見出し画像

慣れへの恐怖心

僕はなにか慣れてしまうことに恐怖心を抱いている。

どれだけ新しい経験をしたとしても、人はいつか慣れてしまう生き物。

僕は毎日noteを書くことを日課としていて、50日以上継続しているから、もはや更新することに慣れてしまっている。

今思えば最初はnoteを毎日書くことに、新鮮さを覚えていた。更新することが楽しかったし、「どんなことを書こうかな」って記事案や構成を考えることが楽しみだった。

でも今はどうだ。毎日noteを書くことに慣れてしまって、新鮮さや感動が薄れてしまっているような気がするんだよ。

まるで作業するみたいな感覚。「毎日書く」という目的を達成するためには、作業をする感覚を覚えれば良いんだろうけど、あのときの感動は、一体どこへ行ってしまったんだろうか。

君とジャージで行った深夜のコンビニも、初めて友達と行ったあの海も、繰り返していくうちに、やがてその感動は薄れていく。

それは慣れたがゆえに起こる弊害で、そこから抜け出すことはほんとうに難しい。

「慣れ」への恐怖心をいつも抱いている。だから僕は慣れてしまいたくない。

最初は心が大きく動かされていくことも、「慣れ」のせいで、徐々になんとも思わなくなってしまうんだ。

最初は感動を覚えたことに、徐々に感動を覚えなくなることが怖い。

むしろ嫌だ。慣れてしまいたくない。いつだって新鮮な気持ちのままでいたいのだ。

「慣れ」はほんとうに怖い。でも人はどう足掻いたって慣れてしまう。

僕が思う「慣れ」とは「当たり前」と思ってしまうこと。

当たり前に慣れてしまうと、途端に興味関心や感謝の気持ちが薄れてしまう。

最初は感謝していたことも、慣れてしまうと、感謝することがなくなってしまう人が多い。

誰かの気遣いを当たり前だと思いたくないし、ありがたいものだと思っていたい。

どんな物事も当たり前だと思わないこと。

僕らは誰かによって生かされている。

慣れてしまわないよう、当たり前だと思わない日々を生きていこう。



ありがとうございます٩( 'ω' )و活動資金に充てさせて頂きます!あなたに良いことがありますように!