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【ショートショート】残った虹
それは、確か中学生の頃、塾の帰りのことだったと思う。
その時は受験期だったから、僕は普段より早い時間、午後のはじめくらいには、もう塾に通っていた。
塾といっても、普通の集団講義ではなくて、個別でプリントを進めるタイプで、その日は案外早く終わったので、僕は日が暮れる前に帰ることができた。
窮屈な毎日に思いの外ストレスを感じていたのか、帰り道、ふと寄り道をしたくなって、僕は近くの河原に行った。
何をするでもない。ただ、景色を眺めているだけだったが、土手に座ってゆったり流れ行く川や沈む太陽を眺めていると、どこか心が落ち着いていく気がして、僕は一年生の頃から息抜きにたまに通っていたのだった。
その日も僕はいつものように空を見上げた。沈む行く太陽にオレンジ色に染められた空。案外に早く流れていく雲。時たま、ゆっくりとその軌跡を残しながら飛んでいく飛行機。
そのすべてが、まるで一枚の絵画のようで、美しかった。
そうして夕焼けに釘付けになった僕の目に、一つ違和感が映った。
虹だ。
珍しい。こんな時間に虹か。それまでの短い人生の中で、僕が夕焼けに浮かぶ虹を見たのはこの時が始めてだった。
そのあまりに幻想的な風景は、子ども心にとても刺激的で、僕は時間が経つのも忘れてそこに座りこんでいた。
いつのまにか、太陽は地平線の向こうに姿を隠し切ろうとしていて、辺りはもう薄暗かった。
まずい、長居をしすぎた。早く帰って勉強しないと。僕は土手から腰を上げて立ち上がった。
その時である。少し目を離したその隙に、不思議なことが起きていた。
なんだか、虹が大きくなっていた気がしたのである。
そんなまさかとかぶりを振ってもう一度虹を見る。
すると、もう少し大きくなっている気がする。
僕はそのまま虹を見続けた。虹はどんどんと膨らんで大きくなっていく。
形は綺麗なアーチ状だったのが、どんどん歪んでいき、円状に広がっていった。
虹はどんどん、どんどん大きくなって、どんどん、どんどん空を覆っていく。
空はもう真っ暗だった。もうしっかりと夜だ。けれど、虹は残っていて、しかも、空全体を包み込んでいた。
真っ黒な空に、七色の光がもやもやと、まるでヴェールのようにかけられている。
それは、それまで見たことないほど、いや、今も目にしたことないくらいの、あまりに美しい絶景だった。
僕はその時、思わず呟いてしまった。
「これが、オーロラ......」
結局、それから一分もしないうちに虹は消えてしまった。家に帰り、僕は興奮して家族にそれを離したが、「こんなとこでオーロラが見られるわけないでしょ」と一笑に付されてしまい、それどころか帰りが遅いことの方を怒られてしょんぼりした。
今思えば、信じないのも当然だ。こんな高緯度でもなければ、寒くもない、空気もそれほど澄んでない普通の街でオーロラなんか発生するわけない。
でも、僕はこの目でしっかり見た。オーロラが生まれる瞬間を。
残念ながら証拠はない。今とは違い、スマホもガラケーもない時代である。田舎まちの出来事だし、時間も短かったから、僕以外の誰も見てなかったらしい。
あれは結局何だったんだろう。僕の妄想だったのだろうか、と考えないこともないのだが、あのイメージはとても強く脳内に焼きついていて、どうにも僕にはあれは嘘だったとは思えないのだ。
まあ、嘘でも本当でもどっちでもいい。なんでもいいけど、とりあえず僕は、あの不思議で美しい現象を後世に伝え残したいと思っている。
だから、息子がもう少し大きくなったら、うんと話してやるつもりだ。
「知ってるか。あのな、オーロラって虹からできてるんだぞ。」って。
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