バロック音楽への誘い
バロック音楽の時代は大体1600~1750年頃です。日本では江戸幕府が開かれたころに発展していった音楽です。この時代の音楽というのはF・ハイドン(1732~1809)、W・A・モーツァルト(1756~1791)の古典派音楽以降の音楽とはかなり異なったものです。その違いとは何なのか、詳しく見ていきましょう。
ポリフォニーとホモフォニー
現在の音楽は「歌と伴奏」のようにとあるメロディーがあり、メロディー以外の楽器は伴奏にまわるといった音楽が主流です。これを「ホモフォニー」といいます。ポピュラー音楽でも歌が入る前はギターやキーボードなどがメロディーを奏でて、歌が入ってきたら伴奏に移行する、といった形ですよね?
「ポリフォニー」というのはどのパートが主旋律というのが無く、どのパートも対等に扱われる技法です。ホモフォニーのように「メロディーと伴奏」のような分けられた役割ではなく、どのパートも対等に扱うのがポリフォニーの特徴です。ポリフォニーは中世からルネサンス音楽の時代にかけて盛んに取り込まれていったものです。
ルネサンス期の作曲家パレストリーナ(1525?~1594)の作品を聞いてみましょう。
伴奏はなくソプラノ、アルト、テノール、バスによる混声4部合唱作品です。
4つのパートがあるので必然的に和声が生まれますが、この時代は旋律に重きを置いています。
複数の旋律の独自性を保ちつつ、それぞれをよく調和させるようにする技法を「対位法(たいいほう)」といいます。
バロック音楽の時代はポリフォニーの時代からホモフォニーの時代へとだんだんと移行する、過渡期のような時代なのです。
通奏低音(バッソ・コンティヌオ)
バロック時代の一番の特徴といえば通奏低音(つうそうていおん)です。通奏低音というのは低音部の旋律の上に数字を頼りにチェンバロなどの楽器が和音を補って演奏することです。
例としてバッハの『フルートと通奏低音のためのソナタBWV1034』を見てみましょう。
Continuoとかかれたパートに数字が書いていますね。この数字を基に和音を補って演奏します。和音を演奏する楽器はチェンバロのほかにもオルガン、リュート、ギター、ハープ、テオルボ(キタローネ)などが使用されます。低音部の旋律を演奏する楽器はチェロやヴィオラ・ダ・ガンバ、ヴィオローネ、ファゴットなどが使われます。
バロック音楽を聞くうえでの楽しみは、演奏者によって伴奏の付け方が違うこと。同じ作品でも演奏者によって変わることが聞きどころです。
調律とピッチ
現在のピッチは1955年に交際標準化機構(ISO)に採用された「A=440Hz」が基準とされていますが、これが基準となる前は明確な基準はなかったみたいです。ヘンデル(1685~1759)が使っていた音叉はA=422.5Hzだったという話もあります。
また調律も今の12平均律ではなく様々な調律法が試されていたみたいです。17世紀初期に中全音律、その一種である1/4コンマ・ミーントーンが開発されました。これは純正3度をもつ和音はきれいに響くが、使われる調は少数に限られていました。バロック音楽には転調したとしても近親調に転調することが多く、遠隔調への転調はあまり行われていません。そういった原因は制限の多かった当時の調律法も関係していると思います。
バロック音楽特有の形式
バロック音楽の時代に作られた作品は独特の形式を持つものが多いです。その中でも代表的なものをピックアップしてみます。
カノン
複数のパートが同じ旋律を、異なる部分から演奏するし始める形式です。
例えば日本では『かえるの合唱』と呼ばれているこの曲
この曲は同じ旋律を2小節遅れて後から続いていくというスタイルをとっています。
あとはパッヘルベル(1653~1706)のカノンも有名ですね。
旋律を演奏するパートが3つあって2小節遅れで追加されていくスタイルをとっています(一番下のパートは通奏低音です)。
フーガ
基本的には1つの主題を基に曲が展開されていく形式で、どのパートにも必ず主題を演奏する場面があります。
フーガの巨匠でもあったJ・S・バッハ(1685~1750)は数々のフーガ作品を残しています。
例えば『フーガト短調BWV578』を見てみましょう。
この作品はオルガン用の作品ですが、0:18~からフーガ主題が現れます。その後、0:33~から違うパートで主題が演奏されます。この際は属調に転調しています。更に0:51~からまた別のパートで主題が演奏され、1:05~からまた別のパートで主題が属調に転調して演奏されています。このようにパートの数があればあるほど、主題は何回も繰り返されます。
これらはポリフォニーの曲なのでどれが主旋律でどれが伴奏という分け方はしません。どのパートも対等に扱っていることが特徴です。
リトルネロ形式
バロック時代の協奏曲によく使われた形式で、ひとつの主題を独奏楽器によるソロを挟みながら何度も繰り返す形式です。
例としてヴィヴァルディ(1778~1741)の『四季』から『春』という作品を聞いてみましょう。
第1楽章は0:02~から始まるフレーズをヴァイオリンソロの部分を挟みながら、何度も繰り返しています。
1:06~
1:35~
2:07~
3:08~
のそれぞれの部分で時には転調しながら最初のフレーズを何度も繰り返しています。
当時の楽器たち
バロック時代ではまだ楽器が発展途中のものが多く、現在の姿とは違う楽器もあります。
またバロック時代にはよく使われていた楽器もあり、それらは時代の経過とともに廃れていったものもあります。
例としていくつかあげましょう。
トランペット
トランペットはこの時代は「ナチュラルトランペット」と呼ばれるもので、バルブがついていません。
ナチュラルトランペットは半音階が演奏できず、使用できる音が限られていました。ハ長調やニ長調の作品で使われることが多かったです。
バッハの『ブランデンブルク協奏曲第2番BWV1047』には独奏トランペットがいますが、ナチュラルトランペットでフレーズを吹くというのは当時大変技術がいることで、名人芸として扱わられていました。
リコーダー
バロック時代はリコーダーが使われており、この時代「フルート」と呼ぶものは「リコーダー」を指していました。当時フルートは「フルート・トラヴェルソ」という呼ばれ方をしていました。「トラヴェルソ」というのは「横向きの」という意味です。
テレマン(1681~1767)などがリコーダーのための作品を残しています。
しかしリコーダーは音量も乏しく、ピッチの調整も難しいことから次第に廃れていってしまいました。
フルート・トラヴェルソ
この時代のフルートは今のようなC管楽器ではなくD管楽器でした。
すなわちフルート・トラヴェルソでドレミファソラシドを吹くと、ニ長調の音階が実際には聞こえるものでした。なので、ニ長調を中心としてその他近親調では演奏しやすいですが、ニ長調から遠くなればなるほど運指が難しくなるという特徴をもっていました。
例としてこの作品を。
バッハの『管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067』は実質フルート協奏曲といえる編成の作品です。
ヴィオラ・ダ・ガンバ
見た目はヴァイオリン族に似ていますが、フレットを持っていること、6弦であることなど違いがあります。
サイズも様々ありますが、特に「バス」と呼ばれているものは通奏低音の低音旋律楽器に使われ、中には独奏でも使われていたこともありました。
例としてマラン・マレー(1656~1728)の作品をお聞きください。
真ん中の楽器がヴィオラ・ダ・ガンバです。
この楽器も徐々に廃れていってしまいました。
以上になります。いかがでしたか?
バロック音楽の魅力はまだまだ語りつくせませんが、一旦ここで終わりにしたいと思います。古典派以降の音楽との違い。バロック音楽独自の魅力を確認できれば幸いです。
皆様の応援の力が励みになります。コンテンツの充実化に努めてまいりますのでよろしくお願いいたします。