ふたりの秋虫

想イヲツヅル #56

サラッとした夜風が吹いて

外では秋虫が
待ちわびたように合唱をしている


毎年この季節になると

この暗闇のどこに
こんなにも合唱隊がいるのだろう

と探してみたくなるものの

そう思うのは一瞬で
すぐにそれは当たり前のようにBGMになって
夜とひとつになってしまう

争い鳴き
という歌もあるようだけれど

今年も
多くの求婚歌がこの季節に生まれるのだろう

そんな風に夜のBGMに耳を傾けると
ほんのり甘く
切ないような気持ちになる


人も秋虫と同じように成長して
同じような寿命だったなら、、、

なんて

途方も無い妄想がはじまり出す前に
ビールをグビっと喉に流した

そんな妄想世界を知らない彼女はというと
ソファにもたれて
まだカチカチのカップアイスに
なんとかスプーンを入れようと奮闘していた

秋虫の情緒とは裏腹な光景に

″これが現実というものだ″

と自己解決をして
クスッと笑ってしまえるのも
なかなかの幸せなのかも知れない


今年は
いろいろとイベントが少なかったからだと思うけれど
こうやってお互いの家で過ごす時間が多い


少しずつだけれど
″彼女の家での自分が座る場所″
がみつかったり

食器をしまう場所や

″彼女のルール″みたいなものもわかってきた気がする

寝る時の常夜灯の有無も
すんなり受け入れることができた

きっと彼女も同じように思ってはいるだろう

やっと溶け出したのか
スプーンいっぱいにアイスを乗せて

彼女はもう決まり切ったことを相談するような顔で僕を覗き込む


「舞台をやろうと思うんだけど」
「どうかな」

意表を突かれはしたが
正直
あまり驚きはしなかった

彼女が学生時代に役者を目指していたことは知っていたし

学園祭などの催しで演劇をしていたことも彼女から聞いていた

「やりたいことは応援するよ」

と返事をして

「ただ世の中こんな状況だし無理はしないこと」

と付け加えておいた


彼女は嬉しそうに
スプーンいっぱいのアイスを頬張った


音楽をしている自分が
彼女のやりたいことに反対する理由は見つからない

舞台は11月後半頃の公演予定とのことだ

学生時代の仲間に誘われたらしい


舞台稽古が始まれば

彼女と会える時間は減っていくだろう


それでも
彼女のその時の目の輝きが
なにかに救われるような空気感が

確かにそこにあって

応援したいと心から思った


そして
その想いとほとんど同じタイミングで
友人の言葉が脳裏を過ってしまう

「彼女のこと、君のこと」
「それはさ、自分で考えて、考え抜くしかないんだよ」
「まぁどうなっても応援はするよ」


いつものように笑いながら
だけれど
いつになく真面目な友人の声色が
頭の中に響いていた

それを知ってか知らずか

秋虫の求婚歌が
さらに大きな重なりをみせる

自分が秋虫だったならば


どんな歌を歌うのだろうか

歌えるのだろうか

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