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『本当の休み方』について/本当に休めてますか/Part④(最終回)

こちらの続き、お待たせしました!
『本当の休み方』についてのまとめ、Part④です。
ちなみに前回までのパートはこちらを。

前回は、自分を助けて回復に導こうとするための行動を「コーピング」と具体的にどのように自分を回復させるのかをまとめておりました。今回は本書の最終回です。自分に合ったコーピング方法を知ること、そして身体を、心を休めるために大切な考え方をまとめています。


■レジリエンスと「BASIC Ph」について

みなさん、「レジリエンス」という言葉を聞いたことがありますか?
レジリエンスとは、一般的には「困難をしなやかに乗り越え、回復する力」と言われています。

今回、自分自身にフィットしたコーピングへの理解を深めるため、「BASIC Ph」という考え方を紹介します。

「BASIC Ph」とは、イスラエルの心理学者であるムーリ・ラハドが提唱しており、トラウマ的経験した人が「そこからどう立ち直っていくのか」を注目し、また甚大なストレス体験をした人の対処メカニズムを観察し、6つの対応があることを発見しました。
彼は、レジリエンスを「繰り返し挫折に見舞われたとしても、危機的状況に耐え、そこから回復する継続的な力」であると言っています。
「BASIC Ph」は第一次中東戦争下のイスラエルにて生まれました。紛争地域で生きることは、常に死と隣り合わせにあり、日常的に死の危険、自らの大切な人やものを失う危険があります。そういう環境の中で、市民のストレス予防やストレスケアへの取り組みを行っていた医師が、調査を行い、市民たちのストレス対処方法(コーピング)が分かりました。

■BASIC Ph
B:Belief(信念・価値)=政治的姿勢や宗教的信念、使命感、自己達成欲求など、信念や価値に頼る
A:Affect(感情・情動)=泣く、笑う、自分の感情体験を他の人に話す、感情を感じたり表現する
S:Social(社会的)=仕事を引き受けたり役割を担ったりすることで、集団や組織の一員となり、支えを得る
I:Imagination(想像力)=夢想にふける、楽しいことを思い浮かべる、クリエイティブな活動をすることなど、想像によって現実に蓋をしたり、気を紛らわせたりする
C:Cognition(認知)=情報収集をする、自分がどう行動すべきかを考える、自分と対話する、優先事項を洗い出すなど、問題解決に向けて動く
Ph:Physiology(身体)=身体を動かすことによってストレスに反応したり、対応したりする

■「世界とのつながり」を知る

ストレスとは、物体が外力を受けてもたらされる「ゆがみ・凹み」のことだと言えるでしょう。
ボールのようなものをイメージしてください。
外からの力をうけて、凹んでも、弾力で元の丸い形に戻ることができます。
この弾力がレジリエンスです。
しかし、弾力が失われていたり、外からの力があまりにも大きすぎたら、ボールはつぶれて凹んだままになってしまうでしょう。

ボールが凹んで潰れたままになっている状態のときに何が起こるのでしょう・・・

ラハド博士は「世界とのつながりが失われている状態」であると言っています。トラウマと呼べるほどの大きな外傷体験はその人と世界との「つながりの断絶」をもたらします。
心身が危機的状況に陥ると、人は世界とのつながり方を見失います。

あまりに悲惨な出来事を体験したとき、人は「誰とも話したくない」「どうせ誰も助けてくれない」「自分には何もできない」「世界は安全ではなくなってしまった」という気持ちになります。

そんな状態のときは、仮に救いの手があったとしても、それを跳ね除けてしまう。出来事に圧倒されて、心をシャットダウンして、氷のモードに入ってしまう。他人への信頼も世界への信頼も消し飛び、独りぼっちになってしまう。これが「つながりの断絶」です。

そしてラハド博士は、失ったつながりを取り戻すきっかけをつかむ「物差し」になるのが「BASIC Ph」の6つのチャンネルであると話します。ひとは「つながり」によって癒され、回復するというのは、ポリヴェーガル理論と共通する点です。
人は普段優先させている「BASIC Ph」のチャンネルを使って、あるいは逆に、普段使わないチャンネルを使って、再び世界とのつながりを取り戻すことで、心身を回復させていくことができます。

「BASIC Ph」が現代日本に生きる私たちにとって、生きにくい世界を生きやすくするための「物差し」となることは間違いないでしょう。

■ソーシャル・ポイントを蓄えよう

「誰にも会いたくない」
もともと人付き合いが得意でない人はもちろん、普段活発な人でも、ときにはそんな気持ちになるのではないでしょうか。

当然のことですが、人とコミュニケーションを取るには、エネルギを消費します。この社交のためのエネルギを、ゲームのHPのように、「ソーシャルポイント(SP)」と呼ばれています。
どんなに社交的な人であっても、SPが切れたら社交モードである腹側系の状態で居られなくなります。そうすると、背側系に入り、「閉じこもりたくなる」のです。この「コミュニケーション・オーバー」の状態になっているときには、普段仲の良い人であっても、会うのが億劫になって、一切の交流を拒絶したくなることもあります。よく、そんな自分のことを「情けない」「自分がなんてダメなんだろう」と思う人もいるのです。
しかし、自分を責める必要はありません。
むしろ責めたり、無理やり動こうとする方が、背側に入ろうとする身体を停滞させ、動けない状態を長引かせたりしまうケースも多いのです。
「いろいろと動こうとあがいてみたんですが、むしろあきらめて何もしないこと徹した方が、回復が早い気がするんですよね」という患者さんもいたようです。

コミュニケーション・オーバーになった時は、「貝のように」固く閉ざし、じっとしていることがもっとも合理的なのです。自分のSPを消費しすぎない環境を整えるのも大事です。

■小さな変化に気づいてくれる人を大事に

こんな患者さんがいました。
職場では、仕事や人間関係がうまくいかず、心身が疲れ果て、ついに動けなくなり、休職することになりました。
その後、職場復帰し、職場を変わったりしたが、以前と同じ状況に遭遇すると、また心身がフリーズし、会社に行けなくなってしまう。そんな自分が情けなくて、嫌いで、「私はダメな人間」「何をやっても私は変われない」「成長がない」と絶望している。

本当にまるっきり成長も変化もしない人はいません。
「成長がない」「変化がない」と嘆くのは、「自分は成長がない人間」と思い込みが強く影響しているのであって、ただ自分の微細な変化に気づいていないだけであることの方が圧倒的に多いのです。どんなに停滞しているように見えても、小さな変化は確実に積み重なっているのです。その変化に自分でも気づいてあげてほしいと思います。

自分自身のミクロな変化には、なかなか気づけないものです。
だからこそ、その小さな変化に気づき、「そこが成長だよ」「そこ、変化しているよ」と指摘してくれる第三者がいるとしたら、とても大きな助けになるでしょう。ぜひ、そうした良き目をもった人との関係を大切にしてあげてください。

■「ゆっくりさ」の価値を知る

現在社会では、どうしてもスピードや効率を求められがちです。
しかし、「ゆっくり」であることもまた、素晴らしい価値を持っていることに徐々に気づかされています。「ゆっくり」でなければなし得ないことがあるのです。例えば、骨折後のリハビリテーション等。自分の身体の反応に気を付けながら、少しずつ慎重に進めていかなければ、またケガをしてしまいます。
こころの病気においても「早く治してください」と焦る人ほど、かえって良くなるのに時間がかかってしまうこともあります。「早く治さないと、仕事が、居場所が、評価がなくなってしまう」という危惧があるのはもっともなことです。
しかし、そういった恐怖感に支配され、休むことを望む自らの身体の声を無視し、必要な回復の時間を見誤ってしまうと、よりキズを深めることに繋がります。

人間関係における安心かにおいて、「ゆっくり」であることはとても重要な意味を持ちます。
せかせかとまくし立てるように話す相手より、落ち着いてゆっくりと話す相手に、確かな安全の感覚を感じやすいというのは想像しやすいのではないでしょうか。
このように他者を通じて、安心が伝わり落ち着いていくことを、ポリヴェーガル理論では「協働調整」といい、ほ乳類にとって非常に重要な能力であることを強調しています。いわば腹側の連鎖です。

■どんなときでも「遊び心」を忘れない

氷のモードから抜け出すためにとても有効なアプローチがあり、それは「あそぶこと」です。
「あそび」とは、ポージェスによれば、腹側迷走神経系と交感神経系が両方働いている状態です。腹側系で安心を感じたまま、交感神経系のエネルギーを発散させること、それが「あそび」です。
文化人類学者のヨハン・ホイジンガは、「遊びこそが人間活動の本質である」と考え、人類のあらゆる文化はすべて遊びの中から生まれたと主張しました。

つらく厳しい場面ほど、ユーモアや遊び心をもって危機を乗り越えてきた、という人もいますよね。ユーモアは交感神経系を活性化させ、つながり感やレジリエンスを高めることが知られています。逆境に追い込まれシリアスになればなるほど、人は無力感や絶望感を感じ、凍り付いて、氷のモードに入ります。それではその人の良さや本来の力は発揮できず、事態に圧倒されてしまうかもしれません。

「シリアスに対抗できるのはユーモアである」というのが、筆者である鈴木裕介さんの大事にしている考え方です。

■与えられた役割を脱ぎ捨てて「ヒト」になる

これまで繰り返し、健全なものにはゆらぎがある、とお伝えしてきました。
休むことの真骨頂は、腹側迷走神経を健全に働かせることであり、その機能の本質は「リズム」です。
リズムを失うと、自律神経のモードを切り替えることができなくなり、ゆらぎを失います。私たちはそのようにして、環境に応じていろいろなモードを切り替えながら生きています。リズムがあることが健全であり、ヒトらしい生き方なのです。

過剰適応とは、他者や社会が期待する役割から降りることができずに、生物(ヒト)としての自分を犠牲にして、他者のために価値のある自分でい続けようとしてしまうことであるのではないでしょうか。

社会的な役割を果たし、他者にとっての価値を生み出している自分(ニンゲン)と、その役割から降り、ただ生物として存在している自分(ヒト)。
そのどちらもが「自分自身」であり、そこを行ったり来たりできることこそ、より健全な状態と言えるのでしょう。
だから、本当に大切なことは、自らの社会的役割を一時的にでも「オフ」にできることなのではないでしょうか。

世間や社会というのは、思っているよりも絶対的な存在ではありません。当たり前のだと思っている社会的役割をオフにできることは、あなたの生き延びる力を大きく高めます。
「そんなものに応え続けなくてもいい」ということを、あなたの身体は教えています。


以上で
『心療内科医が教える本当の休み方』 (著:心療内科医 鈴木裕介)の紹介を終了します。
改めて、ストレスと隣り合わせの現代社会の中で、いかに自分の心を休めながら、自分らしく生きていく大切さ、を本書を通じて感じ取ったのではないでしょうか。要約につき、細かいところは省略しているので、興味を持った方はぜひお手に取って読んでみてください。

みなさんが、ストレスに負けず、自分らしく、これからも過ぎしていけますように。


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