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どうしてわざわざ文字なのか

今の世の中、可処分時間の奪い合いだと言われている。

多種多様なコンテンツが増えてきた一方で、人間の1日が24時間であるという事実は変わらない。

その限られた時間をいかに有効につかうか。
自分の24時間をどのように構成していくか。

その構成に「私も私も!」と立候補してくるものが増えたことにより、可処分時間の奪い合いが生じている。


そういった意味で今注目されているのは「音声メディア」なのだろう。

音声メディアでの強みは「○○しながら」が通用する。
つまり耳は奪われるが目は奪われない。手は奪われない。しかも移動しながらも内容が入ってくる。だからきっと熱いんだと思う。

その一方で「文字メディア」ってとても勝手が悪い。

まずもって目が奪われる。「○○しながら読む」って結構難しくして、移動中だと歩きスマホになるから危険だ。だから集中して読むときにはしっかりと止まって、目の前の文字に集中して読まないといけない。


だけどそれを踏まえたうえでも私の中では文字メディアの方が居心地がいい。もちろん音声メディアも聴くけど、より真剣に内容を吟味したい時に選ぶのは”文字”だ。

自分が考える文字の良さは2つ。

・好きな時に好きな場所に戻れる
・情報量が少ない

これだけだと抽象的なのでもう少し深掘りしていきたい。


好きな時に好きな場所に戻れる

文字の良さって「流れないこと」だと思っている。

ん?と思った時に戻ればそことどまってくれているし、内容を理解するためにその瞬間に何度も読み返すことが出来る。

音声だってその都度その場所に戻ることは出来るじゃないか、というツッコミが飛んできそうだが正直文字と違ってそこに留まっていてはくれない。

「そういえばあの言葉何だっけ?」と思った時に、その言葉が発せられていた〇分〇秒まで戻らないといけない。しかもそんな正確な時間を覚えていられるとは限らない。


自分の場合、結構文章は深く読みたいタイプだ。

1回目は内容をザっと知るために流し読みをして、そのあと気になった部分を深読みしていく。

そんな時に戻りたい場所に一瞬で戻れる文字メディアの方がとても居心地がいい。



情報量が少ない

そしてもう一つの文字メディアの特徴が「情報量が少ない」ということ。

どういうことかというと、文字メディアはまさしく文字だけだが、音声メディアはそこにスピーカーの音がのる。

相手の気持ちを声から感じ取って内容を解釈するという視点も大事だと思う。だけどなんだか解釈を決定づけられる可能性もある。声のトーンで引き寄せられるとか、話に引き込まれるとか。

従って文字メディアが文字だけだとするなら、音声メディアは音という「文字」と声色という2つの情報量がある。


正直なところ、一度はフラットな感覚でその文章に触れたい

目の前の情報に集中したい。

なんなら作成者がそこにどんな思いを載せて綴ったのか想像しながら文字を読みたい。


というような理由をつらつら並べてはみたが、ただ単純に文字を読んでいる方がワクワクするという気持ちもある。

このワクワクをもっと言語化したいんだけど、今の私の技術量では敵わない。


まとめると、自分と文字メディアはもう切っても切り離せない関係になっているということ。

どんなに自分の時間が減ったとしても誰かの文章に触れる時間はつくりたいし、どんなに自分の時間が減ったとしても自分の思いを文章にする時間はつくりたい。


だってその時間が一番頭も心も整理整頓されるから

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