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読書感想文 『スイミー』

春。新生活の季節到来だ。
新宿2丁目のゲイバーの片隅にも、おっかなびっくりといった様子で烏龍茶などをすすっている若者なんかが、ちらほら散見される。
その姿はまるで突然親の懐から大海に放り出された小魚のようだ。
かつての俺がそうであったように。俺だけではない、この街にいる多くのゲイが、そうであったように、だ。

絵本作家、レオ・レオニ(言いづらい…)著の絵本『スイミー』を初めて読んだのは、小学校の教科書だった、という人は多いだろう。うーん、多分俺もそうだった。何しろ随分昔のことになってしまった。ああいやだ、年は取りたくない。最近頭髪に白いものが混じるようになった。きいいい!

とても短い物語だ。
生まれ育った群れの中で安寧な日々を送っていた、みんなとは色違いの、無邪気な黒い小魚スイミー。
その群れがある日突然巨大なマグロに襲われて、兄弟は皆食べられてしまい、スイミーひとりが大海に逃げおおせる。
ひとりぼっちの旅の中で彼は孤独や恐怖に苛まれるが、しかし同時に、兄弟たちと暮らしていた頃には知らなかった、広い世界の美しさを知っていく。
そしてかつての自分と同じような小魚の群れに出会う。岩陰に隠れて出て来ようとしない彼らにスイミーは言う。「出てこいよ。みんなであそぼう。おもしろいものがいっぱいだよ」
しかし小魚たちは巨大な魚に襲われることを恐れて出て来ようとはしない。
スイミーはそんな彼らに群れで泳ぎ、自分達を一匹の大きな魚に見せることを教える。
「ぼくが、目になろう」

子供の頃これを読んだ時は、単純で、退屈な物語だと思った。
要するに色違いで、泳ぐのが早くて、勇敢で特別なスイミーが、その他の特別じゃない小魚たちを救うヒーローものだと。そして物語の底にあるのは「みんなで力を合わせましょう」という、大人たちがよくいう、少年漫画的な暑苦しいテーマだとも思った。

しかし(不本意ながら)年をいくらか重ねた今なら、見えてくるものもあるだろう。実際そういう絵本や児童文学は多い。大人が「いい。いい!」とか騒ぎまくってる割には子供の反応はやや薄いというような…。あの子たちは鬼滅の刃の方が読みたいんだよな、きっと。ま、そういうもんだ。

あくまでも俺の主観だが、これはそもそも「みんなで力を合わせることの素晴らしさ」を描いているわけではないと思う。
群れから離れて、孤独になったスイミーが、しかし孤独の中でこそ見えるものに気が付き、学び、強くなり、子供から大人へ成長していく様が僕たち大人を感動させるのではないか。
なぜならそれは、形こそそれぞれ違うにせよ、そのまま僕たち大人が経験してきたものだからだ。
子供たちはまだ、群れの兄弟たちの中で暮らしている段階のスイミーなのだ。

俺が世界という大海に初めて放り出されたのは、自分がゲイだと気がついた時だった。
これまでの常識も、人間関係も、常識も、自分自身の見え方さえも、全てがぶっ壊れた。それこそ全てが巨大なマグロに丸呑みにされたような気分だった。これまでの自分の人生は、全て嘘偽りだったのだとさえ思った。突然世界にひとりぼっちになった気分だった。

それでも俺はその大海の中を生きた。何もかも諦めてひとり岩陰に隠れて全てをやり過ごすことも、あるいは適当な群れに自分も兄弟だみたいな顔で紛れてしまうことも可能だったが、たとえひとりぼっちでも、大海を生きることにしてみた。理由はよくわからない。多分、嘘をつくことに疲れたのだろう。

暗い暗い夜の都会を泳ぎながら、少しずつ、俺は自分と同じような人間が大勢いることを知った。俺たちのような人間しか知り得ない喜びがたくさんあることも知った。自分を偽ったり、嘘をつかなくてもいい世界があることも。

初めから与えられ、安心できる場所の温もりは心地いいし、むやみに否定したり捨てる必要もないとは思う。
しかし自分の本当の居場所、なんて書くと少しクサいが、自分のしっくりくる場所というのはおそらく一度孤独に大海を泳いでみなければ見つからないのだろう。
孤独を知り得てこそ、ようやく人は群れること、誰かと人生や生活を共にすることの本当の意味を知れるのではないか。
例えば俺はいつもゲイの親友4人とつるんでいるが、それだって俺たち5人がそれぞれ初めからいた群れを離れて、それぞれがひとりぼっちで広い海を泳いだからこそ、出会えたのだ。

世界を知るための孤独を恐れない。
それこそ、俺が『スイミー』から読み取ったものだ。

だから冒頭にも書いたような、新宿2丁目デビューしたての勇敢な若者なんかを見かけると、ついつい世話を焼きたくなってしまう。
「ねえねえ、君いくつ?お酒飲める?こっちでお兄さんたちと一緒に飲まない?」
そんな酔っ払った俺たちを見る彼らの瞳は、巨大マグロの一群を見るような恐怖に震えている。怯えなくても大丈夫、お兄さんたちが目になってあげるよ。

これではスケベジジイだ。まったく、嫌な年の取り方をしたものだ。あ、また白髪。


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