『空翔けるファーストペンギン』第15話「ペンギンたちの作戦会議②」

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「お疲れ様でしたー」

「新木くん、お疲れ! 今日も大変だったねぇ。そうそう、まかないが余ってるんだけど、良かったら持ってかない?」

 バイトが終わり、帰ろうとしていた肇を望月が引き留める。望月は肇が常に金欠であることをよく知っていた。そのため、従業員のために作られるまかないが余っている日は、極力肇に持って帰るよう配慮してくれた。

「あ、はい是非! いつもありがとうございます。助かってます。望月さんが女神に見えます」

「こんな身近に女神がいるんだから、感謝しなさいよね! ……というのは冗談だけど。ちゃんと食べないと身体壊すからね」

「最近親にもそんな気遣いされたことないです。望月さんって本当に優しいっすよね。こんな人間なんかの心配までしてくれて……」

「新木くんは大切な従業員だからね。しかも、新木だって、身体壊しちゃうと色々と大変でしょ? 働けなくなったらお金の心配もしなくちゃいけないし。ちょっと真面目な話をすると、新木くんもいい年齢じゃない? ここでのバイト歴も長いんだし、そろそろバイトから社員になってもいいと思うけどな」

 肇は鋭利な刃物で全身を貫かれたような感覚に陥った。今まで極力考えないようにしていたことを、割とあっさり言われてしまったからであった。

「そうですねぇ……。だけど僕にはやりたいことがあるんです。あ、いや、やりたいことというか、叶えたい夢といいますか。だから今は時間の融通が利きやすいバイトという形で働いていたくて。社員さんになっちゃうと時間も拘束されちゃうし、責任だって重くなるじゃないですか? そうなると、その夢のために使える時間も集中力も少なくなってしまう気がするんです。たしかに、望月さんのおっしゃるとおり、いい年齢になってきたので定職に就かなきゃなとは思っているんですけどね」

「夢のためなら仕方がないんだけどね。私も無理に誘ったりはしないからさ。でも、新木くんの今後のことを考えれば、そういう選択肢も視野に入れてて良いのかなって思ってるの」

「お気遣いありがとうございます。そういうお話があるだけでも凄く嬉しいです。凄く嬉しいんですけど……、まだもう少し考える時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「私は構わないよ。というか、なんか変に誘った感じになっちゃってごめんね。新木くんの夢、どんな夢かは知らないけど、応援してるからね!」

 最後に「じゃあお先に」と声を掛けた望月が去って行った。残された肇は、よく分からない感情の塊のようなものが身体中をぐるぐると泳いでいるような、そんな気分であった。

 いつ日の目を浴びられるか分からない。書く小説はほとんど見向きもされない。それにもかかわらず新しい話を書き続けている。果たして向こう側に繋がっているかどうかさえ分からないトンネルを、ただひたすらに掘っているよう。そんな状況が、もう5年以上続いているのだ。

 何か取り入れなければ、何か変えなければ。肇は自分なりに、日々試行錯誤しているつもりであった。しかし、一向に状況は変わらないどころか、悪化してある節さえある。何か斬新なアイデアはないか。魅力的な何かが落ちてはいないか。答えを探す日々が長くなるほど、小説を書くことすら苦痛になるのではないか。

 残された時間はそう長くはない。別に死ぬ訳ではないが、小説を書くことをやめたとき、それは今まで小説を書き続けた時間、そしてこれからの人生が一度死ぬようなものだ。

 ならば、やっぱり「例の件」にカケてみるべきなのか……?

 電車に揺られる肇の手は、ほとんど無意識に、ズボンのポケットに入ったスマホに伸びていた。


 ※

「ただいま。ごめんな、遅くなって。今日は和希が好きなとんかつがあったから、これ食べでまた勉強頑張ってな」

「おかえり、今日もお疲れ様。ご飯ありがとうね。兄ちゃんは食べないの?」

「兄ちゃんはまだ仕事があるから、それが終わったら食べるよ。後でやると寝ちゃいそうだからさ」

「最近、また仕事忙しそうだね。夜勤も続いてるし。体調は大丈夫なの? ご飯ちゃんと食べてる?」

「はははっ! 母さんみたいなこと言うなぁ! 兄ちゃんは大丈夫だよ。最近入居者が増えてきて大変だけど、たぶん一時的なものだと思う。また落ち着いてきたら、その時はゆっくり休むよ」

「だったら良いんだけど。体調もそうだけどさ、兄ちゃんの好きなことに時間を割けてる? 仕事ばっかりになってない?」

「えっ?」

 思いがけず、柚希は間抜けな声を出してしまった。
 和希はいつも、自分のことは二の次に、柚希の心配ばかりする。柚希もそれに慣れているため、あえて大げさに言葉を返したりはしない。しかし、今回はいつもとは違う「何か」を感じた。

「和希はいっつも兄ちゃんの心配してくれるよな。まるで、昔の母さんを見ているようだ。和希こそ勉強大変だろう? 勉強を頑張ってる和希を見てると、兄ちゃんも仕事頑張ろうって思えるんだよ。だから大丈夫、心配するな」

「一週間くらい前に、同じ小説書いてる人たちと会ってたじゃない? あの時の兄ちゃん、凄く楽しそうな顔してたからさ。結果的に酔っ払って朝帰りになっちゃったくらいだから、よっぽど楽しかったんだろうなって。仕事頑張ってる姿もいいけどさ、やっぱり好きなことをやって楽しんでる兄ちゃんがいいよ。昔みたいに、好きなことをやって楽しんでる兄ちゃんが」

 昔みたいに、か……、と和希は昔を懐かしむ。身体を動かすことが好きで、スポーツに明け暮れていた昔の日々を。友人たちと校庭や公園で日が暮れるまで走り回っていた日々を。本を買い与えられたあとは、興味の湧いた本からひたすら読んでいた日々を。

 それが、今は小説を書くことに置き換わった。今の柚希には、小説を書くことが一番の楽しみである。それが最近は満足にできていないと、和希の目には映ったのだろうか。

 柚希は、いくら最近仕事が忙しくても、全く小説を書けていないわけでなかった。それにもかかわらず、最近の柚希を見て、和希が心配しているのは事実であった。咄嗟に柚希は、何が自分をそう見えるようにしているのだろうと考えた。

 すると、答えは案外すぐに出てきた。

 あの日以来、柚希の元に、肇から連絡が来ていないのだ。全く音信不通なわけでは無い。事実、柚希が書いた小説に関する感想と、ほとんどダメ出しに近いアドバイスに関しては、今まで通りこまめに連絡が来ていた。しかし、「例の件」に関する連絡は、いまだに来ていなかった。

 もともと酔っ払っていた勢いで発言した内容だったのだ。もちろん、柚希は本気で肇とタッグを組む気でいた。ただ、伝え方がまずかったかもしれない。そう考えるようになってからは、柚希はほとんど諦めかけていた。

「兄ちゃんは今もちゃんと好きなことは続けられているよ。さすがに昔みたいに好きなだけやるのは難しいけど、ちゃんと時間を見つけて続けられているから、大丈夫だよ。ほら、早いとこご飯食べて、今日は早めに布団に入りなね。明日テストなんでしょ?」

「あっ、そうだった! ありがとう、忘れてたよ。じゃあ今日も、ありがたくいただくね。明日頑張るよ」

「おう! 自分の力を出し切れるように、兄ちゃんも応援してるからな!」

 話を終え、柚希は一旦自室に戻る。自分も早いとこ仕事の資料をまとめて、少しでも時間を捻出しなければ。そう思い、資料まとめに入ろうとしたが、やはり自分が書いた小説の感想なども気になる。10分だけと時間を決め、柚希はスマホを手に取る。

 小説投稿サイトにログインした柚希は、滅多に来ることのないDMのアイコン部分に「1」と表示されているのを確認した。

「おや? DMなんて珍しいな。誰からだろう?」

 柚希はDMを開く。差出人欄には「ソラ」の名前が記載されていた。

「ソラさんからだ! あれかな……? 今朝投稿した作品が酷すぎて、とうとう直接ダメ出しの内容を送ってきたのかな……?」

 恐る恐る内容を確認した柚希は、意外なものを見る目で固まってしまった。

 そのDMには、こう書かれていた。

「この間のタッグを組む件なのですが、よければ今度話し合いませんか?」




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