目が光る⑵
ジリリリと目覚ましが鳴り、時計を見るともう8:30だった。彼は飛び起きて支度を始めた。
昨日の酒が身体に残っていて、頭が重い。いつもは欠かさず朝食をとるのだが、今日は食べ物を見るだけて吐き気がするほどだった。
彼はスーツに着替えながら、昨日のことをぼんやりと思い出した。どうして酒を飲んだったんだか。記憶があいまいだった。
残った酔いを覚まそうと顔を洗う。すっきりした顔つきになった彼は、コンタクトレンズを入れようと顔を鏡に近づけた。コンタクトをつけ終え、視界はっきりすると、彼は違和感に気付いた。
両眼に電球があるじゃないか。
ぼんやりと曖昧だった記憶が蘇ってくる。そうだ、昨日眩しくってしかたなくて酒を飲んだんだ。しかし、そんなこと......。
彼は何度も瞳を確認した。しかし、そこには依然として電球としか思えないガラス体があるだけだった。
夢じゃなかったのか。彼は落胆したが、一つ悪くないこともあった。電球は光っていなかったのだ。
それが朝だからなのか、エネルギーでもなくなったからなのか、それとも別の理由があるのかは分からなかったが、彼はひとまず安堵した。
これでどうにか仕事はできるだろう。何しろ今日は任されているプロジェクトのプレゼン本番だった。どうしてもしくじるわけにはいかない。
責任者である彼はこんなことで休むことなどできないのであった。頼れるのは自分しかいないのである。
彼は重い頭を叩いて無理やり起こし、急いで会社に向かった。
(*)
始業時間の30分前には会社に着くことができた。
彼はプレゼンの最終確認をしようと、プレゼンをするメンバーを集めた。
プロジェクトの主要メンバーはマネージャーである彼と企画の小林、デザイナーの佐藤の3人である。
彼は今日のプレゼンの資料作成を小林と佐藤に任せていたのだった。それは、他のプロジェクトのマネージャーも兼任しており手が離せなかったのもあったが、何より新卒のこの二人にとっていい経験だと思ったからだった。
彼は早速、小林に今日のプレゼンの資料を出させた。小林はもぞもぞしながら、鞄の中を探っている。1分ほど待っても資料は見つからなかった。
遅い。なぜ資料くらい用意しておかないんだ。
「小林、もういい。佐藤、スライドを見せてくれ。」
佐藤にはスクリーンに映すスライドを作らせていた。佐藤は自らのラップトップにスライドを全画面表示し、紹介した。
「佐藤、これは何だ。まず、文字が小さすぎる。誰がこれで見ようと思う?グラフの色も淡すぎる。もっと強い色にしろ。あと、なぜ3Dグラフを使った?比較がしにくくなくなるだろ。もっと考えてから作り出せ。時間がもったいない。」
佐藤は何か言おうとしたが、反論なんて聞いている時間はない。プレゼンは完璧でなければいけないのだ。その時間を推敲にあてなければ。
スライドを自ら手直ししていると、小林がようやく資料を出してきた。彼は無言でそれを受け取り、眼鏡を上にあげてじっくり読んだ。
「おい、何だこれは。ちゃんと調べたのか?小林、お前大学出てるよな。Wikipediaはデータとして引用するなと習わなかったのか?こんなソースが弱いデータ使えるか。」
資料を机に叩きつけ、大きくため息をついてみせる。小林の資料はある程度まとまってはいたが、所詮新卒だ。まだ学生気分が抜けていないのだろう。根拠が弱く、説得力に欠けていた。
「もういい。分かった。今日のプレゼンは俺の資料を使うことにする。」
「え、資料あるんですか?」
小林が怪訝そうに聞く。
「何言ってるんだ。今から作るんだよ。もういい、お前ら出てけ。頼むから邪魔だけはするなよ。」
彼はそう言って、小林と佐藤を会議室から締め出した。小林は不服そうな顔をしながら机にぶちまけられた資料を回収して部屋を出た。その後を着いていく佐藤は涙目のようだった。
少し厳しくし過ぎただろうか。しかし、これも指導のうちである。彼らはそこそこの出来のものを作るが、いつも爪が甘い。こういうのは細部まで、抜け目がないように作り込むかどうかが勝負なのだ。
彼は丹念に推敲を重ね、抜けているところがないか厳重に確認しながら、急いで資料を作り上げ、会場へと向かった。
(*)
会場に着くと、小林と佐藤はもう席についていた。先に会場に着いていたようだ。
プレゼンは13時からだ。始まるまであと5分ある。
彼は何度も念入りに自作資料をチェックした。完璧だ。我ながらよくできていると思う。
部屋の電気が落とされると、いよいよプレゼンが始まった。彼は淀みなく話し出した。念入りに練られたそのプレゼンは、至極明快で、視界に映る聴衆は皆完成度に唸っているように見えた。
10分間のプレゼンを終えると、拍手喝采である。プレゼンとはこういうことなのだとでも言うように、満足げな顔で彼は小林と佐藤の方を見た。
すると、小林がどこか不満気な顔をしているのが見えた。隣の佐藤に至っては、机に伏して寝ているではないか。
二人のあまりに舐めた態度に呆れていると、突然円卓の奥に座っていた部長が立ち上がり、彼の方を指差して言った。
「き、君、その目は何だね!」
部長は何を言っているのだろう。よく見ると、部長以外もおかしな反応をしている。
手前の女子社員は口に手を当て、課長は腰を抜かして後退りし、どこかみんな驚き怯えているようである。
「あ、あの!」
若い男子社員の声のする方を見やると、小林が大口を開けて立っていた。声を上げたはいいものの、どこか自信のなさそうである。
「なんだ、小林。言いたいことがあるならはっきり言え。」
すると、小林はカバンをまさぐりスマホを取り出してカメラを起動した。そして、彼を撮影した後、前の方に歩いてきた。
小林は彼の前に立ち、スマホの画面を見ながら言った。
「あ、あの、とても言いづらいんですが、その、先輩......」
そこまでいって小林は口をつぐんでしまった。
「何だ、いいから言ってみろ。」
小林は顔をしかめて、天を見上げてから、意を決したかのように彼の方を見て言った。
「先輩、目が光ってます。」
まさか。彼はその一瞬ひどく混乱した。
だが、部下の手前たじろぐわけにはいかない。すぐに正気を取り戻し、小林からスマホを奪い取り、写真を見る。
そこには人のものとは思えない発光した目を持つ自分が写っていた。
めまいがするような気がして、彼は立ちくらみ、思いっきり目を瞑った。
その瞬間、あまりの眩しさに彼は気を失った。
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