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モテたかったら「書く」ことを選んでない

この前知り合った方に、「文章を書いている人って地味そうなイメージ。モテたい人が選ぶ職業ではないよね」と言われた。おいおい、つっこみどころが多すぎるし、全ての文章家に謝れって思ったものの、世間から見た文章家のイメージなんてそんなものなんだろうと、冷静にその言葉を受け入れた。

僕が文章を「書く」ことを選んだ理由は、好きだからである。文章で人を楽しませるのが好きだ。でも、見てくれだけなら文章家よりもスタートアップ企業の社長とかプロスポーツ選手の方がよっぽどかっこいいと思うし、お金もたくさん稼げるんだろう。実際に、同年代の起業家やスポーツ選手はモテているし、間違いなく文章を書いている人よりは派手なイメージだ。

僕自身も社長になりたかった時期はあったし、サッカー選手を目指していた時期もある。とはいえ、モテたいからそれになりたいと思ったことは1度もなくて、全部やりたいことの実現のために、志していた。

文章家のイメージとしては、家に籠ってずっと書いているイメージなんだろう。それは間違いない。忙しいとき以外はファッションやルックスに気をつけているつもりだけれど、文章を書いていると、部屋に籠る機会が多いため、自分のルックスを気にしない日も多い。服も適当でいいかってなるし、1日中パソコンと睨めっこしている日ばかり過ごしている。

納期が重なっているときは、家から1歩も出ないし、ボサボサの髪も髭も気にならない。ルックスを気にするよりも、「文章を書きたい」って気持ちの方が強いし、世間一般がイメージする文章家のイメージはおおよそ当たっている。

もちろん文章を書いている人の中にもモテる人は存在する。でもそれはごく少数で、文章を書いているからモテているのではなく、ルックスや人間としての魅力が高いからモテているんだろう。

これは負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、複数人にモテても意味ないじゃん?そういう願望は20代前半でなくなって、いまは自分の好きな人にモテる人が1番モテている人だと思うようになった。もちろんちやほやされるのは嬉しいし、悪い気がしないのも事実だ。

でも、本当にモテたかったら文章を「書く」ことを選んでいない。もっと派手なイメージの職業を選んで、モテるために結果を出す努力をする。文章は好きだから書きたい。たとえモテなかったとしても、好きなことをやっているんだからそれでいい。それでいいんだと思う。

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