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【ショートショート】トリカゴ

「トリカゴ」という遊びがあります。

複数人で一人を囲み、鞠を渡し合って、中の一人がそれを取ったら、取られた人は中の人と交代をするという遊びです。

今日もお庭で元気に「トリカゴ」は行われています。

みんな、必死に鞠を追いかけている。外の人は鞠を取られないように。中の人は鞠を取ることができるように。

制限時間は十分です。それを過ぎても鞠を取れなければ、外の人の勝ち。中の人は失敗です。

そろそろ十分になります。外の人も疲れている様子です。あと一分、耐え切れるでしょうか。

鞠が四方八方に蹴られ、ちかちかと揺れています。限界が近いようです。

その時でした。軌道が少しぶれました。

その瞬間を中の人は見逃しませんでした。踏み出された右足は、しっかりと鞠の軌道上にあります。

蹴った中の人は必死に走りました。けれど、鞠は止まりません。

そして、終了の笛が鳴りました。

鞠は闘技場の真ん中、中の人の足下にしっかりと鎮座しています。

交換の儀のはじまりです。

闘技場の周囲に配置された監視人が、鞠を取られた外の人に飛びつきました。もう、彼は逃げられません。

中の人は誇らしげに、けれども安堵した様子で彼に近づきます。そして、自分の着物を脱ぎ去った後、彼の着物を剥ぎ取り、それを身につけて闘技場を後にします。

監視人は、外の人の手を離します。外の人は、外から追いやられ、裸のままに闘技場の真ん中に立たされています。

「トリカゴ」は鞠を取られた人と取った人とが交代する遊び。

けれども、交代するのは、役割ではありません。

負けた方は、勝った方と、「人生」を交代するのです。

外の人は、宮廷貴族の子息。対する中の人は、賎民の餓鬼。年に一度、十五歳の若者が選ばれ、聖なる儀を執り行います。

「トリカゴ」とは、一生に一度の下克上の戯れ。そう、これは貴族と賎民の人生を賭した戦なのです。

家柄、経済力、権威、その一切を問わず、優秀なものだけが生き残ることができる。それが、この国のしきたり。

勝てば官軍、負ければ賊軍。勝者には、繁栄が約束されます。逆もまた然り。賊は、討伐されなければならない。

闘技場の真ん中に、全裸の少年が立ちすくんでいます。彼は貴族の息子。昨日までは、宮中で管弦楽を学び、穏やかに暮らしていました。

しかし、彼は負けた。生涯唯一の大勝負に。そんな軟弱者は、王家には不要です。

彼の周りに監視人がぞろぞろと詰め寄ります。彼は手にお縄をかけられ、ひざをつき、うなだれています。

一人の監視人が刀を抜きました。そして、うつむく彼の横につき、振りかぶります。

次の瞬間、天高く挙げられた腕は勢いよく振り下ろされ、見事に彼の首元を捉えました。

鮮血が、まるで湧き水のように吹き出し、首がごろんと地面に落下します。

監視人は、彼の胴体を回収し、代わりに麻のボロ着を見にまとった餓鬼を真ん中に寄越しました。

その瞬間、新たな笛が闘技場に鳴り響き渡り、外の人が一斉に、中心の首に向かって動き出します。

そして、一人が思い切り、蹴飛ばしました。

空を紅く彩りながら、美しく鞠は回転します。それを、中の人も外の人も必死に追いかけます。

人生を奪うために。人生を守るために。

残る餓鬼はあと十五人。今ある中の人を押さえても、選別は終わりません。

儀式はあと百五十分。

今年は一体、何人が生き残るでしょうか。

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