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【ショートショート】かみ合わない話
「あの、四年前にお会いしましたよね?」
駅前のカフェで本を読んでいると、女の人から声をかけられた。
「えっと、すみません、どなたでしょうか」
その人は何食わぬ顔をして、俺の前に座り、店員を呼んで、コーヒーを頼んだ。
「いやー、ほんと奇遇だね。」
「え、ちょ、すみません、あなた誰ですか?」
「そんなことないよ。君は昔から結構変わったね」
「質問に答えてください。というか、何で普通に座ってるんですか」
「あっはっは、あったあった!そんなこともあったなあ。いやー、おっかしいねー」
「おかしいのは、あなたですよ。さっきから何話してるんですか?」
「うんうん、分かる分かる。私もさ独りだもん。彼氏欲しいわ〜」
一切、話が噛み合わない。何なんだコイツ。というか、なんで俺モテないと思われてんの。腹立つなあ。まあ、ほんとのことだけどさ。
「ちょっと、無視しないでください。」
「おおー、すごいじゃん。私そんなの食べらんないよ。テレビとか出たら?」
俺、何食べたんだよ。というか、食べるだけでテレビ出られる食材って何だよ。
「いや、あの、ほんと、そういうのもういいですから」
「あ、その仕草、まだ変わってないんだ。あの日も、ずっと耳たぶ引きちぎってたもんね」
いや、怖すぎるだろ。普通爪噛むとか指回すとかじゃないの?何だよ耳たぶ引きちぎるって。てか、何でずっと引きちぎれるんだよ。再生すんのかよ。
「怖いこと言わないでくださいよ。ほんと、迷惑です。やめてください。」
「あ、ありがとうございます。これはどこの茶葉ですか?」
いや、あんたが頼んだのコーヒーだろ。それを言うなら豆だよ。豆。てか、まだ来てないじゃねえか。誰に話してんだよ。何なんだよ、こえーよ。
「何なんですかほんとにもう。もう一度聞きますよ、あなた誰なんですか?」
「でも、ほんと久しぶりだよね。四年ぶり?」
「あなたが言ったんでしょ。知りませんよ僕は」
「そっかー、でも君は結構変わったね」
「はい?」
「あっはっは、あったあった!懐かしい!いや、おっかしいねー」
何だか様子がおかしい気がする。それとも、俺の勘違いか?
「うんうん、分かる分かるよ〜。しばらく独りだからさ。あー、彼氏欲しいな〜」
何だか前も聞いたような気がする。
「おおー、すごいじゃん。私そんなことできないよ〜。テレビ出たら?」
いや、勘違いじゃない。間違いなく、この女は話をループしている。細かいところでは違うところもあるけど、同じようなことを繰り返しているんだ。
「あ、その仕草、まだ変わってないんだ。あの日も、ずっと舌出して八の字書いてたもんね」
いや、だからどんな仕草だよ。ここだけ癖強いな。
「あ、ありがとうございます。これはどこの豆ですか?」
「これはブラジルとガテマラ、それとですね、キリマン......」
「あ、店員さん、大丈夫です。もう、大丈夫ですから」
「いやー、ほんと奇跡じゃない?四年前に会ったのが最後だもんね〜」
「へ?あ、いや、どこかでお会いしましたっけ?」
「あ、店員さんごめんなさい!ちょっとこいつ変なやつなんですよ。気にしないでください」
「はあ」
「もう大丈夫ですから、早く仕事に戻っていただいて。もう大丈夫ですから」
店員は怪訝な顔をして去っていく。その間も、目の前の女は似たような言葉を繰り返している。
まずい。
俺はこの症状を知っている。早くしないと手遅れになってしまう。
俺は立ち上がって、大きな声で叫んだ。
「みなさん、ウイルスです!一刻も早く店から出てください!」
視線がすべてこっちに集まり、一瞬、店内に静寂が広がる。その時だった。
「いやー、ほんと会えて嬉しいよ!四年前はすぐ会えると思ったんだけどなー。今日は目一杯遊ぼうね!」
店内は悲鳴に包まれた。食事を終えてダベっていた主婦も、紅茶一杯で粘っていた大学生も、トースト食べかけのおじいちゃんも、メニューを頼んだばかりの女子高生も、みんな一目散に逃げ出した。
本当は俺も逃げ出したかった。しかし、それはできない。俺はすでに感染しているかもしれない。そんな状態で外に出たら......。街は崩壊するかもしれない。
俺はレジを見た。従業員はほとんど避難し、残っていたのはさっきの店員だけだった。彼女も俺と同じだ。もう逃げられない。
「店員さん、警察と救急車を」
俺がそう言うと、彼女は今にも泣き出しそうな顔で、震えながらダイアルを回した。
俺もできることをやらねば。女を見る。女は、もう誰もいない椅子に向かってしゃべり続けている。俺は女の背後に近づき、首元のボタンを押した。
ホログラムのディスプレイが出てくる。ディスプレイ一面がドクロに埋め尽くされ、思うように動かない。俺は何とか「設定」を開き、Wi-Fiを切った。そして、ボタンを長押しし、シャットダウンをする。
これでとりあえずウイルスは広がらないはずだ。
ほっと一息ついていると、サイレンの音が聞こえる。レジの方を見ると、店員はまだ少し震えながら、親指を立てていた。その姿が、何だか頼りなくて、でも誇らしげな顔をしていて、俺は滑稽に思えてきて思わず吹き出してしまった。すると、それに釣られて緊張がほぐれたのか、彼女も吹き出し、俺たちは二人で笑い合った。
(*)
「えー、安心してください。お二人とも、陰性です」
「ほんとですか」
「ただ、まだ様子を見させてください。これから症状が出てくる恐れがあるので。」
そうして、俺と店員さんはしばらく入院をするという運びになった。
今回のコンピュータウイルスは新型で、まだ未知のことが多いらしい。感染力はそこそこ強く、我々のCPUに入り込み、行動を統制してしまう中々厄介なウイルスだということは分かっている。
今、判明している症状は、知り合いを装って他人に近づき、話し込むうちに感染させようとするということ、同じことしか話せなくなるということ、自我がなくなるということだ。
幸い、まだ弱毒で済んでいるというが、いつ進化するか分からない。医者からあの女の病状も聞いたが、今は平常に戻っているようだ。ちなみに、俺のことは一切知らなかったらしい。
今回は、症状が悪化することがなかったが、仮にもっと悪化した場合のことは未だに分かっていない。下手をすれば、故障もありえるかもしれない。そうなれば、最悪街中スクラップになりかねない。
それを防ぐためにも、俺たちの観察は必要らしい。だから、しばらく退屈な日が続くだろう。
やる事もなく、病室で映画を見ていると、扉の開く音がした。見てみると、あの店員さんだった。
「あ、どうも。お互い無事でよかったですね」
「はい。まだ、安心はできないですけど、とりあえずよかったです。」
「えっと、ここ来ていいんです?」
「あ、ほんとはあんまりよくないらしいんですけど、でもどっちも感染者だからって特別に許可をいただいたんです。迷惑......ですか?」
「あ、いや、別に、そういうわけじゃないんですけど。僕は、全然、はい、その、大丈夫です」
「よかった。あの、ありがとうございました。あの時、応急処置してくれなかったら私も多分感染してたと思うので......」
「ああ、いいんですよ。あんなことどうってことないです。って強がりたいんですけど、本当は怖くてブルブル震えてました。店員さんみたいに」
「ふふっ、ひどい人。それに、店員さんなんてやめてください。私、かおるって言います」
「ああ、失礼しました。かおるさん。俺はあきらです」
「あきらさん、しばらくここにいても、いい?」
そう言ってほんのり笑うかおるは、しおらしくて可愛かった。
「失礼します。川口あきらさん、診察の時間です。」
「「あっ」」
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
「じゃあ、また、あとで」
俺はかおるにそう告げて、診察に向かった。
「川口さん、こちらです」
診察室に入ると、開口一番医者がこういった。
「いやー、奇遇だね。四年ぶりかい?」
俺はまだまだ、退院できなさそうだ。
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