パリで感じた、人生の豊かさと生きる意味。
僕はパリの街を散歩するのが、今まで訪れたどの街よりも楽しかった。
8月だというのに、風は冷たく、日差しも強くない。建物は全てが美しく、
ただ街を歩いているだけなのに、自分が少し大人になった気分になる。
僕はルーブル美術館へ訪れた。時は夕暮れどき。西の空には美しいパリの街を輝かせる太陽がいる。夕日に照らされたワンピースを着た女性が、
バイオリンでクラシックを演奏していた。
僕はその音色に導かれるように、演奏する女性の前まで来た。
今まで何度かバイオリンの演奏を聴いたことはあったが、この女性が奏でる音は、それとは全く違うもののように思えた。
なんと言っていいか分からない。ただ、素晴らしい演奏だった。
僕は3曲もの演奏を、その場に立ち止まって聴いた。
3曲聞いたあと、僕はその女性が演奏する前に置かれているバイオリンケースの中へ、コインを投入し、その場を去った。
太陽は沈み、街ではなく、空と雲を赤く照らしている。
セーヌ川にかかる橋の上から見えるその光景は僕に、さきほどのバイオリンの演奏を思い出させる。夕焼けと、体内に流れるバイオリンが奏でるクラシック音楽。その二つが僕の人生でリミックスし、僕のパリが完成する。そして僕という人間もまた、世界中の多くの人間と同じように、パリという街を愛することとなる。
暗くなったセーヌ川に座り、今日という一日を振り返ってみる。
美しい建物、美しい演奏、美しい夕日に、僕は人生の豊かさを感じる、
生きる意味を感じる。全てのものが、全てを互いにリスペクトし合いながら、存在している。その相互作用が、僕の人生に希望を与え、前に進む力を生み出す。もしいつか、苦しさや悲しさや寂しさを感じ、僕が人生に希望を見いだせなくなることがあったとしたら、僕は今日のパリを思い出すだろう。
記憶は僕の意思で、僕の中を無限に再生可能だ。その記憶の再生から、
僕が僕自身で希望を見出せるかもしれないのなら、パリで過ごしたこの時間は、僕にとって、かけがえのない時間なのだ。
それが、僕がパリという街で感じた、人生の豊かさなのかもしれないし、
生きる意味なのかもしれない。
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