山田と太一の物語 #02

  PEACE9/3

「あの時さ、お前が『隕石だぁー』って言ったら隕石が降ってきたんだよな?」

「あぁ、そうだけど」

「じゃあまたお前が『隕石が消えたぁー』とか言えば消えるんじゃねぇの?」

「まさか、ありえないだろ」

「まぁいいからやってみろって」

「しょうがねぇなぁ。じゃあ、壮大な感じでいくわ」

「よーし、じゃあ、よーい、スタート!」

「あぁー隕石に向かって何かが飛んで行くぅー!何だアレはぁぁー!ミサイルかぁ?ロケットかぁ?うわぁー衝突したぁー!どっちも粉々だぁー!これで地球は救われたんだぁー!!ありがとぅー!!ありがとぅー!!」

「はい、カットー。お疲れ様で~す。太一さんクランクアップで~す」

「いやーお疲れお疲れ。お陰様で良い演技が出来たよ」

「こちらこそ、太一さんのお陰で良い作品が出来ました」

「……何だこの茶番劇」

「ハハハハハ。いやぁー……しかし、凄いな……」

「あぁ…………本当になくなっちまった」


  PLACE

 ここは「なんでやねん激情」。一応、劇場だ。結構歴史のある、お笑いの、劇場だ。あの事件以来、どうしたことか、俺たちの漫才がウケにウケている。今日も何と俺たち、「やまだたいつ」の単独ライブだ。

「おい、太一、スゴい人だぞ。何だか俺、吐き気がしてきた」

「おいおいおい、大丈夫かよ?舞台上で吐くのだけは勘弁してくれよな」

「お、おう……とっ、おぉーうとぉーっ、おーうーとーまーちっ、くぅー!」

「……嘔吐マチックか、なかなか良いかもなあぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」

「な、何だよ?ゴメン、つまんないギャグ言ってゴメンだよ」

「ち、違うんだ。ああああいつがいるんだよ!俺をあの変な薬であの毛むくじゃらなあの変な戦士にしたあの女が!」

「あのが多いよ!ってボケの俺にツッコませんなや!」

 次の瞬間、その空間は一瞬にして凍り付き、目にも止まらぬ早さで荒れ果てた渋谷スクランブル交差点へと様変わりをした。

「やっと気が付いたようね。ほら、周りを見てみなさい。アナタがちゃちな幻想の世界にいる間にみんな死んでしまったわ。フフフフフ。今の気分はどう?アナタがつまらない反乱なんて起こさなければ、誰も死ななくて済んだかもしれないのにね……フハハハハ……フーハハハハハァーー!!!」

 ……思い出した。俺は今、最終決戦の真っ最中だったんだ。


  勇敢なる戦士Ⅲ

 凄まじい身体の熱と、尋常ではない血液の流れに俺は目を覚ました。沸き上がる闘争本能が、一気に覚醒へのカウントダウンを刻む。

「いよいよか……」

「おい、太一、これ、スゴいな!」

 能天気な山田の声が、俺の闘争本能を見事に遮断する。

「何だよ、良いところだったのに!」

 というか山田もいたのか。そういえばあの女、「アナタ方は選ばれました」って言ってたな。ってことは他にも仲間がいるのか?

「おい太一、何だよその身体。毛むくじゃらじゃねぇか。それにスゴいムキムキだし。もしかして、固くて鋭い爪とか出るんじゃねぇのか?」

「ハハハ、そんなの出る訳ないだろ。それ出ちまったらまんまあの映画の主人公じゃねぇか」

「まぁいいからやってみろって。ほら、『うおー!』って」

「分かったよ。じゃあ、いきまーす。うおぉーーー!!!」

 シャキン!

 出た。

「出た!」

 俺たちはしばらくの間笑い声を止めることが出来なかった。気付くと山田の鼻が長くなっていた。

「おい、山田、どうしたんだよその鼻。もしかして、それがお前の能力か?」

「おいおいおい嘘だろぉ?何だよこれ。どうやってこれで戦えっていうんだよ?あんまりだぜ」

「お前いつも嘘ばっか吐いてるからだよ。罰が当たったな」

「はぁ、今からでも人生やり直したい……」

「いやいやいや、面白い嘘を吐くのがお前の良いところじゃねぇか。その変な想像力のお陰で面白い漫才が出来るし、ほら、あの高校の時によく書いてた変な物語も、お前のその嘘を生み出す素晴らしい想像力があったからこそ書けたんだろう?」

「ハハハ、なんだか嬉しいような悲しいような……てかその変な物語の中にさ、鼻が伸びる話なかったっけ?」

「……あっ、あったな。確か……雨物語、だったっけ?」


  雨物語

 もう雨が降り続けて十年近くになる。何気なく降り出したその雨は、今日まで一度たりとも止んだことはない。

 おかげで洗濯物の生乾き臭が酷くなった。そして、その臭いは瞬く間に世界中に充満し、次第に人類は鼻をつまむようになった。

 すると、鼻の低かった民族の鼻が急激に高くなり、元から鼻の高かった民族の鼻もどんどんと高くなり、どんどんどんどん高くなり、どんどんどんどん伸びていき、どんどんどんどん宇宙まで伸びていき、どんどんどんどん月まで伸びていき、どんどんどんどんあっという間に世界は平和になりましたとさ。終わり。

「くだらねー!」

「ハハハハハ。でも、意外と面白いな」

「若い頃の脳みそはとても柔軟で無限の可能性を秘めてるってことだな」

「おー、良いこと言った風だな」

「風は余計だよ!」

「ハハハハハ!」

「あのーすみません」

 可愛い女の声がした。可愛い女かどうかは勝手に声で判断した。

「アナタ方も選ばれし人というやーつですか?」

 声の方を振り向くと、背中に天使の羽を付けた大学生くらいの女の子が立っていた。本当に可愛かった。即座に俺の人見知りが発動した。

「そうだよ!君も?というか可愛いね。名前は?何してる人?歳はいくつ?」

 山田は俺とは正反対だ。いつも誰かとすぐに仲良くなってしまう。高校の頃からそうだった。だから俺はそんな山田を相方にしたのだった。

「えーと、名前は美しいに歩くで美歩で、歳は二十一歳で、千葉県で看護師をしています」

 ドンピシャだった。俺はこの子が好きだ。

「うわードンピシャ!俺、君のこと多分好きだわ」

 くそー!山田ー!覚えてろよー!ん?どうしたんだろう?彼女、山田の顔見てニヤニヤと笑いを堪えてる……あっ、そうか。きっとあの鼻がおかしくてたまらないんだな。よーし……。

「おい、天狗みたいな鼻して何言ってんだ!」

 俺は芸人人生を懸けた渾身のツッコミを入れた。彼女を笑わせたい、彼女に面白い人だと思われたい、という一心で、俺は山田に全身全霊のツッコミを入れた。

 シャキン!

 爪が出た。彼女は見事に吹き出した。

「ぷっ、ハハハハハ!あっ、ごめんなさい、我慢できなかった。気に触りましたか?ホントごめんなさい」

 なんて気遣いの出来る子なんだろう。とても素敵だ。好きだ。好きだ。

「お二人は何者なんですか?さっきから面白すぎますよ。もしかして、お笑い芸人さんとかですか?」

 なんて勘の鋭い子なんだろう。とても素敵だ。好きだ。好きだ。

「そうそうそう!今巷で大ブームのやまだたいつです!」

 山田が得意の嘘を吐いた。ちょっとだけ鼻が伸びたような気がした。

「あー、えっと、ごめんなさい。ちょっと分かんないです」

 無理もない。俺たちは全く売れていないただの若手芸人なんだから。

「うそうそうそ。芸人ってのは本当だけど、大ブームってのは大嘘。まだ駆け出しの無名若手芸人」

 俺はちょっと悲しくなった。山田も珍しくシュンとしている。鼻も心なしかちょっとだけ縮んだような気がする。

「へぇ~でもそういう夢を追ってる感じって素敵ですよね。カッコいいと思います!」

 あぁ、なんて良い子なんだろう。俺はますますこの子が好きになった。俺はますますこの子が好きになった。

「鼻と爪、触ってもいいですか?」

 シャキン! 

「うわぁーカッコいい!うわぁー硬くておっきいー!」

 あぁ、なんて男心をくすぐるのが上手い子なんだろう。俺はますますこの子が好きになった。俺はますますこの子が好きになった。

「へいへいお前ら準備はいいかい?戦う準備はおっ警戒?」

 いきなり酷いラップが聞こえてきた。声の方を振り向くと、ギャル男風の男がノリノリで身体を震わせていた。

ちなみに「おっ警戒」のところは、自分なりに聞こえてきた音に当て字をしてみた漢字だいや感じだ。

 それより、コイツは一体どこから現れたんだろう?そういえば、山田も美歩ちゃんも急にこの部屋に現れたな。最初は確かに俺一人だったはずなのに、一体全体どうなっているんだ?それに、コイツは……。

「おい、山田。コイツもあのお前が書いた変な物語に出てきたよな?」

「あぁ、俺も今そう思ってたところだ。コイツは俺の記念すべき第一作目の変な物語、『セイヤのお話』に出てくるセイヤだ!」


  セイヤのお話

 昔々、といっても十年前。あるところに、といっても渋谷区。そこにとある一人のギャル男が突っ立っていた。

 その男の名はセイヤ。いかにもギャル男って感じの名前でごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。がモートーのギャル男、セイヤ。

 某セイント系のセイヤは全く以て関係ない。だって、名付け親である親父さんの世代では全くないから。

 その親父さんといえば金持ちで有名。だからセイヤは高校を卒業してからも定職には就かず、ギャル男三昧、パラパラ三昧、ナンパは惨敗イェイ!

 そんなある日、セイヤはいつものように仲間たちと夜の街を練り歩いていた。そう、「悪そうな奴らは大体友達♪」に憧れた感丸出しで。

 いつもの渋谷のいつもの店で、いつもの酒と、いつもの仲間フォー!クラブ行こーぜっ!ということでクラブへレッツらゴー!

 何とその日は運が良いことに、パラパラスペシャルミックスデイ。セイヤたちはなりふり構わずセンターへ。あっちゃん張りのセンターへ。

 フロアの視線は釘付け。女たちはこの俺を見て感じている。といった勘違いのもと踊り続ける。

 すると、そこに一人のある女性が現れた。絡み合うステップ、奏で合うビート、共鳴するド淫靡な心音。

 セイヤ、ビビッときた。ビビットカラーのタイトスカート履いたその女性に、セイヤ、ビビッときた。

 そこからはもう速かった。あっという間にAtoZ。セイヤはそりゃ~早かった。

 彼女の名前はミリヤ。佐藤ミリヤ(惜しい)。セイヤはその日の内に交際を申し込み、そして彼女もそれにすぐ同意した。順調に交際もスタートし、セイヤは幸せな日々を送っていた。

 ミリヤの欲しいものは何でも買ってやったし、親が所有する土地の権利も譲ってやった。そこにプール付きの一軒家も建ててやったし、大好きだという珍しい犬種のイヌも、五十匹ほど海外から取り寄せてやった。ミリヤが激推しする宗教団体にも臆することなく加入したし、仲の良いという占い師からは、壷や水晶などをしこたま買ってやった。

 全てが順調だった。全てがうまくいっていた。しかし、ある日ミリヤは逮捕された。何とミリヤは詐欺師だったのだ。セイヤは全く気付かなかった。セイヤは引くほど鈍感だった。

しかも、今でもミリヤを信じている。十年経った今でも、セイヤはミリヤを信じている……

 あの頃セイヤ、二十一歳。この頃セイヤ、三十一歳。未だにギャル男、未だにパラパラ、未だにナンパは惨敗イェイ!的なノリで刑務所に向かう。

 だって、今日は彼女が釈放される日だから。だって、誰も迎えに行かなかったら、彼女が寂しがるでしょ?的な心意気で。

 さぁ、そろそろ釈放の時間だ。彼女は元気にしてたかな?僕のこと覚えてるかな?初めに何て言葉をかけてあげようかな?そして、最後に何て言って別れを告げようかな?今日は二人の記念すべき命日だから、明るい感じでサヨナラしよっかな?

 よーし、決めた!「ありがとう、そしてさようなら」って満面の笑みで言った後、すぐさま心臓を貫こう。そして、すぐさま彼女にナイフを握らせて、すぐさま僕を刺させよう!

完璧だ。完璧なハッピーエンドだ。

 その時、刑務所の門がゆっくりと開いた。強く握られたナイフは、これでもかというくらい照りつける太陽を反射し、まるで、ダイヤモンドのように美しく光り輝いていた。

 続く……。

「クハハハハ!くだらねー!でもちょっとミステリー!てかこれこの後どうなんだっけ?えーと確か……」

「セイヤ~早くコイツらに戦いのこと色々教えてさっさとクラブに踊り行こーよー」

 そうだ!この後にはミリヤの話が続くんだった!

「おい山田!」

「あぁ、俺も今ちょうど思い出したところだ」


  ミリヤのお話

 私はミリヤ。みんなのアイドル、佐藤ミリヤ(偽名)。あの歌手に名前が似てるって?ちっちゃいことは、気にするべからず、チコワカチコワカァー!可愛いでしょ?うっふ~ん。

 似ている芸能人は長浜あけみ。って自分では思ってるんだけど、友達や初対面の人からはよく、あみ松城って言われるの……えっ、誰?きっと可愛い女優さんなんだろうなっ!てへべろ~ん。

 そんな私、佐藤ミリヤ四十一歳は、詐欺師をしているの。男を騙す、魔性の女なの。今まで騙しちゃった男の数は数え切れない。今まで騙しちゃった男性のみなさん、本当にゴメンナサイ。えへてへ。

 でもね、ある人物との出会いが、私を変えたの。その人の名前は、セイヤ。ギャル男の、セイヤ。出会いはクラブのフロアだった。ミリヤ、ビビッときた。ビビットカラーのピチパン履いたセイヤに、ミリヤ、ビビッときた。

 そこからはもう速かった。あっという間にAtoZ。セイヤは今までで一番早かった。

 私、セイヤのことは本気で好きになっちゃったから、貢がせるのはよそうと思った。でもね、ついつい癖で出ちゃったの。だから、セイヤにもかなり貢がせちゃった。しかもセイヤはかなりのオボッちゃまだったから、私はかなりの大金と資産を手に入れたの。

 でもね、それが引き金となって私、逮捕されちゃったの。裁判でも負けて、刑務所へ放り込まれちゃったの。地獄の日々が続いたわ……十年近くもね。

 でもね、それも今日で終わり。今日は待ちに待った釈放の日。やっとまたセイヤに会える。やっとまたセイヤと踊れる……。

 そう、私はこの十年間、ずっとセイヤを思い続けてきたの。罪を償って、自由の身になったら、ちゃんとセイヤに謝って、もし許してもらえるのなら、また二人でずっと一緒に歩きたいなって思っていたの。ずっと、ずっと、想っていたの。

 その願いを叶えるっていう目標だけが、私の獄中生活を支えてきたの。その目標があったからこそ、獄中での地獄のような日々を耐え抜くことが出来たの。だから今日はドキドキわくわくなの。ずっとドギマギしているの。

 セイヤ、迎えにきてくれてないかな?門が開いた瞬間に、感動の再会を果たして、ハッピーエンドを迎えるっていう展開にならないかな?

 その瞬間、刑務所の門がゆっくりと開いた。雲一つない晴天に、照りつける太陽。真っ直ぐと延びる砂利道に、真っ直ぐと延びる一つの影法師……セイヤ。

 心地好く吹く風に背中を押され、穏やかに揺れる木々たちの下を一直線にひた走る。何の懸念もなく飛び込んだその胸は、あの日、あの時のまま。

「ありがとう、そしてさようなら」

 セイヤはそう呟き、ミリヤの心臓を何の躊躇いもなく突き刺した。痛みが襲い、脱力感に苛まれ、自分の力で立っていられなくなったミリヤは、全体重をセイヤへと預けた。

 セイヤは、そんなミリヤを優しく受け止め、優しくナイフを握らせた後、その手に自分の心臓を躊躇なく貫かせた。

「これからはずっと一緒だよ」

 セイヤは満面の笑みでそう語りかけ、ミリヤのことを優しく抱きしめた。そして、そんなセイヤの温もりを感じてとても穏やかな気持ちになっていたミリヤも、セイヤのことを優しく懸命に抱きしめたのであった。

 終わり……。

「うわぁ……良いお話ですねぇ」

 美歩ちゃんが目をウルウルさせながらそう言った。

「えっ、ホント?うわぁー嬉しい!」

 山田が分かりやすくその喜びを表現する。

「まぁ、ちょっと重いけどな。最初スゲーくだらねぇし」

 とか言って本当は山田の物語の中で二番目に好きな話だ。

「他にはどんなお話があるんですかぁ?」

 美歩ちゃんが目をキラキラさせながら聞いてくる。好きだ。たまらなく好きだ。

「えーっと他にはぁ……何があったっけ、太一?」

 俺は必死に過去の記憶をほじくり返した。

「うーん俺が覚えてんのはねぇ、デブスアイドルの竜ちゃんの話くらいかな?」

「あー!そんなのあったねぇー!懐かしぃ!」

「何ですかそれぇ!?スゴく気になりますぅ!というかあのギャルの人たちが消えてますぅ!」

「えっ?」

 全く忘れていた。そんな二人の存在なんて、全く忘れていた。

「何だ何だぁ?そいつらの話を思い出せばそいつらが消えるっていう設定かぁ?何だ何だぁ?」

 俺はもう訳が分からなかった。

「とりあえず、この部屋から出てみませんか?」

 美歩ちゃんがそう冷静な提案をした。

「そうだね。じっとしてても何も始まらないしね。早くこの身体ともおさらばしたいし」

「ホントだよ!早くこの鼻どうにかして欲しいわ!」

 ついに俺たちはその部屋から脱出することにした。しかし、その部屋からの脱出方法が分からなかった俺たちは、途方に暮れて自暴自棄に陥り、なんていうことには全くならず、普通に自動ドアからすんなりと脱出することに成功した。そして、その先にはとても長い廊下が待ち構えていて、という想像をしていたが、そこには普通の狭いエレベーターがあるだけで、少し、いやかなり拍子抜けをしてしまった。

「とりあえず、乗るか」

 山田が先頭を切る。こういう時の山田は頼りになる。というか便利だ。素晴らしき毒味役だ。

「何階に行く?一から九まであるけど」

 俺はすぐに答えられなかった。ここはとても重要な場面のような気がした。

「まぁ九階でいっか。ポチッとな」

 おいおいおい!軽いよ!しかもいきなり最上階って!大ボスがいたらすぐ死ぬぞ!大ボスがいたらすぐ死ぬぞ!大ボスがいたらすぐ死ぬぞ!大ボスが

「あっ、ここが九階だった」

 えー!まさかの下に行くほど難しくなるRPGのパターンかー!

「まさかの下に行くほど難しくなるRPGのパターンですね!」

 あぁ、好きだ。美歩ちゃんとは気が合いそうだ。とにかく、好きだ。好きだ好きだ好きだマジで好きになっちゃってからもう五秒は経ってます!

「じゃあ、一階で!」

 もう好きにしてくれ。

「ピーン」

 軽快に動き出したエレベーターだったが、すぐに八階で止まってしまった。

「おいおいおい、罠だったんじゃないのか?」

 そんな心配をよそに、エレベーターのドアが驚くほど滑らかに開く。すると、マスクをして黒いハットを被った黒いロングコートの男がゆっくりと音も立てずにエレベーターへと乗ってきた。

 異様な雰囲気を感じ取った俺たちは、全員ボタンのある右側へと寄り、そのマスクの男に左側の空間を全て譲った。男は何も言わずに、何の躊躇いもなく、左後ろの角を我が物顔で陣取った。

「おい太一、これも物語なのか?」

 山田が小声で聞いてきた。しかし、全く身に覚えのなかった俺は、精一杯の困り顔を山田に対して披露してみせた。

「あ、あの……何階ですか?」

 美歩ちゃんがその男に聞いた。なんて勇気があるんだろう。こんな時にも気を利かせるなんて、なんて出来た子なんだろう。好きだ。

「…………」

 マスクの男は何も言わなかった。美歩ちゃんの行為を無下にするなんて何というヤツだ。しかし、怒っていても仕方がないので、とりあえず俺はドアを閉めることにした。しかし、そのエレベーターは全く動こうとはしなかった。

「やっぱりこれも物語を思い出さないとダメなのか……」

 俺は俯きながらさっきよりも可愛い困り顔をしてみせた。

「あのぉ、お二人とも気付いてますか?あのマスクの方、微妙にこっちを見ています」

 美歩ちゃんが不安そうな声でそう呟く。言われてみれば、確かに身体を斜めにして微妙にこっちを見ているような気がする。

「おいおいおい、それにさっきよりちょっとこっちに近付いてねぇか?」

 山田も小さく焦った声を出す。確かにそう言われれば、身体を小刻みに揺らしながらこちらにジリジリと近付いてきているような気がする。

「おい、早く思い出せ!太一!」

 そんなこと言われたって思い出せないんだからしょうがないじゃないか!というかお前が書いた物語なんだからお前が思い出せよ山田!

「ヤバいです!どんどん近付いてきてます!」

 えーと、えーと、マスクにハットにコート、怪しい男、こっちを見ている、変な男、変質者、変わり者、奇妙、ストレンジ、ストゥーピッド、マッド、クレイジー、ん?ストレンジ?ストレンジ……ストレンジ。ストレン……ジ……ストレンジ。ストレンジ!?ストレンジ!!!

「ストレンジマンだぁ!」

「ストレンジマンかぁ!」

「ストレンジマンなんですねぇ!」


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