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原書のすゝめ : #1 The Thursday Murder Club

イギリス人の友人に薦められて買ったのが、このRichard Osman の『The Thursday Murder Club』である。

Book Depository のサイトでもおすすめになっていたので、発売前から気にはなっていたのだが、普段私はあまり新作には手を出さない。欲しいと思った本を片端から買っていたら部屋が本で埋め尽くされてしまうし、再読に耐えないと思われる本を買っても結局手放してしまうので、極力避けるようにしているのだ。それに、洋書の場合は得手してしばらくすると価格が落ちるので、手頃な値段で買う方がお得である。

そういうわけで、買う時は案外慎重に検討する。

しかし、早速購入した友人がしきりに薦めるので、今度ばかりは発売とほぼ同時期に買うことにした。


さて、今回の作品だが、昨年秋に邦訳が出ている。タイトルはそのまま『木曜殺人クラブ』(ハヤカワ・ミステリ)となっている。

序文でも述べたように、ここでは書評や原書の精読が目的ではないので、気になる方は以下の記事をご参照ください。(本記事を書くまでこの記事のことを知りませんでした。)


ミステリーに限らず、作者が最も力を入れるのは、おそらくタイトルと書き出しであろう。そのため凝った書き出しになっている本が多く、予備知識なく読み始めると、時に序文で挫折することになりかねない。

以下は、原書の冒頭の部分である。


1
Joyce

 Well, let’s start with Elizabeth, shall we? And see where that gets us?
 I knew who she was, of course; everybody here knows Elizabeth. She has one of the three-bed flats in Larkin Court. It’s the one on the corner, with the decking? Also, I was once on a quiz team with Stephen, who, for a number of reasons, is Elizabeth’s third husband.
 I was at lunch, this is two or three months ago, and it must have been a Monday, because it was shepherd’s pie. Elizabeth said she could see that I was eating, but wanted to ask me a question about knife wounds, if it wasn’t inconvenient?



英語はそれほど難しくないのに、どういう場面なのか情景がスムーズに頭に入ってこない。ひょっとしたらこの時点でもう読む気が失せてしまうかもしれない。しかし、そこはひとまず我慢である。車の発進と同じで、最初にアクセルを踏む時が一番力が必要なのだ。

まず冒頭の章題だが、Joyceとは何か?という時点でもう謎が始まっている。海外文学に親しんでいる人であれば、James Joyceを連想して人の名前だということがわかるかもしれない。

通常、各章のタイトルには数字や章の内容を暗示する副題をつけることが多いので、こんな風に人名が章題にくると、では次の章は別の人についての話だろう、と思うのが普通だと思う。ところが、この章を飛ばして次の章題を見ると数字の次には何もない。次の章との関連性が見えない。

それでは、Joyceとは誰なのか?

しかも、Joyceの話が始まるのかと思いきや、どうやらElizabethの話のようである。では、語り手は誰なのか。それほど難しい英語ではないのに内容が理解できないのは、案外こういう部分ではないだろうか。

ここで諦めるのは勿体ない。慣れないうちは邦訳を参照しても構わないので、もう少し読み続けてみる。すると、この本の構成がJoyceの一人称の日記形式の語りと(おそらく筆者の)三人称の語りが併用されているということがわかってくる。これが分かるともう少し読みやすくなるはずである。


もう一つ、原書を読む時に手こずるのが登場人物の名前である。多くなればなるほど、名前が混乱し、この人物は一体誰だったろう?と前のページに戻らなければならなくなる。しかも、どこで出てきたのかがわからず、これまた探すのが大変である。さらに登場人物が愛称で言い換えられていたりすると、新しい人物が登場したと勘違いしてしまう可能性だってある。

今回の作品は比較的登場人物が多い。警察官なのか住人なのか、あるいは施設の経営者なのか。こういう場合には、登場人物のメモを作ることをおすすめする。ミステリーの場合、多くが人物の容姿や性格などを細かく描写しているので、その人物の特徴や相関関係図などを作りながら読むと、ぐっと読みやすくなる。警察がホワイトボードを使ってやる捜査方法に似ている。もしかしたら、一緒になって謎解きをしている気分になれるかもしれない。

以前、Ken Folletの『The Pillars of the Earth』を読んだ時のことである。その時にはすでにフランス語を習い始めていた。内容はそれほど難しくはなかったと思うが、わからない部分もあったので一応邦訳で確認しておこうと思い、手に取ってみた。

ところが、である。

アグネス? 
そんな人物、本の中に出てきただろうか?
そこでページをめくる手が止まってしまった。

ひたすら記憶を探る。
そこで気がついた。そうか、Agnesのことだ!


なんと私はこの女性の名前をアニエスと読んでいたのだ(agnes.b アニエスべーのアニエスである)。つまり無意識のうちにフランス語読みをしていたのである。これには、自分でも呆れてしまった。

そういえば、私の友人もハリーポッターのLupin ルーピン先生を「ルパン先生」と読んでいたらしい。英仏の名前の読み方の違いは、ほかにもDavidデイヴィットがダヴィド、Richardリチャードがリシャール、Georgeジョージがジョルジュ、と例を挙げればキリがないが、このため邦訳を読んだ時に人物の認識できないという事態が、私の場合割に生じる。

こういうことも原書にあたらないと味わえない愉しさである。

※ Kindle大セールが開催中(7/13まで)のようです。

<原書のすゝめ>シリーズ(1)

※<原書のすゝめ>シリーズのコンセプトはこちらの記事をご覧ください。



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