目が光る⑹
それは寺院と言っても、街中で見るようなものとはまるで違っていた。
トンネルを出ると、すぐ目の前に15m幅の大路が広がっており、その大路を境にして左右にそれぞれ3つの伽藍が建っている。
大路の奥に見えるのが本尊である。本尊は真っ赤に塗装されており、どこか大陸の風を感じるつくりになっている。
幅は50mはあるだろうか。本尊は横に長く、高さも10mはあるようである。山々に囲まれ、広大な空の下に凛と佇む様子は、荘厳だった。
手前の計6つの伽藍も、一つ一つが並の本尊ほどの大きさを持ち、寺院の総面積はざっと5000平米はあるように見える。
さながら平安京や城下町のような雰囲気である。
それは寧ろ寺院というより小さな村と言った方がよさそうなものであった。
こんなものがあのボロ屋の裏にあるなんて。誰が想像できるだろうか。
半ば放心状態の彼に向かって、吐き捨てるように天宮は言った。
「何してんのよー。ほら、早く。あたしも暇じゃないんだから。」
そう言って、肩で風を切り颯爽と歩いていく女の後ろを渋々つけながら、彼はしっかりと目を光らせて歩いた。
しかし、妙である。これほど大きな寺院だというのに人の気配がない。彼は天宮に尋ねてみることにした。
「天宮先生、どなたもおられないように思われるのですが、これほど立派な寺院を先生お一人で管理されているのですか?」
「んなわけないでしょ。いっぱいいるわよ。今はちょうど夕飯時だからねー。みんな北にいるんじゃない?」
「北?」
「あれよあれ、あっかいやつ。」
そう言って、天宮は本尊を指差した。
「あれが一番北にあるから、北。さっき抜けたトンネルと、入口の仮屋が南。あんた頭よさそうだし、もう分かるでしょ?あたしたちはそうやって呼んでるのよ。」
なるほど。方角で建物を呼んでいるのか。だとすると、左は西で右は東になる。伽藍は左右3つずつあるから、恐らく8方位だろう。
彼は大方納得したが、一つ驚いたことがあった。
あのボロ屋が仮屋だったとは。天宮は普段はここに住んでるとでもいうのだろうか。
「なるほど、呼び方は分かりました。それより、入口は仮屋なんですね。だとしたら、先生はいつもどこにお住まいで?」
「ここよ。まあ、あそこも悪くないんだけど、普段はこっちに住んでるわ。」
「そうなんですか。しかし、それならあの家はいらないのでは?大分古そうですし。」
「そういうわけにもいかないのよ。それに私あの家嫌いじゃないしね。仕事上、こっちにいとかないとなんだけど。」
別荘みたいなものなのだろうか?話をうまく飲み込めずにいると、急に天宮の足が止まった。
見上げると、そこは本尊だった。
近くで見ると、やはり大きい。本尊は遠くで眺めているのとは比べ物にならないほど圧倒的な威圧感を放っていた。
「ま、そんなガチガチしないでよ。怖いとこじゃないからさ。」
天宮はようやく振り向いた。短い黒髪がフワッと揺れる。ほんの少しだけせっけんの匂いがする気がした。
「そういえば、さっきあんたあの仮屋いらないんじゃないかって聞いたね。でもね、南はあそこにないといけないの。」
「あそこにないといけない?どうしてですか?」
「あれがないとトンネルが丸見えでしょ?いくら田舎の外れとはいえ、そのままだとバレちゃうから。」
「バレる?バレると何か問題なんですか?」
天宮はニヤリと笑って言った。
「それも今に分かるよ。さあ、お腹も空いたでしょ?手始めに、食堂でも行くよ。」
天宮はそう言っていたずらに微笑みながら、中に入っていった。その笑顔ははつらつとしていたが、しかし、彼には何故か寂しそうに思えた。
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