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800円のメロンパン…

或る高級百貨店の周年記念として、特別な商品販売、お買い得セールやイベント等を行うことになりました。その特大チラシを作って欲しいとの御指名でございました。

「すいませんっ、チラシはデザインの基礎を覚える上でスキルアップに繋がるので部下に任せておりますから…●●君に…」と私自身は断りたいところでしたが(我ながら偉そうに苦笑)その百貨店のリニューアル時に深く関わっていましたので応諾しました。とは言え急に割り込んできた仕事ですので、「雛形だけしっかり作りますので文字打ちの方はDTPに流していいですか?きちんと「,」の上げや、トラッキング(文字詰め)の指示やらも書いておきますから」と営業に伝えました。

そういった訳で久しぶりのチラシ制作でしたが、高級百貨店となると手が抜けませんね。ですので結局は丸一日も掛けて雛形完成です。そりゃ、小さな小見出し一つで高級感は随分と違ってきますから。私はそこまで調整を行っておりましたので、DTP部門ではルールに従って値段の数字打ってもらうだけでした。ですので値段の部分は「00,000円」と言った具合です。

「簡単でしょう?任せますから!」と。

さてさて。チラシの刷り上がり見本が上がってきました。通常は印刷会社から営業を経て届くものですが、この日はDTP部門のトップの同じポジションの20代の気心の知れた本部長(O氏)が持ってきました。それが早すぎることに折り込み納品の夕方なんですから。だいたい、こういう時は爆弾が落ちたような話が待っております。

どれどれ。。。

「●●君、ここ見てよ、これ大ごとだったんだから」とチラシの或る部分を見ると、パン屋の高級800円のメロンパンが80円となっております。私も原稿を見た時に、その値段に驚いたので記憶していました。いくら高級店で、良い材料、特殊な製法だか?その道を極めた人が絡んでいたとしても、800円だなんて…。お店側も、さすがの値付だけあって限定100名に絞っておりました。ですので値段に驚きつつも高級百貨店なら100個ぐらいなら完売でしょうと思います。パン好きのお金持ちは80円だろうが800円だろうが関係ないって方も、たくさんいらっしゃるでしょうし。

「で、80円で売っちゃったんですか?笑」
「いやいや、店に出す前に全部うちで買い占めて速攻で『完売しました』ってするしかないでしょ。いや開店直後に完売ってさぁ…」
「楽しみにしていた(?)お客さんにはお気の毒ですよね。まぁ、買ったうちの会社も超微妙な値段で損しちゃって笑」
「いや、彼はバイトだよ…。営業に睨まれるよ……」
バイトは関係ないと思いましたが……。

大丈夫です。あなたを睨める営業本部長は役員会議に出もこないで、社長と遊んでばかりいる疑惑しかないし。そもそも、あなたの方がブチャラティみたいで怖いですし……。

一応、「担当は誰ですか?」と尋ねてみました。こういったことはハッキリと聞いておかないとですね。他の誰も地雷なんて踏みたくはないですから。



「Sだよ!まただよぉ」
げ!予想通り!予想を裏切らない男!昔から裏切るなら期待に決まっているだろう。
「あーーあ、また彼、やらかしましたかぁ。去年も広島でPCを9割引きで売ってしまって大ごとになったばかりなのにですねぇ」

「ところで、その100個のパンは、どうすんですか?」
「後から●●君(私)の部署に全部持ってくるから」

「いやいや、DTPにもお裾分けしましょうよ、差し入れとか言っておけばいいじゃないですかぁ、Oさんの好感度上げましょうよ笑」
好感度が悪いような言い方になってしまいましたが…。
「こういうのはね、すぐにやらかした犯人が分かるんだから、それはねぇ……」

確かに。でも「犯人」って……苦笑

「ともかく、彼との話が終わってしてから持ってくるから」と露骨に怒りが収まらないって顔していました。話というより説教コースは目に見えております。「また後で!」と言いうと、彼はせわしく去っていきました。
別にもう来なくていいのに……。

19時頃に「犯人」はまだ残業していたので、私は役員会議室に連行しました。ここなら誰も来ませんからね。犯人にパンを「ほら食べなよ」と80円、いや800円のメロンパンを差し出しました。目の前のそれを見ることもなく彼は俯いて何も反応しません。どんだけ怒られたんだか……。

「ねぇー、リーダー!やらかし過ぎだよぉ。でも、まー、この件は俺がなんとかテキトーに取り繕うからさぁ。そんなに落ち込むなよな。Oさんには俺からも大概怒られたって大袈裟に言っとけよ、でさぁ、それより早くベースを覚えてくれってーの笑」

そうです。彼は当時バンドをしていた時のリーダでした。しかしながら唯一楽器が弾けませんし、かと言って覚えようともしません。弾き方を教えて、「ちょっとやってみて」と促すもベースではなく頭をボリボリと掻いている始末。こういう面白キャラが好きだった私はやはり所詮は20代のデザインの方の本部長って感じでしたね。

「まー、まー、ちょっと食べてみなよ」
「あ、はい」

「俺が好きな表面がサクサク系のメロンパンだよ。端っこの固いところがたまんないんだよね。あぁ、アーモンドの風味もするよね。これねぇ、生地にも静岡県産のメロンパンを使っているんだって。こんなブリオッシュみたいな食感はさ、さぞかし良いバターと上等な卵でも使っているんだろうなぁ」
私は原稿に書いてあったことを思い出しながら食べていました。まるで食レポです。
「そうですね、こんなメロンパンは初めて食べます」
「ねー、どうせ最初で最後だろうしね。味わって食べなきゃね。エントランスから珈琲を持ってきてくれない?ここぞとばかりクリームとか入れちゃっていないのも好感が持てたりするよ。素材の味で勝負ってね」と800円の価値を、どうにか見出そうとする私。

「いやぁ、お前のお陰だよ。なんちゅー香りと食感って感じ、しかも80円、いやタダだなんだからね笑」
彼は、また頭をボリボリと掻いていました。
「まぁ、せっかくだからね。もう一個食べておこうかね。いつまでも落ち込んでないでさ、ほらほら!」

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「お世話になります。●●の●●ですが、先日は本当にですねー。大変申し訳ございませんでした。返答は後日で構いません。単刀直入に申し上げますが、また800円のパンを売っていただけないでしょうか?何しろ『即完売』ですよ。あり得ないでしょう。で、次回ですねー、200個ぐらい作っみられたらーと」

「いやいや…即完売って…。御社が買い取ったからじゃないですかぁ…」
「だからですよ!800円のメロンパンが即売ってのは結構なインパクトになっているはずですよ」
「問い合わせ。どれぐらいありました?」
「いや、確かにそこそこありましたね。『まだありますか?』『もう売り切れたんですか、凄いですね』だとかですね…」

やっぱし……。

とはいえ、かなり驚かれましたね苦笑。そりゃそうでしょう。
「ちょっと色々と話し合って検討してみます」的な返答をするしかないですから。

こういった特別な時の商品は高いとはいえ儲けは利益は薄いものです。なにしろ記念モノですもんね。金銭的な兼ね合いは微調整してくださいねと勝手に思うだけでしたが。

「100個も『即完売』の前回お詫びPOPとかあると効果抜群ですね。勿論、御社店のご都合もございますのは承知ですが、今度、一応営業も入れて打ち合わせしましょう。お電話差し上げますので」

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あれから一年後ぐらいですかね。そのパン屋には開店から「一日限定100個の800円のメロンパン」を求めての直行客からのまさに即売終了の日々……。客が集まるってのは、いいことだらけ。賑わいは金を産むとか言いますしね。

_

「お前のヘマは成功しちゃってんだから」
「え?あ、はい。あのパン屋ですよね。さすがですね……」
彼は、また、いつものように頭をボリボリ掻いております。そして、私は社内の人間にいちいち褒められなくても結構ですからね。
「あの時は、正直味わうなんてどころじゃなくて…味とか覚えてないんですよね」
「だろうね笑。じゃあ、今度スタジオに来る前に人数分買ってこいよ。あんな味みんなぶったまげるよ」

特に値段を言ったら……。

#元気をもらったあの食事 ←こんなバカな話で何も引っかかるわけがないですね苦笑。

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