【短編】 告白 1
❮作家なる者の告白❯
僕はね、常々こう思っているんだ。人間とは何て滑稽で愚かな生き物なのだろうとね。しかし、こうも思っている。だからこそ最も愛おしい生き物なのだとね。最も美しく最も醜い。善良であり、害悪でもあり得る。素晴らしいじゃないか。我々はあらゆる矛盾のなかで生きている。その矛盾に悩み葛藤し苦しみ、時には自ら命を絶つ。我々人間は最も悩み多き生き物なのだよ。我々は他者に気を遣い、思いやりながら生きている。空気を読むなんて事、他の生き物がすると思うかい。そんな事をするのは人間だけだろうよ。イジメ、虐待、戦争、殺人、復讐。こんな馬鹿げた事をやってしまうのは、愚かな人間だけさ。君は何故だと思う。ん、どうやら難しく考えすぎているようだね。いいかい。答えは単純明快さ。
我々人間が、幸福を追い求める生き物だからさ。人間誰しも皆、より幸福でありたいと願いながら生きている。幸福や不幸という概念があるのも、恐らく我々人間だけだろう。我々人間は自ら簡単明瞭な事柄も複雑かつ難解に考えすぎては悩み、自ら苦しみを生み出し生きている。他の誰でもない自分自身が、複雑難解な生きにくい人生に作り変えているのさ。自分で自分の首を絞めているのと一緒だよ。まさに自殺行為だ。滑稽だと思わないかね。幸福になるために、苦痛に満ちた道を自ら選び歩んでいる。幸福さえ追い求めなければ、人間はもっと楽に生きられたはずなんだ。何と嘆かわしい。人間は最も憐れな生き物だともいえるかもしれないな。
そうだ、君は自殺についてどう思う。こんな愚かな過ちを犯すのも、悩み多き人間だけさ。他の生き物がそんな事しているのを見たことがあるかね。そうだ、あるわけがない。当たり前だ。他の生き物たちは単純明快に生きているからね。子孫を残す。その使命のために命の限り生きて、そして寿命に逆らう事なく死んでいく。実に単純明快さ。複雑難解な人生を行く我々人間とは、まるで違う。彼らにもコミュニティーや縄張り争いなど生きるために必要最低限な悩みぐらいは、そりゃあ存在するだろう。しかし、我々人間のように自ら命を絶つなんて事はきっとしない。もしするとしたら、自分のためではなく他者のためだ。例えば自分の子供だったり。その場合でも自らの手で死ぬわけではないだろうさ。子供の命を護るために、宿敵に立ち向かい喰われる。恐らくそういう食物連鎖のなかに存在するものだろうさ。とにかく、我々人間と違って彼らは単純明快なんだ。
君は自殺願望についてどう思う。君も悩み多き人間のひとりだ。一度や二度、そういう衝動に襲われた事があるだろう。ん、僕かい。そりゃあ腐るほどあるさ。はは、可笑しいかね。僕も例外ではないという事さ。否、そうじゃないな。僕こそ、その最たる者なのだろうさ。僕は自らを責め、自らを戒めているのさ。この抑え切れない衝動と渇望を、どうにか飼い慣らしながらね。でもいつ牙を剥くか判らない。こんな危うい狂乱のなかで生きている事自体が、僕の生きる原動力となっているのさ。
まぁ、君には理解できないだろうね。他人を理解しようと思う事自体、傲慢な事なのさ。他人の気持ちは解らない。解ろうとしているだけさ。実際のところは、決して誰にも理解できないだろうさ。無論、僕にも君の事は理解できない。たぶんきっとこうなんだろう。その程度にしか解らない。
今まで偉そうに語ってきたが、僕の話もそういう曖昧なものでしかない。実際のところは、誰にも解らないのだからね。だってそうだろう。自分自身の事すら理解できてない人間が、他人の事を理解できると思うかい。そうさ、できないさ。決してできないよ。それは全て仮定の話、推論でしか有り得ない。でも理解したいと願い、努力する。
あぁ、何て愚かで美しいんだ。尊いよ、人間は実に尊い。人間は、やはり素晴らしい生き物だよ。
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