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多分、最初から好きじゃなかった

本当に好きな人とは、決して結ばれない。世の中は妥協の連続である。誰かしら何かを妥協しながら生きている。私も、あなたも、見知らぬあの人も。妥協の程度が人生の幸福度に大きく影響する。そんな事実を知りながら私は失恋のショックから妥協で、好きでもない人を恋人に選んだ。

大輝から告白された。その当時、私には別に好きな人がいたのだけれど、好きだった人にはいとも簡単に振られた。美術館や遊園地デート、急に「声が聞きたい」と言われ、寝落ちするまでした電話、車で何度も見に行った夜景、それらすべてを過去にされた。

好きな人を振り向かせようと思えば思うほどに、2人の距離はどんどん遠のいていくのが手に取るようにわかる。勇気を振り絞ってしようとした告白すらも、雰囲気を察した好きな人がなきものにした。

失恋した私を慰めるかのように、大輝が私に優しくしてくれた。その優しさに溺れたかった。1人でいるのは嫌。もう誰でもいい。そんな思いが頭の中を駆け巡っていた。藁にもすがる思いで、やっと手に入れた幸せ。それが妥協のはじまりだと、私は気づかずにいた。

大輝はとにかく優しかった。私が仕事でミスをするたびに励ましてくれたし、いいことが起きたときは必ず褒めてくれた。大変なときに助けてくれる人を大切にしなさい。その言葉が事実ならば、私が大輝を選んだ選択は間違いじゃない。そう何度も自分に言い聞かせた。

とはいえ、そこに恋心があったとは言えない。好きでもないのに、大輝の告白を受け入れた私は絶対に悪者だ。これが1つ目の妥協である。妥協でお付き合いを始めるなんて、到底許されるものではないし、私は誰かに許されようともしていない。彼とのお付き合いはうまくいかなかった。その事実は2人がうまくいかなかった証拠である。誰かに介入される筋合いもない。

お付き合いをして、すぐに同棲が決まった。展開が早すぎると思いはしたものの、結婚を切望する大輝の熱意に押し切られた。2人で不動産屋に足を運ぶ。駅から徒歩3分。巨大なピルが立ち並ぶ道を潜り抜けたその先に小さな不動産屋さんが見えた。オレンジの看板が目印。パソコンを見ていた店員さんが「いらっしゃいませ」と手招きをしている。

私は高所恐怖症だ。なるべく低い位置に住みたい。そんな私とは真逆で大輝は高いところが好きだ。お金ならいくらでもあると強引に決められた高層マンション。眺めは絶景。ここで飲むワインはさぞかし美味しいのだろう。高所恐怖症である私の思いは尊重されることなく、大輝の思いが尊重された。これが2つ目の妥協である。

引っ越しの前日、大輝は「要らないものは捨てておけ」と言った。私は物を捨てるのが苦手だ。物に愛着が湧くという理由で、物を捨てられない。そんな私を見かねた大輝が「1年以上使っていない物は全部捨てる」と言って、私の物を思い出ごとどんどん捨てた。

いらないものなど、なに一つとして持ち合わせていない。必要、不必要の線引きは自分で決めていい。思い出を捨てるには、いつだって勇気を要する。洋服やインテリア、それらすべてにあらゆる思い出が詰まっている。思い出をきちんと昇華してから物を捨てたい。そんな私の思いをすべて無視して、大輝は大切な思い出をたくさん捨てた。

目の前に置かれた5つのゴミ袋を見て、「たくさん物が減ってよかったな」と満足げに大輝は話す。私は妥協で思い出をたくさん捨てた。あの日から後悔しなかった日はない。これが3つ目の妥協である。

成人式のお祝いに、親に買ってもらったアクセサリー。初任給で買ったマイケルコースのバッグ。10時間ほどかけて作り上げたパズル。素人でも描けるような友人の描いた下手くそな絵。自分が手に入れた物を見るたびに、当時の情景を思い出す。それが幸せか不幸かどうかはわからないけれど、自分で選んだ物だけは自分の手で守りたかった。

さて、私の思いはどこに行った? 恋人や住む場所、さらには捨てる物さえも妥協で選んでいる。まるでそこに私の意思はないかのように。このまま妥協が続く人生でいいのだろうか? いいわけがないけれど、1人になることだけは絶対に避けたかった。

私の意思はいつだって尊重されない。妥協で選んだ相手に、妥協で選んだ部屋。妥協で捨てたもので私はいま構成されている。

多分、最初から好きじゃなかった。好きになれない相手は、どれだけ好きになろうとしても好きになれない。お揃いの服を買ったり、iPhoneの待ち受け画面をツーショットにしたり、生活のあらゆる場所に彼の存在を植え付けた。好きじゃなかったから好きになる努力をしたのに、妥協で選んだ事実だけが頭からこびりついて離れない。

私たち2人は端から見れば、順風満帆のカップルだった。私はいついかなるときも、周りの人に彼のいいところだけを話した。彼も同じように、私をいろんな人に紹介しては、いいところだけを話してくれた。大輝は昔から仲が良かった親友に「結婚を考えている」とまで言ってくれた。そこに私の意思は1つも入っていないという事実を誰も知らない。

容姿は抜群、高身長、高収入。さらに実家は老舗のブランドで、彼はそこの3代目になるという確約つき。スペックだけで考えると、彼は大いにモテるはずだ。「大輝について行けば必ず幸せになれるよ」という友の助言。それを鵜呑みするかのように、「そうだよね」と相槌を打つ。

私の意思を尊重しない以外の不満はなかった。好きなものをたくさん食べられるし、好きな旅行にだってたくさん行ける。きっと金には一生困らないし、容姿抜群の彼の子どもは絶対に可愛い。金さえあれば愛なんて必要ないのかもしれないとさえ思った。なにもかもを持ち合わせた彼と離れる決意をしたきっかけは地元へ帰省したときに起きた。

年末に和歌山に帰ったときに、親友に会った。彼との生活。自分の意思を尊重してくれないこと。金さえあれば愛はいらないこと。誰にも話せなかった本音を、嗚咽を漏らしながら親友に話していた。

「自分を大切にしてくれない人を大切にする必要なんてないけれど、お金さえあれば幸せになれるって考えは多分合ってる。実際、離婚の半分以上の原因はお金だもんね。でも、藍ちゃん、金の切れ目は縁の切れ目って言葉知ってる?お金がなくなった途端に、縁が切れちゃうなんて悲しくない?それなら私は自分で生活する分のお金ぐらいは自分で稼ぎたいって思うよ」
「確かにお金が彼といる理由のひとつではあるけれど、それがすべてではないよ」
「じゃあさ、もし、大輝さんにお金がなくなったらどうする?その問題を一緒に乗り越える努力を藍ちゃんはできる?」

正論も正論。親友の言葉になにも言えない自分がいた。私と大輝を繋ぎ止める物に愛は含まれていない。お金がなくなった途端に、私は簡単に大輝を切り捨てる。そうなる前に大輝から離れて、自立した生活を送ることができる女性になりたい。そして、自分が心の底から好きな人と一緒に幸せになりたい。

「優ちゃん、本当にありがとう。おかげで目が覚めた。私もう妥協したくない。寂しいって理由で誰かと一緒になるとか、お金に困りたくないって理由で恋人を選ぶんじゃなくて、まずは自分1人でも生きられるようにしたい。その上で好きな人ができたらその人と一緒に幸せになりたいって思ったよ」

親友と別れたあとに、これからの人生について実家のベッドで考えた。もし一生独り身だったら嫌とか、大輝にしておけばいいのかなとか、様々な不安が胸を締め付けてくる。今後に不安はあれど、優ちゃんにもらった言葉が私を強きものにした。天井に拳を掲げ、「私はもう妥協しない。自分の力で絶対に幸せになるんだ」と決意を固めた。

和歌山から東京に帰る私を、優ちゃんがお見送りに来てくれた。持つべきはやはり親友である。自分が大変なときに助けてくれる人は、やはり親友だった。一生親友を大切にする。そんな誓いを立てながら、優ちゃんが見えなくなるまで列車の窓から手を振り続けた。

私は恋に溺れていた。失恋の傷を妥協で埋めようとしていた。1人になるのが怖かった。そして、それらすべてが過ちだという事実。失恋の傷は誰かに埋めてもらうものではなく、自分で埋めるものだ。人は決して妥協にでは幸せになれない。

だから、今夜私は大輝にさよならを告げる。

高層マンションに足を踏み入れ、最上階へと向かう。私は私が幸せにする。もう大輝は必要ないとエレベーターの中で、何度も自分に言い聞かせた。

別れを切り出した瞬間に、大輝は激昂した。「俺は絶対に別れない」の言葉の中に私の意思はない。そもそも最初から好きじゃなかった。大輝の言葉は私にはもう響かない。妥協で生きるのではなく、自分が選んだ人と幸せになる。

普段なら言い包められる私を見かねた大輝が「僕は君を絶対に許さない」という言葉を言い放ち、部屋を出て行った。あの言葉は本心で、やり場のない感情をどこかにぶつけたかったんだろう。

大輝とお別れしてから3年の月日がたった。相変わらず私には恋人がいない。でも、仕事や友達付き合いなど、日々はあの頃よりも充実している。私の選択は間違いじゃなかったと、いまは胸を張って言える。人生の生き方は妥協で選ぶのではなく、心が踊るもので選んでいい。

ふとした瞬間に、彼から言われた言葉を思い出す。私が許されることは一生ない。それでいい。きっとその方がいいんだと思う。

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