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【短編 】モスコミュールとロングアイランド(上)

父親

カラン、コロン。
「いらっしゃいませ。」
ジャズのスタンダードが控えめに流れるバー。カウンターにいるバーテンダーが出迎えてくれた。
「こんばんは。」
「お久しぶりですね、、、モスコミュールでよろしいですか?」
「うん、先ずはそれで、、、常連の客みたいだな。10年振りだ。ぜんぜんお得意様じゃないな。」
「お客様は特別です。お店にとっても、私にとっても。」
「特別な客、、、か?ハハ。」

差し出されたモスコミュールを一口。
「うん、美味しい、、、家で作っても、こうはならない。マスターとお店が作ってくれる。うん、、、、ここでしか、飲めない、、、。」
「ありがとうございます。……今日は、お見送りですか?」
「……ああ、見送ってきた。……嫁に行った。しかもカナダへ、、、」
「おめでとうございます。でしょうか、、、お寂しくなりましたね。でしょうか?」
「両方ですよ。目出たいし、残念だし、、、そう言うものだし、、、。」
「お嬢様、先週来て頂きました。最後ですとおっしゃりながら。」

「もう、30年ですね。初めてお見えになってから。」
「30年前、、、パートナーと一緒に来たのが最初だったね、、、マスターの、元パートナーだった人と。」
「そうですね。……困りました。どんな顔でお話すれば良いのか、分かりませんでした。」
「何も話さなくて良かったんですよ。おしゃべりなバーテンダーのいるお店は、遠慮したいから。」
「内心、嫉妬と後悔と諦めと、、、ごちゃごちゃでした。」
「悪い事しましたね、、、パートナーがどうしても行きたいと、、、折角、東京に来たんだからって。自分へのフンギリだったのかな?」
マスターは眼を閉じ、軽く頷き、わずかにほほ笑む。

「北陸でしたよね。今じゃ、新幹線も通って近くなったんじゃないですか?」
「近くはなっても、年金生活農業従事者の身では、なかなか遠いですよ。今でも。」
「……お嬢さん、、、もっと遠くへ行かれたんですね。」
「ほんとだね。ちょっと来てって言われても行ける距離じゃないよね、、、上級国民じゃないんだから、、、ハハハハ。」


「開店して、3日目でした。初めてお見えになられたのが。その次がその10年後、、、お嬢様と3人で。」
「小学生の娘を連れて、バーへ行く夫婦。そんな家族、居ないよね。」
「たまにいらっしゃいます。お子様連れのお客様。」
「へえ~、、、いるんだぁ。」
「あの時は、東京ディズニーランドへいらしたんでしたっけ。」
「そうそう。県立中学への合格祝いのご褒美で来たんだった。」

「驚いたでしょ、娘を見て。肌が褐色で、髪がブロンドで、目が青く、二人の間の子だとは誰も思わない。って感じみたいで。」
「……いえ、とっても仲がよろしいのが手に取る様に判ったので、違和感は全く感じませんでした。」
「田舎では、パートナーの連れ子だと言う事にしておきましたよ。おかしな顔された時だけですけどね、聞かれた時とか。」
「興味でしょうか、、、それとも、”普通”との違いによる何かでしょうか?、、、皆さん。」
「分かんないよね。人それぞれでしょうけど、、、ただ、”普通”とかけ離れると、病気や障害だと呼ばれる世の中だから、
 自分の物差しで測れないものは、”拒否”かも知れないなぁ。」
「個性があっても、『なくて七癖』で済ましてくれていた、我々の子供の頃の方が優しかった気がします。あくまでも自分だけですが、、、。」
「笑っても、つついても、それ以上は無かったですよね。あくまでも自分だけですが、、、ハハハハハ。」
「そうですね。ウフフフ。……すみません。笑ってしまいました。」

「次は、大学の御卒業でしたね。お嬢様とお二人で。お嬢様はその前にも数回、お見え頂きました。」
「男と一緒だったでしょ?」
「忘れました。」
「毎回、違う男だったりして。」
「覚えておりません。」
「どうも、この年となると物忘れが酷くなりますよね。お互いに、、、」
「私の場合、覚えておく事と、忘れて良い事と別々の所で管理されている様です。頭の中は。」
「なんと、ご都合の宜しい頭で。ハハハハ。」
「長年続けてきたこの仕事の後遺症でしょうか?」
「いやいや、スキルですよ。なかなか人には真似できない、卓越したスキルです。うん、羨ましい。」
「ありがとうございます。最後に、、、お褒め頂けること本当に感謝いたします。」
「何ですか?最後って。」
「……年末で、この店を畳みます。長年のご愛顧、誠に有難うございました。」
「え、やめちゃうんですか?……また、10年後、来ようと思ったのに、、、残念だな。……ご病気ですか?」
「はい。」
「そうですか、、、仕方ないですね。じゃ、二人で乾杯しましょうか?」
「はい。何がよろしゅう御座いますか?」
「ロングアイランドで。」
「畏まりました。」

「乾杯。」「乾杯、頂きます」

カラン、コロン。
「空いてる?、、、」の声と共に、一人の女性が入ってきた。

続く。

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