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モラハラを出していた云々②続編子どもたちにもどんな影響があったのですか!

アロハ🤙



威圧感を奥さんに出していた私の続編です!




意見を場に出す



奥さんが変わり始めたのを受けて


あれから色々今まで通りには
なかなか行かなくなりました。


会社を辞めたい!!


本当に会社が嫌なら辞めていいよ



洗濯とか何で俺がやらなきゃいかんだ!



強制はしていないよ、嫌ならやらなくてもいいよ



はぁ、、、


それよりもあなたの本音は何?


本当の望みはなに?


んー、、、



なんだろ?



いや、誰かがやらないと、

家の中ぐちゃぐちゃになるじゃん


だから、、心地よいところでいたいから


掃除をしたい


しかし、自分1人がやるのは不公平で嫌だ


だから子どもたちや奥さんもやってほしい


自分の望みは、
みんなで楽しく家事を協力してやる事



それを言葉に出して言う




私はこう思う



意見を場に出す


あの人がやってくれないからと
相手にぶつけるのでなく



意見を場に出す


家庭のテーブル(場)は


それから、

「私はこう思う」という家族のさまざまな意見が並べられ始め

それは、子どもも親も同じひとつ屋根の下に
住んでいるチームに変わって行く過程の
第一歩でした


というとかっこつけすぎですね笑笑


そんなすんなりは行っていませんが


愚痴をぶつけることももちろんあります


怒りをぶつけることもあります


そういう事もありますが、


ひとつひとつが練習と言いますか

私はこう思うという
意見を場に出す練習を
繰り返しやっていて


徐々にお互い相手の話を聞いて会話をする
と言う事が出来てきているように感じます。

(主に話を聞いていなかったのは私ですが笑笑)



子どもが思春期に入ってくると
また新たな悩みも出てきました。


奥さんがちょうどお店を始める前後位から



長男不登校気味

学校の授業について行けなくなり、
運動と学習のバランスが取れなくなってきた


次男、ADHD、学習障害、


徐々に学校の勉強について行けなくなることが
顕著になってきた


うちの子は普通と違う


学校に普通に行けない、、、


育て方を間違えたんだろうか


家では相変わらず楽しそうに過ごしている


学校となると途端に身構える


学校ってなんだ?普通って何だ?


そのあたりを夫婦で悩みました


そしてその事はあまり他では話しませんでした



そんな問題と思われる事を抱えた親


そう思われたくなかったから



あの親は子どもが不登校になるような
育て方をしたんだね


ADHDって大変だねぇ
今多いらしいよ、、


問題を話す事でさらに問題が広がる


恥を晒す


そんな事を当時考えて

私は誰にも話せませんでした


自分のこの性格が悪いんだ


自分の生い立ちが悪いんだ


不登校やADHDを問題にし、

この先の将来に怯えて


えもいわれない暗闇に居ました。


奥さんもお店を始めた事を
悔やんだりもしました


わたしがお店をはじめたからなのかな


その後
不登校気味からしっかりと不登校へ
長男は変わって行きました


息子の顔は青白く笑顔を失ってました


生きるとは何?


学校とは何?


笑顔で生きていてくれさえすればいい、、


海に長男を連れて行ったのを思い出します。


一歩も車から出ずに車の中で
長男は横になっていました


無理に腕を引っ張って学校へ
連れて行こうとしたこともあります。


振り解き泣きながら
二階に駆け上がって行きました。


祖母が蝶つがいを掛けられた
彼の部屋の外で延々と話しかけて
いたこともあります



色んなことの中で

色んな人の助けの中で


長男は心のバランスを取り戻して行きました



母親が挑戦していることが
どれだけ彼の心に影響を与えたのかは
分かりません



ただ、少なくとも
夢に挑戦している人が近くにいたと言うことは
感じでいたのかもしれません


長男にとっての夢は


野球を思う存分やりたいということでした



そのためには学校に行かなきゃいけない



だから行く



だから勉強が全てできなくてもいい


わからなくてもいい



完璧主義だった長男は


少しずつ不完全さを受け入れはじめました



次男も学校の授業は苦手で
ついていけないけど

学校の友達に会いたいから


中学までは
分かってるフリをして過ごす


そして高校では

自分のやりたい事が出来る高校へ通うという
目標を掲げて


2人とも徐々に目的を明確にしたのは
母親の影響があったかもしれません


(不登校もADHDもそれが問題ではなく
       貴重な経験だと思ってます)


そして一番の長男であるわたしも
少しずつ変わっていきました


なぜ世間体が気になるのか?


なぜコンプレックスがあるのか


なぜそんなに体を痛めてまで
スポーツをするのか


なぜあの人が苦手なのか


会社の何が嫌なのか


ひとつひとつの嫌だったこと不安、恐れ、怒り、悲しみ、気づき、、、


感情の全てを


ノートに書き


奥さんに話し


家族の前で話しました。


奥さんに愚痴を吐き出しました。


ノートに愚痴を書き続けました。


そしてなぜそう思ったのか


それはなぜそう思ったのか


なぜ?なぜ?と追求していくことを
繰り返し繰り返しやって行きました。


そこで気づいたのは

表面に現れた嫌な出来事は二次的なことで

そう考える元になる感情があると言うことに
気付きました。


それは元を辿れば小さい頃にあった悲しみで
あったりしました。


奥さん自身も、僕がそういう自己探求をする
少し前からコツコツとノートに一人で
書き綴っていたようです。


僕は奥さんに続いて

自己探求をはじめたわけです。

昔からなぜ?と自分もやっていましたが、20代では諦めていたところもあったかもしれません。

自己啓発本のたぐいを昔から読んでいて、
私の読まなくなった自己啓発本を
今度は奥さんが読みはじめていました。


人は変わるものですね。


奥さんの実際の変化を目の当たりにして
私も再びやろうと思ったわけです。


過去、こう言うことがあったんだなぁ


昔はこんな事を悲しんでたんだ


自己理解自己探求は進んでいきました



それは今でも続いています。


今でも嫌なことや葛藤も起こります


しかし昔よりもずっと感情が軽やかになり、

短い時間で立ち直れ

生きやすくなっています。


そして気づけばノートは10冊以上になってます


奥さんのサポートがあったからこそ
自己理解も早かったように思います。


そして今はそれをアウトプットする
時期に来ているなと思います。



アウトプットして自分なりの経験を外に出し


それを読んで誰かが気づきを得て頂いたら


あの経験があったからこそ
あなたを幸せに出来た。


そんな全てが貴重な経験に変わると思います。


長男は大学生になり


次男は高校生


それぞれやりたい事、出来ること、求められること、ひとことで言うと夢へ向かってイキイキしている。


そしてそれを応援出来る


こんな幸せは無いと実感しています。


そして私も家事を分担していく中で
意外にもお料理を作る事が好きなんだと
感じています。


ひとつ屋根の下に暮らしている家族で
出来る人が出来る時に
家事を協力してやっていく


そういうカタチに変わってきました。


最小単位の家族という社会で
何が自分は出来るのか、得意なのか、
生活に密着するからこそわかる事
分かった事です。


奥さんに威圧感を与えていたのは

分かって欲しかったから

それはこんなに傷ついていた自分を
助けて欲しかったから


それに手を貸してくれたのは
奥さんだったけど

ほんとに自分を救うのは

自分しかないんだと思います。


悲しみ、怒り、苛立ちなどの奥にある
ホントの奥の心を見つめる

自分の傷と対峙して優しく撫でる
そしてもう大丈夫だよ!と笑顔になる。


そこでようやくフラットになる


さあ!この世界で何しよっか!!と羽ばたける


自分を外によって満たすのでなく


内からの自己理解によって満たす


そうしているうちに威圧感など
出す必要は無くなりました。


わたし自身過去、モラハラをしてきたという事に
気づいたのはここ最近奥さんとインスタライブをした時などに奥さんがその言葉を使っていたので、、、


過去は簡単に忘れてしまう


そしてそれは与えた方は特に自覚がないまま
過ぎてしまう


僕の周りでモラハラをしている
なんて話は聞かない


僕も奥さんから言われなければ
奥さんがそこまで傷ついていたなんて
分からなかった


だから心の内を話す事は
大切なんじゃないかな
そう思います

私はこう思ってます



ここから始まったコミュニケーション


今でも日々、私たち夫婦はよく話します


ケンカもします!


怒られたりもします


それは、より良い未来へ行くための夫婦の会話


家族の会話


今後も


一歩ずつやって行きたいと思います。


読んで頂きありがとうございます!!


良い日をお過ごし下さい。



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