括りつけられた男
猿ぐつわをされ、ベッドに手足をくくりつけられて動けない男
恐怖に歪んだ目は大きく見開き助けを請うている
しかし彼女は無表情に憐れんだ目で男を見ているだけだった
彼女は、男のそばに歩いていき、その眼前で湯呑の中の液体をゆらゆら揺らして見せ、そっと微笑んだ
それは彼女がはじめて見せた笑顔だった
<この女は俺を殺そうとしている>
美しくも死をのぞき込むようなその微笑に、男は自らの死を悟った
続き
彼女は湯呑の中の液体を男の鼻腔へと近づけた。ツンとした匂いが部屋じゅうに広がり、男は顔をそむけた
「きれいでしょ?この器。けっこう高かったのよ」
刺激臭が男の鼻の粘膜を焼き尽くしながら、はいあがっていき、喉の奥深くをえぐるように刺激した
恐怖におののいた眼はとびださんがばかりに膨らみ、赤い血管が浮き出ている
男は手足を激しく動かし革の拘束具を外そうと暴れるが、重たいベッドはみしりとも動きそうにない。
ただわずか数ミリ左右に揺れ動いただけだった。
猿ぐつわの奥の声は叫び声にもならず、うめき声だけが聞こえてくる。
女は、微笑みながら静かに話し始めた。
「昔、昔。エルドールという小さな村にエレンという女の子がいました。エレンは早くに母と死に分かれましたが、優しい父親の元、何不自由なく幸せにくらしていました」
<何を話そうとしているんだ、この女>
女は男の苦悶の表情を確認すると話を続けた
「少女の父親は貿易の仕事をしており、2,3日家を留守にすることがありました。ある日のこと、いつものように家を留守にした父親はぐったりとなった今にも死にそうな男を連れてきました。男はびしょぬれで、どうも海で溺れた者のようでした。この磯には、潮の流れで漁で遭難した人の遺体がこれまでも流れ着いていたから。
少なくともこの村の人間ではなさそうでした。エレンの父親は大変優しい人でしたので、その男がどこの誰かも分からないまま介抱をしましました。父親の献身的な介抱のおかげで、その男は体力も回復し話せるようになりました。
その男は隣の村の漁師で、漁をしている最中にしけにあい舟ごと転覆し、溺れたままこの岸に打ち上げられたとのことでした」
そこまで話すと女は、男に微笑んだ
「ごめんなさいね、こんな話、おもしろくないでしょ?」
しかし、男は何かを悟ったのか、激しくのたうち回った
体ごとくくりつけられたベッドを上下左右に激しく揺らして。
渾身の力を注いでいるのだろう、これほど重たいベッドが激しく揺れ動いている
革の拘束具がきつく体を締め付けているのだろう、腕は青く変色している
女は話を続ける
「男はどんどん回復していきました。エレンの父も彼を信頼していたようで、しばらく男はこの家に住みつくようになりました。彼はエレンにも親切にしてくれたのですが、どこか引っかかるものがあってエレンは彼を信用しきれませんでした。なぜなら彼は夜になるとどこかで見つけてきた仕事に行くのですが、日中は外に出ることもなく部屋に閉じこもっているだけだったからです。
男は外に働きに出るようになると、多額のお金をエレンたちにくれるようになりました。どんな仕事をしているのか、エレンが彼にきいても、きつい肉体労働でね、自分は体だけは丈夫なんでと言うのみでした。しかし、当時その村では残忍な事件が相次いでおり、決まって夜に仕事に出かけていく彼に、エレンは不信感を覚えていました」
女は、ふうっとため息をつくと、ベッドに括りつけられた男を見やった
先ほどから、猿ぐつわをされた男のうめき声が狭い小屋に響いている
「ごめんなさいね、ちょっと苦しかったかしら」
女の細くて白い指がそっと静かに猿ぐつわをほどいていく
「待ってくれ。お前、お前はあの少女なんだな、そうなんだな。エレンなんだな」
女は「はい」とも「いいえ」とも言わず、男の目を見ながら微笑んで見せた
「お口にあうといいんですけど」
女は湯呑を男の口元に持って行く
刺激臭が鼻を通して目まで伝わっていき、塩酸を目に入れられたように沁みる。
男は口をきつく結び、けっして開こうとはしない
あら、しょうがないわねえとでもいうように、女は男の鼻をつまんだ
口を開けば殺される。
男は呼吸に苦しみながらも口をあけようとはしなかった
女は続ける
「ある晩のこと、エレンと父親は用事ができて家を留守にしていました。その帰り、2人は小さなお店で食事をとったのですが、父が財布を落としたことに気づきました。エレン、ちょっとだけ待っててくれ。父はそう言い残し、家の自分の部屋にある小銭を取りに戻りました」
息が続かなくなった男の口がついに割れ、同時に激しく息を吸いこんだ
肩が大きく上下している
よほど苦しかったのだろう
激しい呼吸はやみそうにない
女は目をつむったまま、喘いでいる男の喉に優しく湯呑の液体を流し込んだ
じゅうっという音とともに肉が焼けるような匂いが部屋に充満した
液体は男の喉の粘膜を焼きながら流れていき、気管支を溶かし肺に流れ落ちた。
悲鳴とも絶叫とも言えぬ声が小屋中に響き渡る
男は髪も顔も体も汗でびっしょりと濡らし、弓ぞりになりながら悶えている
細胞の一つ一つが狂ったように脈打ち、もはや男には焼かれるように熱いのか、氷った湖に落とされたように冷たいのかすらも分からない。
眼球そのものが脈打っているようだ
「こんな雪深い山の奥なので、誰も来ないとは思うのですが、それでももう少し静かにしていただけるとうれしいのですが」
男はすがるような目で女を見た
「あなたに殺された人たちも、こんな目ですがったのかしら」
女はつぶやいた
「や、やめへ・・・」
女は続ける、何事もなかったかのように。
「それが父の最期でした。父がなかなか戻ってこないので私はひとりで家に戻りました。そこに父がいました。父は自らの手にナイフを持ち、己の心臓を刺していました。死んでいました。その脇には、腹を引き裂かれた裸の女性がいました。
村人は父が女を殺し、良心に耐え兼ね自殺したのだろうと言いました。その後、一連の殺戮事件も父の仕業だろうという噂が村中に広がりました。なぜならそれ以来、この村での連続殺人はおさまったのですから」
女はそう言って、再び男の喉に透明な液を流し込んだ。
反応はなかった
「きっとこの話、あなたにも関係あるから興味あると思って。まだ、死なないでくださいね。話はすぐに終わりますから、もうちょっとだけ我慢してくださいね」
男はもう声をあげていなかった
喉の奥から空気の漏れる音が聞こえるばかりで、白目を剥いている
先ほどまでは大きく揺れていた重いベッドも、もう動かない
「気絶するには、まだ早いんじゃないかしら。あれから、少女はどんな人生を過ごしてきたのでしょうね。村人からどう扱われたのでしょうね。あなたには知る義務がある。あなたが殺した村の女性たちの横に、わざと置き残してきた父の品々。あれが決定的だった。誰もが父の仕業だと思った。誰もあなたの存在なんて知らなかったから。あなたがこの村にいるなんて、誰も知らなかったから」
女は残り少なくなった湯呑を男の口元に持っていった
しかし、男はぴくりとも動かなかった
あら、死んでいるわ。思ったよりも早く効きすぎたのかしら。あなたのお話も聞きたかったのに
仕方ないなというように、女は立ち上がった
そして何事もなかったかのように、器を片し始めた
外を見ると雪はまだ降り続いている
明日もやみそうにない
はやく晴れてくれるといいんだけど
なるべく早く遺体の処理もしたいし
女は外を見ながらため息をついた
こちらのyoutubeを見て、その続きの文章浮かんだのでショートショートを作ってみた(URL https://www.youtube.com/watch?v=E9OgXujHxSU&lc=UgxfYwfyf2og2qBXJeJ4AaABAg.9Pvk7kbHK2Z9Q8FZXq2CS_)
PS.なんかどんどん文章が浮かんできちゃったので、ネタ作りしちゃってすみません
もう動画と関係なく、ストーリーが出てきちゃって
鍵盤屋SAEKOさん、素敵で優しそうな方です。お綺麗で、すばらしいです
ふとアイデア思いついたので続編作っちゃいましたが、ごめんなさいね<(_ _)>
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