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ITは森のバロックへ

1995年ごろ、社内のコンピュータシステムのデータベースに会社の仕事が「金額と数量」にどんどん変換されて、保管され出して、同時に通信のネットワークが広がっていくのを目の当たりにして、「コンピュータは古代っぽい」と感じていました。

それは、サーバーとクライアントの関係。例えばセッションをとるとき(やりとりを開始するとき)に、クライアント側から「つながっていいですか?」とサーバーに尋ねて、サーバーが「いいですよ」と応えて、クライアントが「応えてもらって、よかったです」と返事してから、双方のやりとりができるようになります。サーバー側から先にクライアントに話しかけたりはしないんです。

これって、古事記のイザナミとイザナギの国生みの時に、女のイザナミから先に、男のイザナギに「ステキな人」と声をかけたことにダメ出しをされて、その後にイザナギ(男)からイザナミ(女)に声をかけたのでうまくいった。ことと似ているなぁ、とか。
女はサーバーっぽい。

他にもいろいろありますが、ネットワーク越しに遠隔のデータにアクセスしたり操作したりするのは、超能力みたいだし、何重にも警備されて冷房が完備された、ディスクが何本も並ぶサーバールームは殿上人の世界のような気配もして、「古代っぽい」と思っていました。

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ITの世界には、10年ほど前に提唱されたSOE(Systems of Engagement)という考え方があります。アマゾンのITシステムを、その動きから想像すると、このSOEの考えを先鋭的に実践していると思うのですが、実際このSOEを提唱した人は、なにを背景にこのことを考えたのだろうと読み込んでみました。

『Systems of Engagement and the Future of Enterprise IT』
Written by Geoffrey Moore, Managing Director, TCG Advisors
2011

企業ITは、大きな流れとして、過去数十年にわたって多大な資金をシステム投資に投入できる大企業が先導して、SOR(Systems of Record)すなわち「データ処理」を中心に据えたシステムを開発してきました。そして今現在、大企業ほど業務の隅々まで開発し尽くされた状況で、このシステムはメンテナンス(最適化とも)の時代に入っています。このSOR(レガシーシステムとも言われたりしますが)の最適化のために仮想化・クラウド化・アウトソーシングが進められていますが、これらはコスト削減的な最適化に過ぎず、残念ながら、競争上の差別化となる新しい価値は生んではいないのです。

一方、メンテナンス(システム移行)に足を取られている大企業を尻目に、この過去10年(2011年時点)で、企業ITの先頭を走る集団が逆転しました。現在のITイノベーションの主導者は、消費者や早期に若者を採用してきた中小企業であって、遅れをとっているのが大規模機関や企業です。

このレポートには、そんな文脈でSOEのことが語られているのですが、ちらっと書かれている「SORがもたらした大きな変化」のことが見逃せないと思ったのです。

それは、「企業内のSOR(データ処理システム)が構築されたことによって、企業内の業務がアウトソーシングできるようになった」ことが、グローバル経済社会の引き金になったという見方です。その具体的な状況はここ25年ぐらいの会社内の仕事のありかたの変化を知っている人はピンとくると思いますが、ITシステムをセットにして「一部の仕事」がどんどん中国やインド、東南アジアに外出しされていきました。

その一文に書かれているのは、こんな流れです。

SORが可能にしたアウトソーシング。
そのアウトソーシングが強力に拍車をかけているグローバル経済のダイナミクスの中に「回答(企業ITの次の段階の姿)」があります。
グローバル化の影響下で、あらゆる規模と形態の企業は優位性を研ぎ澄ますことを強いられ、あるいは商品やサービスの一般化(優位性の低下)に苦しんできています。
(その理由として)企業は自身の元々の力や買収を通じてリーチを拡大していますので、コアビジネスとコアコンピタンス(能力)やそのコアの差別化に対してリソースを集中させることがmustであることを意味しています。
*優位性を勝ち取るためには、コアに集中しなくてはいけない(コア事業・コア能力に集中し、さらにそのコアを差別化することに集中する)。

コアに集中することで生まれる結果は、一つのベンダーだけが関与するビジネストランザクションは存在しないということです。
サプライチェーン・デリバリーチェーン・顧客サポートシステム・パートナーエコシステム(互いに依存して生態を維持する状態:森の森羅万象のような状態)などの統合がますます必要になるということです。
共同・協業(コラボレーション)を実際に動かすチェーンを構築する。ただそれのために、ビジネスは以前よりももっと協力的になりました。

この「共同・協業(コラボレーション)を実際に動かすチェーンを構築する。ただそれのために、ビジネスは以前よりももっと協力的になりました。」は、南方熊楠の森の捉え方として書かれている、以下のこととそっくりです。

【森】ここではひとつひとつの生命が自己に素直でありながら、おたがいの間に清々しい倫理の関係が築かれているように感じる。『森のバロック』

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流れを分けると

生産性向上のために、データ処理がIT化されることによって、
コスト削減のために、自分の一部をアウトソーシングするようになる。
③一方、事業規模拡大のために企業買収をする。
④事業のリーチが広がり、投入できる資源が分散し、市場での優位性がなくなる
優位性をあげるためにコアに集中する
⑥コア以外の業務に投入できるパワーが低下するため、他社との共同協業をめざす
⑦共同協業のために(競争相手とも)互いに協力しあうようになる
⑧パートナーエコシステムが築かれる(互いに依存して生態を維持する状態)
⑨これはまさに、森羅万象の世界であり
西洋の自己実現の極致が、東洋の森羅万象のあり方に到達しようとしている。

西洋の自己実現(他者より優位に立つ)の極致が、森羅万象になるなんて。(もともと、egoはecoなのでしょうか)
そして、ここで、「コンピュータは古代っぽい」と感じたことは『森のバロック』につながってしまいました。


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SOEの「engagement」は、約束や契約、婚約という意味から、

●ユーザーとのつながりを重視して設計されるシステムを指します。
●顧客や取引先との結びつきを強化する、あるいは絆を深めることなどを目的として使われるシステムを指す用語です。

などのように説明されることが多いですが、本来の意味は「戦闘状態に入る。戦闘状態の間」ということを指します。「gage」 は、古いフランス語で、中世の騎士の戦いにおいて、挑戦の印(合図)のために騎士が投げた手袋または帽子のこと。
「engagement」は、まさに手袋や帽子が放たれた瞬間(戦闘状態に入る瞬間)を意識した言葉なのです。英語圏の人にとってのこの言葉は、「つながり」の先にある「勝利」をしっかりと意識したものであることを忘れてはいけないと思います。


副題の「A Sea Change in Enterprise IT」については、こちらにもあります。




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