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記事

生きられた庭

おもてなしに慣れすぎた私たちは、公共施設(この場合は公立〇〇館・園を指す)を先入観なしには味わえなくなっている。

その先入観とは、「一方的に何かを教えられる場所」であるということ。脳裏には、小学生の時から度々経験する、社会科見学のようなものが浮かぶ。
そんな先入観があるから、公共施設にいくときはつい身構えてしまう。

大人になるにつれて、その体験を素直に受けることに対するしらじらしい気持ちが生ま

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田中功起 「可傷的な歴史(ロードムービー)」@ 東京ドイツ文化センター

今日は、これを鑑賞しに赤坂に出向いた。
終わってみると、参加したに近く、もしくは体験・経験した、みたいな結果。
https://theatercommons.tokyo/program/koki_tanaka/

それに大きく作用したのは、映像の鑑賞後、モデレーターを中心に、映像をみた後の感想や考察を対話形式で議論するアッセンブリーと呼ばれた時間が設定されていたことだった。
シアターコモンズの冊子

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長田雛子「ねむけ前」@Kanzan gallery

最近、フリーで活動している作家(建築家、写真家、アーティスト、等々)と知り合う機会が増えた。というのも私が、フリーでいるからなんだけど。

なんとなくこのふと知り合うことが、仕事と同じくらい大切なことなんではないかと思うことがある。何かを志してやろうと決めた人は、いつも自分の気持ちを言葉にしている。きちんとステートメントを持っている。

もしかしたら、それは自分に溺れているとか言われるのかもしれな

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天井の楕円|Arts and Creative Mind Gallery

丸いと言っても、正円、楕円、半円、フリーハンドの円、角が丸い、、、いろんな丸がある。

この一ヶ月にmtkaの村山さんと加藤さんに、二つ作品を見せていただいた。
どちらも比較的小さな空間に、比較的大きな丸がある作品だった。

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天井の楕円は、タイトルとしてすでにキャッチーで、添付された写真も、ダイヤグラムであり空間であった。一息で理解できそうな気さえしていた。
そんなわけで、なんとなく頭にイメ

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ゴードン・マッタ=クラーク展|ワーグナー・プロジェクト

昨日、国立近代美術館にこの展示を見に行った

学部生の時、事あるごとに名前を聞いていた、ゴードン、、だが、なんとなくSFみたいなコンセプチュアルみたいなざくっとつるっとした手触りを感じていた

彼の、樹のドローイングや、ツリーダンスを始めて見て、すごく人間的なやわらかい感触を得た

特に、樹につらされた網の中に座って動いている映像は、あんな風に網って動くんですか!?想像以上に生命感じるな、、!とじ

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takeo paper show 2018|チェルフィッチュの〈映像演劇〉

前に聞いた、中山さんと田中さんのトークを経て、takeo pepar showに訪れた。3日間の最終日ということで、沢山の人(デザイナーぽい人、学生ぽい人、はたまた子供や、竹尾の常連さんのような人まで)であふれていた。

私はいつもスパイラルに訪れる場合(主に2階のスパイラルマーケット)、一階のスロープか階段どちらかを通って上がり、帰りはその逆の道を通って下りる、ということに勝手にしている。なんで

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太田市美術館・図書館

昨日の午後、桐生での仕事でホームセンターに行った。そこから電車で東京に帰る、となったので、帰り道を調べてみた。
桐生からだいぶ走ったな、と思って、少し期待をこめてグーグルマップを開く。

あ、やっぱり、にやり

最寄りは太田駅だった。桐生に通い始めて1年ちょっと、いつも電車から見えていた太田市美術館にやっといくことができそうだ。
ちょうど前日に、図書館について考えていたところだったから、自然な巡り

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門脇邸見学|田中義久×中山英之対談

一昨日の午前、少し雨雲が漂う中、最近できた門脇耕三さんの自邸に伺った。

初めてこのプロジェクトを知ったのは、二年前のちょうど今頃だった。私の卒業制作を話をする機会があり、そこに門脇さんも同席されていて、自邸のプロジェクトと、私が描いていたアクソメ図と近いものを感じ、話をしていただいたことを覚えている。

しかし、こんな建物がどのようにして現実にできるのか、想像が及ばない。いつかきっと見てみたいと

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