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掌編小説【薔薇喪失】

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美貌の公爵こと麗人薔薇柩による美と幻想への耽溺。 最も美しいものを失い、自らの美貌に処刑された貴公子の、優美な日常と殺伐の物語。 掌編小説。耽美小説。幻想文学。幻想小説。
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#幻想小説

掌編小説【薔薇喪失】03.『渇き』

掌編小説【薔薇喪失】03.『渇き』

 薄ぼんやりと煤を上げて、めらめらと燃える蝋燭が宙に浮きながら血を滴らせていた。赤い蝋燭の血が、祭壇に近づくものを焼き払いながら、そこに横たわる薔薇の香りを守り鎖していた。力ない軀を祭壇に横たえているのは、麗人だった。凛々しい柳眉を物憂げに、鋭い険のある眦の明眸を明滅させ、長い睫毛が傲慢に瞳に影を塗る、美貌。至高と崇高を兼ね備える高貴は、誰の目に映ろうと美を顕然かつ客観的事実として焼き付ける。緩く

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掌編小説【薔薇喪失】02.『荊棘に夢を綴る五線譜』

掌編小説【薔薇喪失】02.『荊棘に夢を綴る五線譜』

 目を覚ました場所は粗末な柩の中だった。長い睫毛は自らの長さと重みに気怠く瞬き、ゆらゆらと凝る深海色の瞳の光が、濁りとは違う明度を呈して揺蕩うていた。麗人は忘れられていた。世界の全てが廃墟の天井、割れて牙となり今にも降り注ぐような、亀裂の入った薔薇窓をただ見上げていた。置かれた場所に誰の気配もなく、麗人は死者になった気分でありながら微睡みから醒めていく。襤褸(ぼろ)の柩の縁に手をかけて起き上がると

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掌編小説【薔薇喪失】01.『深海に溺れる星』

掌編小説【薔薇喪失】01.『深海に溺れる星』

 麗人は『薔薇庭園(ゴレスターン)』の入口から、真っ白な階段を上っていた。骨を精製してつくった白い土を、薔薇の蔓がモルタルとなって繋ぎ、強固にして存在を続ける要塞都市は、乾ききった死によって構成されている。麗人は庭園の支配者として階段を上っていた。薔薇を編み込んだ黒緑の長い髪を横に流し、豪奢で長いマントの端を薫る死の風に翻しながら、踵が高い編み上げのブーツで屍を越えるような厳かな歩みを続けていた。

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掌編小説【薔薇喪失】00.『戴冠式』

掌編小説【薔薇喪失】00.『戴冠式』

 黒洞々の闇から、指の長い白い腕が、鎌首を持ち上げた蛇のように伸びていた。闇の前には光があったが、闇と光を隔てるようにして、鋭い棘を生やした荊の格子が立ち塞がっている。白く指の長い手は、棘だらけの細かい格子を通り抜けることができなかった。

 白い手は荊の格子に、蔓薔薇のように指先を巻きつける。柔らかな動き――その刹那。白く美しい手は獰猛な覇気を手の内に宿して、荊棘を掴んだ。棘を握りつぶすような気

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