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壁と星空

わざわざ星空を見るために、寝転んだわけじゃない。

酔っ払って、おぼつかない足取りで、
「私何してんのかな。ツラいっ」と、
ゴロンと転がったら、
真上に広がった星空が死ぬほど綺麗だった。

そんな経験がある。

✴︎
大学の頃、所属していた部活は、
夏休みに合宿があった。

お世話になる黄土色の四角い宿舎の目の前には、
草に覆われた緑色のこんもりとした丘がある。
冬はスキー場になって賑わうのだろうけど、
夏は涼しい以外には何もない。
だから、夏の間は学生に貸し出してる。お世話と言っても、朝ごはんと夕ご飯を以外はないけど、あとは好き勝手使ってもいい、という感じ。

朝から晩まで
練習して、
練習して、
練習して。

ただ、練習に没頭するだけであればいいのに、そうでもない。
合宿では、一人で自主練習する時間も多くある。周りに沢山人がいるのに、一人で練習をしていると、妙な孤独感に襲われてよくない。

こんなに練習しているのに上手くいかない焦り、
自分より評価される人と比べての焦り、
評価者への抗議。

そんなものが、自主練習用に私に与えられた、半径1メートルくらいのスペースを、ぐるぐると渦巻く。



夜には、心身ともに疲れ切る。

なのに、
夜遅くからは、毎晩宴会だった。
狭い部屋に、20人近くの人が寄り合って、
部屋の中はすごい熱気だった。

笑って、
呑んで、
今じゃひとかけらも覚えていないようなことを真剣に語って、
誰と誰が付き合っているとか、付き合いそうだとかいう噂話をして、
そして、また呑んだ。

「せやまには見えない壁がある」

先輩に、冗談めかして言われた言葉だけは、今でも胸に突き刺さっている。
しゃべるのが得意ではないし、しゃべっての自己開示なんてもっと苦手だった私は、十分すぎるほど自覚していたことだ。

―あぁ。
 分かってた。気にしてた。
 どうして私は、皆みたいにはなれないんだろう。
 なんて面白くない人間なんだろう。

酒の力で、その壁とやらを取っ払いたくて、
飲み慣れないビールを、ひたすら流し込んだ。


✴︎
あれは何日目の夜だったか。
気づいたら、合宿所を出て、
ふらふらと丘を上っていた。

宴会部屋のこもった空気とは打って変わって、
夜の高原の空気が、頬にひやりと心地よい。

真夜中の高原は静かだ。
電灯はなくて、うすく際限なく続く闇。
月明かりでぼんやりと見える輪郭をたよりに、
丘の上まで続く一本道を上る。

私が部屋を出て、合宿所を出て行くのを見ていた
同い年の男女が3人、私の後ろからついてきていた。
私に「どこに行くの?」と問うことはなかった。
3人お互いは「外は寒いね」「真っ暗!」とか短く声をかけ合いながら、
私とは少しだけ距離を置いて。

― 別に私なんかについてきたって、
 面白いことなんて、何もないのにな。申し訳ないな。

合宿で練習もダメ、宴会でしゃべってもダメで、自分というものにほとほと嫌気がさしていた私は、そんな風に自暴自棄になりながら、ふらふらと歩いていたと思う。

ついてきた3人は、
面白がってか、
心配して様子を見てくれていたのか、
自身も酔っ払ってか、真意は分からない。


ここが頂上だ!
と思った辺りで、私はゴロンと寝転んだ。

一本道のど真ん中。
宿舎関係の人だけが使う道。
こんな真夜中に通る人はいない。
街中では許されないけれど、ここでならいいだろう。

そして3人も、近くに寝転んだ。ゴロン。

ぼーっと、夜の空気を感じながら、
何も無い空を見つめた。

「え。」
「えぇっ!!」
「うわぁぁ。」
「なにこれ」

だんだん目が慣れてきた私たちが、
見た空は、何も無くなんかなかった。

星。
星。
星。
瞬き、流れる星。

宇宙との遠近感も分からなくなるほどの、無数の星だった。
迫ってくるようで、でも、手を伸ばすと遠い。
見れば見るほど自分がどこにいるのか分からなくなって、美しいのに、怖かった。
3人の体温と息遣いがそばにあることで、かろうじて、自分の位置を確認できたように思う。
1人だったら、星々の渦の中に吸い込まれていたかもしれない。

「あは。あはは、あはははは」

酔いのせいか、それとも、星空が美しすぎたせいか、
誰かが笑い出した。
その場違いな声がおかしくて、私も、他の2人も笑った。笑うと、安心した。背中がちゃんと地面にくっつく。
4人合わせた笑い声は大きくて、
一枚の透明な壁みたいに、私を守ってくれた。
美しすぎる星空に対峙しても、十分互角だった。

だから、私たちは、
「馬鹿みたいに綺麗」
と、星空を見ながら笑い続けた。


✴︎
酔っ払ってたし忘れちゃうんだろうな、と思っていたあの光景を、今でも、私ははっきりと覚えている。

彼らは元気だろうか。

星空を見て、一緒に笑った彼らは。
私を透明な壁で、安心させてくれた彼らは。

元気でいてほしい。どこかで誰かと笑っていてくれれば、それでいい。

そしたら、またきっと、いつかどこかで会えるから。




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昨年に引き続き、こちらの企画に参加させて頂きます。
#あなたは七夕に何を願う2022


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