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「地獄への道は善意で舗装されている」

こちらのCM、見たことありますか?

様々なスキルをアプリのようにインストールすることで、誰でも出来るようになる一例だそうです。
こないだ目にして度肝を抜かれました。
といっても技術の凄さにではなく「指が勝手に動く!」と興奮する様子の異様さに。


ピアノに限らず何かを習得するには一万時間が必要と聞いたことがありますが、一日五時間練習したとして、一万時間に到達するには約五年半。その時間を丸々すっ飛ばしてスキルだけ得られるという、なんとも合理的な実現ですね。
慣れてなくて相応の筋力も能力も持ってない指や腕を痛めたりしないのかな。


電車に乗ったら楽に遠くまで行けるけど、誰かが用意したレールがあるところまでしか行けないのもまた本当のことで、獣道すら無い場所のその先が見たいなら自分の足で歩く必要がありますよね。
「快適な満足」や「過程の合理化」と引き換えに得られるお手軽な達成を、趣味嗜好や芸術の領域へと拡張していくことには、個人的には危機感を覚えます。
まだうまく言語化できないけど。


❏❏❏


電車とレールからの連想で、冒頭の動画のように様々な身体能力を誰でも身につけることが可能になるなら、今後はゼロから全く新しい何かを生み出すような創作の能力が、さらなる掛け値なしのものとして認識されるようになっていくのかな、なんてことを考えていた矢先。
先日購入したある本を読んで、改めてその考えを覆されました。
称賛する感想ではないので書名と著者名へのリンクは伏せますが、以前書いた「一万円分の本を買う」という記事の中で挙げた、脳と人工知能を専門にされている医師の著作です。


もともと人間の脳の可能性に興味があって、インドの神経学者ラマチャンドランの著作『脳のなかの幽霊』は、愛読書と呼んでもおおげさではないぐらい何度も読んでいます。

↑これは本当に面白い上に読みやすい本なので全方位にオススメ。


だから今回読んだ本も、手に取るきっかけになった興味の根源は「現状の科学ではまだ活かしきれていない、脳の未知の領域へとアプローチすることで可能性が更に拓かれる」といったような、人間として生きるための技術革新への期待です。
実際、紹介されていた「不慮の事故で手足を動かせない患者が、念じるだけで目の前のロボットアームを動かしてコップを掴み水を飲む」という新技術は素直にすごいと思いました。


しかし、著者がこれらの技術革新を経た未来予想として紹介するのは

・脳に刺激を与えることで寝坊知らずの起床
・朝食は必要な栄養素を全て兼ね備えたサプリメントで済み、同時に脳の特定の部位を刺激することで大好物を食べている気分になれる
・人工知能に完璧な文章を書いてもらい、本を出版するという目標を実現できる

という合理化を突き詰めた最果ての、私からしたらディストピアとしか感じられない内容ばかり。
以前読んだオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(ハヤカワepi文庫)の感想を読書メーターにアップした時、読友さんからいただいた「ユートピアを突き詰めるとディストピアになる」という最高なコメントを連想してしまいます。
(ちなみに二番目のサプリメントのくだり、内閣府のホームページで読める食品ロスゼロのくだりと相性良さそうでそこにも寒気がします)





「地獄への道は善意で舗装されている」
この言葉はWikipediaによるとヨーロッパのことわざだそうですが、去年の夏頃からSNS上で目にする機会が増えたものです。
今回の記事を書くうちに思い出して、語り継がれて残るに値する真理だと改めて思いました。


超克の達成も高揚も喜びも無い、合理的で平坦なディストピア。
リアルタイムで脳や人工知能に関する研究の最前線にいらっしゃる方の、善意ゆえの探求と発展の行き着く先が、そんな空疎な世界でないことを祈るばかりです。




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