PDF)

第四次産業革命と労働法政策
-“労働 4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題

第二章 「柔軟な働き方」をめぐる法政策
第三節  “労働 4.0”における議論状況
(3)「つながらない権利」をめぐる議論

更に、情報通信技術による常時アクセス可能性からの労働者の保護の文脈で論じられているのが、いわゆる「つながらない権利(英: richt to disconnect 、独: Recht auf Unerreichbarkeit)」の問題である。諸外国では、フランスにおいて、2016年の労働法典の改正により、この問題に関する法制化が既になされている。
もっとも、「つながらない権利」の立法化の当否について、ドイツの学説は、総じて抑制的な立場を示している。それぞれに共通しているのは、ドイツにおいては、使用者は労働者に対し、所定労働時間中においてのみ労務提供を求めることができ、労働者の自由時間中にお いて本来義務付けられていない労務の提供を求めることで、その私的領域を侵害してはならないことについての信義則上の配慮義務(民法典 241 条 2 項)を負っており、その意味では労働者は既に「つながらない権利」を有しているという認識である。このことからすると、 「つながらない権利」の立法化は、雇用社会のデジタル化により常時アクセス可能性が高まるなかで、本来あるべき法状態にとって、その実効性(Rechtswirklichkeit)を担保するための手段としてのみ位置付けられることとなる。
しかし、他方で、常時アクセス可能性からの労働者の保護という目的を、具体的にどのよ うな組織的あるいは技術的な措置を用いて実現するかは、個々の事業所ごとに実情に合わせて決定されるべき事柄であり、法律によって基準を設定することは困難といえる(上記のフ ランス法も、「つながらない権利」自体を直接に保障するものではなく、同権利の行使に関して企業レベルでの労使交渉を義務付けることを、その内容とするものとなっている)。そのため、学説においては、「つながらない権利」の立法化はそもそも不要であるとの見解や、 一般的な枠組み規定のみを立法化すべきとの見解が示されている。

山本陽大(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労使関係部門副主任研究員)
「第4次産業革命と労働法政策-“労働4.0”をめぐるドイツ法の動向からみた日本法の課題」

EU「つながらない権利に関する指令案」

厚生労働省が準備した第2回「労働基準関係法制研究会」資料に「2021年1月 、欧州議会は『つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議』を採択」と記載されていましたが、先週(2024年5月6日)濱口桂一郎氏はブログに「(2024年)4月30日、欧州委員会は労使団体に対し、テレワークと つながらない権利に関して第1次協議を行ったようです」と。また「つながらない権利に関する指令案」(「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」の付録として添付された文書)を紹介しています。

その「つながらない権利に関する指令案」第2条(定義)第1項に「『つながらない(disconnect)』とは、労働時間外において、直接間接を問わず、デジタル機器を用いて作業関連活動又は通信に関与しないことをいう」(濱口桂一郎氏訳)と記載されているそうです。

また「つながらない権利に関する指令案」第3条(つながらない権利)第1項には「加盟国は、労働者がその つながらない権利を行使するための手段を使用者が提供するのに必要な措置をとるよう確保するものとする」、第2項には「加盟国は、労働者のプライバシーと個人情報保護の権利に従って、使用者が客観的で信頼でき、アクセス可能な方法で各労働者の毎日の労働時間が測定されるよう確保するものとする。労働者はその労働時間記録を要求し、入手することができるものとする」、第3項には「加盟国は、使用者が公平で合法的かつ透明な方法でつながらない権利を実施するよう確保するものとする」と規定されているそうですが、今後の欧州委員会と労使団体との協議は注目です。

テレワークと つながらない権利 について労使への第1次協議 hamachanブログ(EU労働政策雑記帳)

第150回 欧州議会による「つながらない権利」の指令案勧告(濱口桂一郎 独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長)

つながらない権利に関する指令案
第1条 主題と適用範囲

1.本指令はICTを含めデジタル機器を作業目的に使用する労働者がつながらない権利を行使し、使用者が労働者のつながらない権利を尊重するよう確保するための最低要件を規定する。これは官民の全産業及び、その地位と労働編成のいかんにかかわらず全労働者に適用される。
2.本指令は、第1項の目的のため、安全衛生指令、労働時間指令、透明で予見可能な労働条件指令及びワーク・ライフ・バランス指令の特則を定め、補完する。

第2条 定義
本指令において、以下の定義が適用される。
(1)「つながらない(disconnect)」とは、労働時間外において、直接間接を問わず、デジタル機器を用いて作業関連活動又は通信に関与しないことをいう。
(2)「労働時間」とは、労働時間指令第2条第1項に定める労働時間をいう。

第3条 つながらない権利
1.加盟国は、労働者がそのつながらない権利を行使するための手段を使用者が提供するのに必要な措置をとるよう確保するものとする。
2.加盟国は、労働者のプライバシーと個人情報保護の権利に従って、使用者が客観的で信頼でき、アクセス可能な方法で各労働者の毎日の労働時間が測定されるよう確保するものとする。労働者はその労働時間記録を要求し、入手することができるものとする。
3.加盟国は、使用者が公平で合法的かつ透明な方法でつながらない権利を実施するよう確保するものとする。

第4条 つながらない権利を実施する措置
1.加盟国は、適切なレベルの労使団体と協議した上で、労働者がそのつながらない権利を行使し、使用者が公平かつ透明な方法でその権利を実施することができるよう、詳細な手続きが確立されるよう確保するものとする。このため、加盟国は少なくとも以下の労働条件を定めるものとする。
(a)作業関連のモニタリング機器を含め、作業目的のデジタル機器のスイッチを切る実際の仕組み
(b)労働時間を測定するシステム
(c)心理社会的リスク評価を含め、つながらない権利に関わる使用者の安全衛生評価
(d)労働者のつながらない権利を実施する義務から使用者を適用除外する基準
(e)第(d)号の適用除外の場合、労働時間外に遂行された労働への補償を安全衛生指令、労働時間指令、透明で予見可能な労働条件指令及びワーク・ライフ・バランス指令に従ってどのように算定するかを決定する基準
(f)作業内訓練を含め、本項にいう労働条件に関して使用者がとるべき意識啓発措置
第1文第(d)号のいかなる適用除外も、不可抗力その他の緊急事態のような例外的状況においてのみ、かつ使用者が関係する各労働者に書面で、適用除外が必要なすべての場合に適用除外の必要性を実質的に説明する理由を提示することを条件として、提供されるものとする。
2.加盟国は、国内法及び慣行に従い、第1項にいう労働条件を定め又は補完する全国レベル、地域レベル、産業レベル又は企業レベルの労働協約を締結することを労使団体に委任することができる。
3.加盟国は第2項の労働協約にカバーされない労働者が本指令に従い保護を受けるよう確保するものとする。

第5条 不利益取扱いからの保護
1.加盟国は、労働者がつながらない権利を行使したこと又は行使しようとしたことを理由とした使用者による差別、より不利益な取扱い、解雇及び他の不利益取扱いが禁止されるように確保するものとする。
2.加盟国は、本指令に定める権利について使用者に不服を申し立てたり、その遵守を求める手続きを行ったことから生じるいかなる不利益取扱い又は不利益な結果からも、労働者代表を含む労働者を保護するよう確保するものとする。
3.加盟国は、つながらない権利を行使し又は行使しようとしたことを理由として解雇され又は他の不利益な取扱いを受けたと考える労働者が、裁判所又は他の権限ある機関に、かかる理由によって解雇され又は他の不利益な取扱いを受けたと推定されるに足る事実を提出した場合には、当該解雇又は他の不利益な取扱いが他の理由に基づくものであることを立証すべきは使用者であることを確保するものとする。
4.第3項は加盟国がより労働者に有利な証拠法則を導入することを妨げない。
5.加盟国は事案の事実を調査するのが裁判所又は権限ある機関である手続に第3項を適用する必要はない。
6.第3項は、加盟国が別段の定めをしない限り、刑事手続には適用しない。

第6条 救済を受ける権利
1.加盟国は、そのつながらない権利が侵害された労働者が迅速、有効かつ公平な紛争解決及び本指令から生ずる権利の侵害の場合の救済を受ける権利にアクセスできるよう確保するものとする。
2.加盟国は、労働組合組織又は他の労働者代表が、労働者のために又は支援するためにその同意の下に、本指令の遵守又はその実施を確保する目的で行政上の手続に関与する旨を規定することができる。

第7条 情報提供義務
加盟国は、適用される労働協約又は他の協定の条項を示す通知を含め、つながらない権利に関する明確かつ十分な情報を使用者が各労働者に書面で提供するよう確保するものとする。かかる情報には少なくとも以下のものが含まれるものとする。
(a)第4条第1項第(a)号にいう、作業関連のモニタリング機器を含め、作業目的のデジタル機器のスイッチを切る実際の仕組み
(b)第4条第1項第(b)号にいう、労働時間を測定するシステム
(c)第4条第1項第(c)号にいう、心理社会的リスク評価を含め、つながらない権利に関わる使用者の安全衛生評価
(d)第4条第1項第(d)号及び第(e)号にいう、つながらない権利を実施する義務から使用者を適用除外する基準並びに、労働時間外に遂行された労働の補償の決定方法の基準
(e)第4条第1項第(f)号にいう、作業内訓練を含む意識啓発措置
(f)第5条に従い、不利益取扱いから労働者を保護する措置
(g)第6条に従い、労働者の救済を受ける権利を実施する措置

第8条 罰則
加盟国は、本指令に基づき採択された国内規定又は本指令の適用範囲にある権利に関し既に施行されている関連規定の違反に適用される刑罰に関する規則を規定し、それが実施されるよう必要なあらゆる措置をとるものとする。規定される罰則は、有効で比例的かつ抑止的なものとする。加盟国は(本指令の発効の2年後までに)当該罰則と措置を欧州委員会に通知し、遅滞なくその実質的な改正を通知するものとする。
(以下略)

濱口桂一郎「独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長)
「第150回 欧州議会による『つながらない権利』の指令案勧告」

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