見出し画像

ペリクレスの葬礼演説を古典ギリシア語で読んでみた【第1回】

民主政の父として名高いペリクレス。彼の行った葬礼演説が、トゥキディデス『戦史』2巻35節~46節に収録されています。アッティカ散文としてはかなり難易度が高い文章として有名ですが、私の分かる範囲で解説していきます。1~2週間に1回更新を目標に、1文ずつ進めていきたいと思います。

はじめに

ペリクレスの葬礼演説は、もちろん日本語訳では読んだことがありますが、今まで古典ギリシア語で読むことはありませんでした。私は21年7月現在、3つの研究会と1つの教室に参加していますが、それぞれ、古代ギリシア碑文(OR)、古代アテナイ法廷弁論(今はリュクルゴス)、イリアス(ホメロス)、エル・グレコへの報告(ニコス・カザンザキス)の原文を翻訳・解釈していくのがメインで、トゥキディデスに触れる機会はありません。尚且つ平日はサラリーマンとしてフルタイムで働いていることもあり、今まで「読みたいな~」と思いつつ行動に移せていませんでした…。

そこで、ペリクレス葬礼演説の古典ギリシア語の解説をNoteに載せることで、読んでいく動因にしたいと思い立ちました。研究会や教室の準備、もしくは仕事でなかなか時間が取れないこともあろうかと思いますので(特に最近は各国のロックダウンでサプライチェーンが乱れまくっててやばい…)、上述の通り、1~2週間に1回ほど更新できたらと考えています。葬礼演説は難易度の高い文章なので、誤った解釈をしてしまっている可能性もありますが、その際はコメントでご教示いただけましたら幸いです。

葬礼演説に至る背景

紀元前5世紀頃、アテナイは絶頂期を迎えていました。東の超大国ペルシアの侵略をサラミスの海戦で打ち砕き、その中心的役割を担ったアテナイは、一躍ギリシア世界のリーダー格へと成長を遂げていたのです。エーゲ海域の諸ポリスをアテナイ盟主のデロス同盟へと加入させ、軍船や資金を拠出させることで、一気に発展・強大化していきます。誰もが知っているあのパルテノン神殿もこの時期に生まれました。政治的にも、民衆を支持基盤とする政治家が躍進し、史上初めて直接民主制が完成します。それを主導した政治家こそ、ペリクレスです。

ペリクレスは一流の家系から生まれて体格もしっかりしており、「恐ろしい雷を口の中に含んでいる」と言われるほどの弁舌の才がありました。今日の大統領のようなポジションである将軍の選挙に15年連続当選し続け、アテナイの政界を席巻します。頭は玉ねぎのような形をしていてよく揶揄されていましたが、そんなことは些細な事です。

そのペリクレスに、試練が訪れます。当時の最強陸軍国家であるスパルタとの戦争(ペロポネソス戦争)が始まったのです。古来よりスパルタはギリシア世界のリーダー的存在でしたが、アテナイが急速に頭角を現してきたことに恐怖心を抱いており、覇権を巡っての衝突は不可避のものとなりました。この現象は「トゥキディデスの罠」と呼ばれ、従来の覇権国家と急速に台頭してきた新興国の衝突を表し、ギリシア世界だけではなく歴史上普遍的に見ることができます。(アメリカと中国の競争関係もその1つです)

ペリクレスの取った戦術は極めて合理的で、「陸軍最強国と陸では戦わない」というものでした。民衆を都市部に集め、城壁内に閉じこもる一方、海上ルートを通して物資調達&強襲を行い、スパルタの体力をじりじり削っていくのです。当時のスパルタは海軍のノウハウが皆無なので、この戦略を取られたらたまったものではありません。このままいけば、アテナイは勝利していたことでしょう。もし、ペリクレスが戦争中ずっと存命であれば。

都市部に民衆を押し込んだことで人口密度が急上昇し、疫病がアテナイで大流行します。その疫病の毒牙はペリクレスをも蝕み、志半ばで没することになるのです。

この葬礼演説は、そんなペロポネソス戦争中に、墓前で戦没者に対して行われたペリクレスの名演説となります。ペリクレス自身が書き留めた原稿ではなく、歴史家トゥキディデスの書いた再現ではありますが、ペリクレスの「口の中の雷」を感じるには最適の文章だと思います。この後辿るペリクレスとアテナイの運命を思えば、読んでいて複雑な心境になってしまいますが…。

原文(Thuc. 2.35)と翻訳:1文目

‘οἱ μὲν πολλοὶ τῶν ἐνθάδε ἤδη εἰρηκότων ἐπαινοῦσι τὸν προσθέντα τῷ νόμῳ τὸν λόγον τόνδε, ὡς καλὸν ἐπὶ τοῖς ἐκ τῶν πολέμων θαπτομένοις ἀγορεύεσθαι αὐτόν.
※底本:Thucydides. Historiae in two volumes. Oxford, Oxford University Press. 1942.

翻訳
ここで既に演説した者の多くが、戦争の故に葬礼を受ける者たちには演説が贈られることが善いことだと考え、この演説を慣習として定めた者(ソロンのこと)を称賛している。

原文解説

・οἱ:定冠詞・男性・複数・主格、πολλοὶに繋がる。
・μὲν:対比の小辞、2文目のδὲ(上記未収録)に繋がり、「一方で、~」と対比を表す。
・πολλοὶ:基本形はπολύς、形容詞・男性・複数・主格、上記のοἱと組み合わせて名詞として扱う。「多くの者たち」
・τῶν:定冠詞・男性・複数・属格、εἰρηκότωνに繋がり、分詞を名詞化する。
・ἐνθάδε:副詞、「ここで」「この状況で」
・ἤδη:副詞、「既に」
・εἰρηκότων:基本形はεἴρω、動詞・分詞・完了形・能動態・男性・複数・属格、上記のτῶνと組み合わせて名詞として扱う。「話す」というような意味だが、「演説する」の方が分かりやすい。「演説した者たち」

οἱ μὲν πολλοὶ τῶν ἐνθάδε ἤδη εἰρηκότωνで主語を構成する。
ここで(ἐνθάδε)既に(ἤδη)演説した者の(τῶν...εἰρηκότων)多く(οἱ...πολλοὶ)は…

・ἐπαινοῦσι:基本形はἐπαινέω、動詞・現在形・能動態・3人称複数、「…を称賛する」
・ τὸν:定冠詞・男性・単数・対格、προσθένταと繋がり名詞を構成する。
・ προσθέντα:基本形はπροστίθημι、動詞・分詞・アオリスト形・能動態・男性・単数・対格、上記のτὸνと組み合わせて名詞として扱う。ἐπαινοῦσιの目的語。...τίθημιの分詞活用は-θείςの形となり、一見受動態のアオリスト分詞のように見えることに注意。「…を定めた者を」
・τῷ:定冠詞・男性・単数・与格、νόμῳと繋がる。
・νόμῳ:基本形はνόμος、名詞・男性・単数・与格。「慣習として」
・τὸν:定冠詞・男性・単数・対格、λόγονと繋がる。
・λόγον:基本形はλόγος、名詞・男性・単数・対格、προσθένταの目的語。「演説を」
・τόνδε:基本形はὅδε、指示代名詞・男性・単数・対格、λόγονに繋がる。「この」

τὸν προσθέντα τῷ νόμῳ τὸν λόγον τόνδεでἐπαινοῦσι の目的語を構成する。
この(τόνδε)演説を(τὸν λόγον)慣習として(τῷ νόμῳ)定めた者(τὸν προσθέντα)を称賛している(ἐπαινοῦσι)。

・ὡς:副詞、分詞と接続し「…という考えで」という意味を表す。この語の後にεἶμιの現在分詞 ὄν(能動態・中性・単数・主格)が省略されていると考える。(E.C. Marchant, 1891)
・καλὸν:基本形はκαλός、形容詞・中性・単数・主格。ἀγορεύεσθαιを形容する。「善い」
・ἐπὶ:前置詞、与格を取り、動機・目標や関係性を表す。元来、表面に横たわっている状態を表現した。
・τοῖς:定冠詞・男性・複数・与格、θαπτομένοιςと繋がり分詞を名詞化する。
・ἐκ:前置詞、属格を取って原因を表す。「…の故に」
・τῶν:定冠詞・男性・複数・属格、πολέμωνと繋がる。
・πολέμων:基本形はπόλεμος、名詞・男性・複数・属格、「戦争」
・θαπτομένοις:基本形はθάπτω、動詞・分詞・現在形・受動態・男性・複数・与格、上記のτοῖςと組み合わせて名詞として扱う。「葬礼を受ける者たちに」
・ἀγορεύεσθαι:基本形はἀγορεύω、動詞・不定詞・現在形・受動態、「話す」という意味がパッと思いつくが、受動態になると"to be delivered"という意味になる。「贈られること」
・αὐτόν:基本形はαὐτός、人称代名詞・男性・単数・対格、λόγονのことを指す。ἀγορεύεσθαιの意味上の主語。

ὡς (ὄν) καλὸν ἐπὶ τοῖς ἐκ τῶν πολέμων θαπτομένοις ἀγορεύεσθαι αὐτόν.
を分解してみると、
①ὡς (ὄν) καλὸν ἀγορεύεσθαι αὐτόν
②ἐπὶ τοῖς ἐκ τῶν πολέμων θαπτομένοις
の2つの要素に分かれる。

①演説が(αὐτόν)贈られること(ἀγορεύεσθαι=主語)が善いこと(καλὸν)だ(ὄν)と考え(ὡς)

②戦争の(τῶν πολέμων)故に(ἐκ)葬礼を受ける者たち(τοῖς…θαπτομένοις)には(ἐπὶ)

①+②=戦争の(τῶν πολέμων)故に(ἐκ) 葬礼を受ける者たち(τοῖς ... θαπτομένοις)には(ἐπὶ)演説が(αὐτόν)贈られることが(ἀγορεύεσθαι)善いこと(καλὸν)だ(ὄν)と考え(ὡς)

逐語訳:1文目全体

ここで(ἐνθάδε)既に( ἤδη)演説した者の(τῶν...εἰρηκότων)多く(οἱ μὲν πολλοὶ)が、戦争の(τῶν πολέμων)故に(ἐκ) 葬礼を受ける者たち(τοῖς ... θαπτομένοις)には(ἐπὶ)演説が(αὐτόν)贈られることが(ἀγορεύεσθαι)善いこと(καλὸν)だと考え(ὡς)、この( τόνδε)演説を(τὸν λόγον)慣習として(τῷ νόμῳ)定めた者を(τὸν προσθέντα)称賛している(ἐπαινοῦσι)。

今回は以上です!次回は2文目の解説をしていきたいと思います。
ペリクレス葬礼演説解説の第2回目はこちら


拙文をお読みいただきありがとうございます。もし宜しければ、サポート頂けると嬉しいです!Περιμένω για την στήριξή σας!