不死の狩猟官 第29話「死ぬのは怖い」

あらすじ
前回のエピソード

激しい戦闘によってもくもくと立ちこめていた砂煙が晴れ、ようやく視界が広がると、二階堂・東雲ペアと霧崎・天満ペアが睨み合うように対峙するその中間地点に、片目に十字線を浮かばせた白髪の女子が銃を片手に静かに立っていた。
二階堂と東雲と霧崎は、その人物に見覚えがあるらしく、声を揃えて、こう言った。

二階堂「ナギ教官!」
東雲「やっぱりか」
霧崎「ナギ先輩!」
天満「ナギ……?」

天満だけはひとりキョトンとしていたが、隣の霧崎の様子を見て、どうやらその人が敵ではないらしいと悟り、構えていた拳銃を下ろす。
ナギは無表情のまま腰のホルダーに拳銃をしまい、ギョロリと鋭い眼光を霧崎に向ける。
しかし、その瞳には先ほどまで浮かび上がっていた十字線はすでに消えていた。

ナギ「だから、大人しくしといてと言ったのに」
霧崎「すみません。タコ焼きにつられて、つい」

二階堂と東雲はしばらく押し黙ったまま、この二人のやり取りを不思議そうに見つめていたものの、二人の関係性が気になるのか、二階堂が恐るおそる口火を切り出した。

二階堂「あの〜、この不死身の化──男の子はナギ教官のお知り合いですか?」
ナギ「そう。東京本部の同僚」
東雲「コイツからはかすかに化物の臭いがする。それに、何度斬っても死ななかった。東京本部では化物も仲間にするのか」
ナギ「霧崎はちょっと特別だから。それと、私は先輩。タメ語は止めて」

霧崎という名前を聞いて、二階堂は何か思い出したのか、ハッとした表情に変わる。

二階堂「霧崎……どこかで聞いた覚えが。そうだ、あの時だ。壬生先輩が亡くなった後、私の電話に出たのは貴方でしたか」

霧崎はその言葉を聞いて、思い出す。
壬生が亡くなった後、ロッカーに残された遺品を受けとりに行った際、ロッカーに壬生の携帯電話が残されていた。その時、その携帯電話に二階堂と名乗る女から電話があったことを。
霧崎はその事を思い出し、あ〜と口を大きく開く。

霧崎「あんた、あの時の」
二階堂「やっぱりそうでしたか。あの時の私の勘、当たりましたね」
霧崎「勘?」
二階堂「私たちは近いうちに出会う気がする。でも、きっといい出会い方ではない。これ、あの時、私が言ったことです」

霧崎ははてと首をかしげ、鼻の頭をかいた。



ナギは仲間のもとから離れ、エプロン姿が板についた見慣れないおさげ髪の女の前に出る。

ナギ「霧崎を助けてくれたこと、感謝する」
天満「なに、うちが勝手にしたことや」
ナギ「見ない顔だけど、所属は」
天満「大阪支部 第一防衛課。もっとも、いまはただのタコ焼き屋やけど」

ナギは桜色の下唇に指を当て、色素が薄い黒髪を風にサラサラと揺らしながら、ふむと考える。

ナギ「腐らせておくにはもったいない腕。第三強襲課に来ない?」
天満「堪忍してや。うちはもうただのタコ焼き屋やで」

天満はそう言って、ハハッと笑ってごまかし、さらりとオファーを受け流そうとするものの、ナギはピクリとも表情を変えず、天満からの回答を待つ。

ナギ「……」
天満「ひとつ聞いてもええか?」
ナギ「何」
天満「第三強襲課はこれから東京十三区全区の奪還に乗り出すと聞いたんやけど、ホンマなの」

ナギは相手の目を見ながら、静かにこくりと頷く。

ナギ「本当」
天満「絶対攻略不可と謳われる新宿区も?」
ナギ「言ったはず。全区を奪還する」
天満「断言する。ひとり残らず死ぬで」

ナギはこれ以上の話は無駄だと思ったのか、天満に背を向け、仲間のもとへ歩き出す。
天満は少しずつ遠ざかっていくナギの背を見送りながら、狩猟官時代のある出来事を思い出していた。
ある朝、天満は上司に呼ばれ、こう言われた。

「橘 かえで、神楽坂 文、両名の死亡が確認された。彼らの同期である君にはいち早く伝えておこうと思ってな」

突然のことだった。ある日、親しくしていた同期達が亡くなった。交戦中に不死者の攻撃を受け、命を落としたということだった。
狩猟官の殉死は珍しくない。でも、身近な者を失って、天満は初めて思った。死にたくない。次の日、天満は辞表を出した。
遠ざかっていくナギの背を見送りながら、天満は俯き加減でぼそりと呟く。

天満「私は死ぬのが怖いんや……」

ナギはその言葉を聞いて、ぴたりと足を止め、天満のほうに振り返った。

ナギ「狩猟官だって人間だもの。死ぬのは怖い」
天満「それなら、どうして過酷な死地に行こうとするんや」
ナギ「仲間の死はもっと怖いから」

天満はその言葉を聞いて、つうと頬に涙が流れた。

天満「そうか……私は自分が死ぬことが怖かったんやない。これ以上、仲間の死を見たくなかったんや……」

この日、天満は決意した。
一度は逃げ出した狩猟官の仕事にもう一度向き合ってみようと。次は仲間を死なせない。たとえ、この先が死地であっても──。

第29話「死ぬのは怖い」完
第30話「名は風魔 雪花」

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