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毎日更新を終えたら、もう書くことをやめてしまうかもしれない

毎日更新をはじめてからもう750日以上の月日がたつ。歯磨きをするぐらい習慣化されたnoteの更新。最初は続くかどうか不安があったんだけれど、いまではその不安は1mmもなくなった。

嫌なことが起きたときや、挫けそうになったときに、750日以上毎日更新ができた事実を思い出しては、「こんなに努力できるんだから大丈夫」と何度も救われてきた。毎日更新の継続は、いまや自信と誇りとになりつつあるのだ。

毎日更新を750日以上続けていると、毎日更新の継続の秘訣だけではなく、「いつまで毎日更新を続けるの?」と聞かれる回数も増えてきた。現時点で毎日更新をやめるつもりはない。でも、もしnoteの更新をやめてしまったら今後はもうnoteに文章を書けなくなるかもしれないという不安がある。もちろん文章を書くことは好きだけれど、以前のような意欲はなくなってしまうと思う。

毎日更新をやめると、noteに文章を書かなくなる可能性があると思った理由は、先日毎日更新をやめた友人との会話の中にあった。毎日更新をずっと一緒に続けていた仲間だから、友人とは会うたびに毎日更新の話をしている。友人が会話の中で、「毎日更新を終えたらまったくnoteを書けなくなった」と言っていた。最初は毎日書いていたのに、書けないわけがないと少し疑問だった。

そして、友人に「毎日文章を書いていたのに、なんでだろう」と思ってその疑問をストレートにぶつけてみると、「以前までは毎日起きた出来事を書いていたけれど、それが不定期になったことで、書きたいことをうまくまとめられなくなった」と返ってきた。

以前までは毎日起きた出来事の整理をしていたけれど、不定期になったため、起きた出来事を1つの記事にまとめられないとのことだ。たしかに僕自身も今日起きた出来事を文章にしている。それが不定期になると、起きた出来事を一気に整理する必要があって、「そんな悠長な時間があるなら仕事をするわ」みたいな感覚に陥りそうだと思ってしまった。

自分の中にも起きた出来事をちゃんと伝えたい気持ちがあるため、書きたいことがうまくまとまらない可能性が高くなる。その結果、文章を書くハードルが上がり、どんどん更新頻度も落ちていく。最終的にはnoteに文章を投稿すること自体をやめてしまうかもしれない。

ある種毎日更新が呪いのようになっている。もちろん呪いをかけているのは自分自身で、呪文を解くかどうかを決めるのも自分自身だ。

たとえ毎日更新を終えたとしても、noteへの投稿をやめるまでには至らないと思う。でも、確実に更新頻度は落ちる。だからこそ、これまでどおり毎日更新を続けていきたい。

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