【短編】 告白 3

❮作家先生なる者の告白❯


どうやら僕は、人為らざる者になったらしい。はは、笑わせるだろ。僕ほど人間らしい人間はいないというのに。どうやら、僕は人間としての資格を失ってしまったらしいんだ。
いや実はね、お恥ずかしい話なんだが、愛人たちに『人間失格』の烙印を押されてしまってね。何故なんだろうねぇ。僕は良かれと思って話したんだが、それがどうやら彼女たちの逆鱗に触れてしまったらしいんだ。いやぁ実に理解不能だよ。妻の醜態を面白可笑しく話しただけなんだがね。実に悩ましいよ。やはり他人の言動は理解できない。特に女性の心情というのは、僕には複雑難解極まりないよ。
僕は一体どんな罪を犯してしまったんだろうね。
人間を失格した僕は、一体ナニモノなんだろうね。幽霊、妖怪、やはり鬼畜と言われるくらいだから、鬼なのかな。やはりもう人間ではないのだろうか。君はどう思う。
私は人間か、それとも……。
あぁ、実に悩ましいよ。


❮愛人なる者の告白❯

えぇ、確かに云いましたよ。だって、そうでございましょう。奥様のお気持ちも知らずに、全く何様のおつもりなのでしょうね。
えぇまぁ、それも確かに云いましたわ。恥ずかしながら、その頃は先生を一途に愛しておりましたから。全く若気の至りと申しましょうか。あんな鬼畜のような男を信じて尽くしていたなんて、情けなくて悔しくて仕方ありませんわ。
でもそれも先生がまだ栄華のなかにいた頃の話でございます。滾るほどの熱情を感じていた遠い遥か昔の話です。
今じゃただの老い耄れ爺ですよ。それでも献身的に尽くすのが、愛だと申されますか。確かにどんな姿になろうと、献身的な愛で支え尽くすのが愛人というものでございましょうね。しかしそれは、人間として尊敬できたり、人間として好きだと思える相手に限りますよ。男として嫌いでも人間として好きならば、情だけであってもお世話できますがね。男としても見れなくなり、人間としても嫌いになってしまったら、もう地獄でございます。例え嘗て愛した人であろうと、それはもう苦痛なだけの拷問に近いものなのです。
そんな私たちの苦労にも気づかずに、愛人たちに甲斐甲斐しく世話をされるのが、さも当たり前のような横柄な態度で、いけしゃあしゃあと居座り続けるなんて。人間の所業じゃございませんでしょう。まるで忌々しい寄生虫ですわ。本当に何様のつもりなのでしょうね。
全く悩ましい限りです。
今じゃ残った愛人同士で、この先どうしたものかと頭を抱えている始末ですわ。
先生は何も解っていないのです。
今になっても私たちが、先生を拒まずにお世話して差し上げているのは、全て奥様のお志によるものなのでございますよ。
あんな屑男のために、愛人の私たち一人一人に下げたくもない頭をさげられまして。
──あの人を見捨てないであげてください
そう仰られて何度も頼まれたのです。
──いつもお世話になっております
そう仰られてお金を渡されるのです。
あんなできた奥様は、他に在りませんわ。私たちは、奥様を尊敬しております。奥様は自分の身なりも顧みず、ただ先生のためだけに生きておられるのです。一途に先生を想い、一途に尽くしておられるのです。あれこそ無償の愛であり、あれこそ本物の献身的な愛でございます。私たちのものは、ただの紛い物でしかございません。私たちはその事を痛感したのです。
だからこそ、そんな奥様の想いも知らずに、奥様の姿を残酷な言葉で嘲り蔑んだあの男を、どうしても許す事ができなかったのでございます。
それで復讐の意も込めて、せめて言葉で殺めようと思い、私たちは口々にこう告げたのです。
先生は人間失格ですわ、とね。
でもまさかあんな事になるとは、露にも思いませんでしたわ。先生があんな状態になるまで、追い詰められていたなんて……。


                                                            4につづく

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