【ショートショート】鹿ダイエット
俺の名前はユウタ。今年の春から東京の大学に通っている。
「よーし、いっぱい彼女つくるぞー!」
俺が東京に来た理由、それはズバリモテること。そのために、ファッション誌を読み漁り、お洒落な服を買って、髪も染めた。
念願の大学デビューもすぐそこだ!待ってろよ夢の新入生生活!
そして、遂に、今日はサークルの飲み会。俺は、同じく新入生の色白巨乳、レミちゃんと隣になった。
「あの、ユウタくん、話があるから、ちょっと二人で抜け出さない......?」
き、来た!遂に俺も童貞卒業!?
「う、うん。い、いいよ。」
こうして、俺とレミちゃんは二人抜け出すことになった。
「レ、レミちゃん、は、話って?」
「あ、あのね、ずっと言いたかったんだけど......」
こ、これはもしや、告白!?
「生理的に無理なの!金輪際私に近づかないで!」
「え、ええ〜!!で、でも、どうして......」
「私、太ってる人を見ると虫唾が走るのよ。じゃあ、私帰るから。もうサークルに来ないでよね。」
「そ、そんなぁ〜」
ーーーーーー「ってことがあったんだよ〜」
「はっはっはっ、それは酷い目にあったな」
コイツはケンタ。昔は同じデブの陰キャ仲間だったのに、今じゃモテモテらしい。
「くそー、ケンタはいいよな。大学入ってから痩せてかっこよくなって。モテモテなんだろ?」
「ははっ、そんなことないぞ。」
「余裕のあるやつの態度じゃん!くっそー、いいなー、俺だって痩せてーよー。つかケンタどうしてそんなに痩せたんだよ。」
「ああ、俺か?俺は、これだよ。」
そう言ってケンタが差し出したスマホの画面には、『鹿ダイエット』と書いてあった。
「鹿ダイエット?」
「ユウタ、お前、もしかしてこれ知らないのか?今じゃ、みんな知ってるぜ。安く、楽に痩せられるって有名なんだ。」
「安く、楽に痩せられる?なんか怪しいなー。」
「そんなことないぞ。芸能人の粕林正俊さんだって、これで痩せたんだ。」
「粕林ってあの人気芸人の?そっかー、じゃあ、安心なんだな。それってどんなダイエットなの?」
「簡単だよ。このサプリを飲んで、鹿に餌付けするだけなんだ。」
「え、それだけ?」
「そう。それだけ。今なら一週間お試しで980円だ。とりあえず、騙されたと思って、お前もやってみろよ。」
ケンタにそう言われ、俺もやってみることにした。
そして、数日後、サプリが届いた。怪しい話だと思ってたけど、実際に商品が届くと安心する。
サプリを飲んでみると、変な感じはしなかった。俺は「これ、本当に効くのかなー」って半信半疑で鹿に餌をあげに行ったんだ。
会場では、特製のせんべいが売っていて、少し変わったことに、そこに名前を書いてから鹿にあげるらしい。
俺はその特製せんべいを持って園内に入った。すると、鹿がわらわら現れてすぐにそれを食べ尽くしてしまった。これで1日目は終わり。正直俺は半信半疑のまま家に帰った。
そしたら、帰ってきてびっくり!なんと1kgも体重が落ちてたんだ!
「すごい、すごいぞこれ!」
俺はそこから毎日サプリを飲んだ。そして、お試し終了の一週間後には、7kgも体重が落ちたんだ。
「これ、すごいな!」
俺はすぐケンタに報告した。
「ああ、俺の言った通りだろ?これですぐにモテモテだよ。」
「ありがとう!これからも頑張るわ!」
俺はすぐに本コースに申し込んだ。月3万円だけど、こんなに効果があるなら惜しくない。
ケンタのお墨付きでもあるんだ。俺はケンタを信じきっていた。だから、俺はケンタの声が前より弱々しく震えていることには気がつかなかったんだ。
「よし、これでレミちゃんを振り向かすぞー!」
俺はこうして、1ヶ月サプリを飲み続けた。
(*)
1ヶ月後、俺の体重はさらに30kg落ち、63kgまで減った。そして、俺は念願のレミちゃんと付き合うことができた。
今日は、ケンタにお礼を言おうとご飯に誘った。ケンタがいなければ、俺はまたデブ陰キャに逆戻りしていたかもしれない。
「もう待ち合わせ時間過ぎてるのに、ケンタ遅いなー」
「あー、ごめん、ごめん、待たせたな」
「もー、遅いぞ、ケンt......」
現れたのは骨と皮しかないほど痩せこけたガイコツのような男だった。
「いやー、電車が、混んじゃってさ」
「お、おい、お前、ケンタなのか?」
「あー?ケンタだよ」
「お前、ちょっと痩せすぎじゃないか?」
「いやあ、まだまだだよ。それより、お前痩せたなぁ!」
「それよりって......」
「まあ、細かいことはいいよ。今日はとことん飲もうぜ!」
「あ、ああ......。」
それから俺たちは普通に飲み屋に行った。ケンタはあの頃と何も変わっていなかった。
痩せこけて見えるのは、サプリの一時的な仕様でこの先続けていけば、治るそうだ。
俺はその話を聞いて安心し、一層ダイエットに励んだ。
(*)
あれから1ヶ月、身体の調子がおかしい。体重の減少が止まらない。もう30kgを切りそうだ。心なしか、身体も重くなってきた。
ケンタとはあれ以来連絡が取れていない。
俺は何だか怖くなってきて、何度もサプリを辞めようと思った。しかし、どういうわけか、もうサプリなしでは生きていけない身体になっていた。
無心の状態でサプリを飲み、鹿にせんべいをあげる毎日。帰ってくるたびに、どんどん身体が衰えていく気がする。
それでも、自分が止められない。そうして俺は今日も鹿園に足を運んでしまった。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの、鹿せんべいを」
「あら、お客様、もう2ヶ月継続されていますね。」
「は、はい。それがどうかしましたか?」
「2ヶ月継続記念ということで、VIPルームにご案内しますね。おめでとうございます!こちらへどうぞ。」
何だろう。胸騒ぎがする。いや、期待で胸が高鳴っているのかもしれない。とにかく、俺は導かれるまま、受付嬢について行った。
受付嬢は、重々しい鉄の扉の前で立ち止まり、説明をはじめた。
「松本ユウタ様、この度は弊社の『鹿ダイエット』をご利用いただきありがとうございます。ご利用継続2ヶ月を記念いたしまして、これよりVIP会員様限定、特別減量コースにご案内いたします。無事コースを終えられたあかつきには、松本様は名誉会員として、以後永久に弊社のリストに名を連ねられることになります。こちらが、そのリストになります。」
おお、何やらすごいことが待っていそうだ。俺はリストをよく見た。2ヶ月も続けたのはほとんどいないらしい。
「あっ」
ケンタの名前がある。あいつ、さてはVIP会員になったから、俺を驚かせようとして黙ってたな。中で待ってたりして。
「どうかなされましたか?」
「あ、いえ、友達の名前を見つけたもので」
「そうでしたか。そろそろ中のご準備ができました。」
いよいよか。何が待ってるんだろう。
受付嬢が扉を開ける。
「どうぞ、中へ」
俺は胸を躍らせながら、足を踏み入れた。後ろで扉の締まる音がする。中には、いつもより大きめの鹿がたくさんいた。明らかに飢えた獣の目。それらが、すべて獲物を見る目でこっちを見ている。
「あ、あの、店員さん、鹿、お腹減っているみたいですが」
「そうですね」
「いや、そうですねじゃなくて、その、餌はないんですか、せんべいとか」
「何をおっしゃっているんですか。餌なら、もうあるじゃありませんか。」
鹿がじりじりにじり寄ってくる。
カラン。
乾いた音のする方を見ると、そこには何やら白い陶器のような残骸が散らばっている。
「嘘だ、そんなわけ、いや、いやだ、だって、鹿は、草食じゃ」
「鹿は基本草食ですが、時に小鳥など肉食をすることもあるようです。空腹であれば、なおさらでしょうね。」
「う、うわああああ!!!」
ガチャガチャ。俺は扉を何度も揺らした。けれど、鉄で出来た扉はピクリともしなかった。
鹿はじりじり寄ってくる。俺は命からがら走り出した。しかし、足が思うように動かない。
「松本様にお伝えし忘れていたことがございました。いつも飲まれていたあのサプリ、あれはお客様の生命エネルギーを鹿に送るための発射装置のようなものです。」
何を言っているんだ。
「そして、お客様がいつも鹿におあげになっていた名入りのせんべい。名前を書くことで、そのせんべいが導線となり、餌をあげるたびに生命エネルギーが鹿に移ります。」
意味が分からない。
「松本様はこの2ヶ月、持てるほとんどのエネルギーを使われました。ですから、もう限界でしょう。もってあと数歩といったところでしょうか。」
もう、足が動かない。
「や、やめろ、やめてくれ、いっ痛い、痛い痛い痛い!やめて、嫌だ、痛いのやめて!お願いだから、食べないで!お願い......誰か......助け......て」
「よかったですね。願い通り、おモテになられて。」
痛みで意識が朦朧としていく。俺はもう抵抗することもできなくなった。遠くで扉の開く音がする。そして、俺を嘲笑うかのように、女は言った。
「松本様、名誉会員昇格おめでとうございます。またのご利用お待ちしております。」
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