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小山静子『子どもたちの近代:学校教育と家庭教育』

直接的な研究テーマからはちょっとそれるのですが、家庭での教育がどのように位置づけられているのかに関心があって、家族社会学の文献を読み始めています。

学校教育と家庭教育の関係性ってどうなっているんだろうと思って調べてみたらこの本に出会いました。

(今は古本でしか購入できないようです)

国家や学校、また家庭で、子どもへのまなざしはいかに変化したのか、江戸時代末期から明治、大正時代を経て、「新中間層」の成立までを分かりやすく紹介しています。

女子の教育は、子ども産み育てる「母」としての役割を期待されるものとして、男子とは別の論理が用意されていた、というのは目から鱗でした。
性別役割分業が明確化し、「新中間層」の妻たちが生産労働から切り離される形で家事・育児に専念するようになったという点が、今更ながら腑に落ちました。

それと、家庭教育が学校教育を補完する役割を担うべきだとの考え方も、明治30年代にはすでに登場していたというのです。
小山さんによれば最初は理論が先行する形だったようですが、大正期、「新中間層」の登場に伴ってそれが具現化し、「家庭教育は完璧に学校教育に組み込まれてしま」いました。

子どもが学校に行かなくなった保護者が苦悩と葛藤に苛まれるのは、学校教育を補完する役目を家庭が果たせなくなるから、という要因が大きいように思います。

このあたりの議論に関しては、以前に別の文献を読んでいました。

広田さんの上記の本の出版が1999年なのに対して、今回読んだ小山さんの方は2004年、広田さんが焦点を当てた「新中間層」よりも前の歴史的経緯を描きたかったのかもしれないと思いました。

家庭教育をジェンダーの視点から見てみることも必要なのかな、と思ってはいるのですが、あんまり大風呂敷を広げると自分自身収拾がつかなくなりそうで、ちょっとためらっていました。
今回くらいのライトな(という言い方は著者に少し失礼かもしれませんが)記述であれば、私のような初心者も抵抗なく入れそうで助かりました。

江戸末期から明治時代といえば、日本で初めて女子5人がアメリカに留学しています。
彼女たちは帰国後、自立すべく仕事を探しましたが一向に見つからず、ひとり、またひとりと、結婚して家庭に入りました。
最終的には津田梅子だけが生涯独身を貫いたようです。
そのような「齟齬」も、上で書いたような、明治時代の日本が目指していた教育が男子と女子とでそもそも違っていたのだとすれば、さもありなんとうなずけます。

明治、大正時代の家庭教育(「家庭教育」という言葉自体、この時代に初めて誕生したそうですが)がこのような考え方だったのは理解しましたが、問題は、令和の時代にも多少変異はしつつも(女性の就業率が飛躍的に向上したとか、いくつかの変化はある)引き継がれ、家庭での教育のウエイトがある意味では当時以上に高くなっていることではないかと思っています。

これからの時代、子どもの教育をどう考えればよいのか。

なかなか大きな問いですが、少しずつ考えていくつもりです。

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