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近未来SF連載小説「惚れ薬アフロディア」No. 9-1 恋は盲目・愛は瞠目

Previously, in No.1-8 (月1更新で全12回程度の予定):

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12月、カムリ(ウェールズ)でも、木枯らしが吹いて体の芯まで冷やしてくる辛い季節だが、同時に、街では赤や緑の光に溢れた遊園地ウィンター・ワンダーランドが開かれたりと、人々の心の中にささやかながら暖かい気持ちが灯る頃でもあった。

ノエリアはバルセロナへ休暇へとひとりで立つ朋美を、カーディフ国際空港まで彼女の小さなローバーミニEVで送ると言ってきかなかった。

「ついでに帰りにあのお城のところのワンダーランドみにいくからいいのよ。マーケットで買い物もしたいし。ああ、今年もたいした出逢いがなかったわね、私」

「ノリー、きっと来年はいいことあるわよ」朋美は助手席で励ます。

「それで、本当にあなたの気持の変化はないの?あなたが、アフロディアの接種を途中で止めた唯一の例だから、臨床チームが経過観察にうるさいのよ。それにリュイスの倫理的問題もちょっとあるし」

「自覚症状はとくにないの。もちろん、あの偽パイロットの時のようなどん底に突き落とされたような嘘の恋愛の後の絶望感はないし、リュイスへの気持もどちらかというと落ち着いた好意という感じ」

「ほんとはガーディアンとして付いていってあげたいんだけど」

「ノリー、英語でも like と love の違いがあるでしょ、そんなに明確でないとしても。スペイン語でも querer と amor だったっけ。そういえば、あなたが好き、スペイン語の『キエロ』は日本語だと『消えろ!』に聞こえるのよね。好きなのに、消えろ!なんて真逆。こないだリュイスが笑ってた。

日本語だとね、恋と愛の違いはね、恋はかーっと相手に夢中になってしまうようなことを指すんだけど、愛のほうは落ち着いた、相手を尊重して人生をいっしょに送っていきたいというような気持ちを指すみたい。ことわざもあるわ、恋は盲目、愛は瞠目。

When you like someone very much you become blind about someone you like, but when you love someone, your eyes are wide-open to understand and appreciate your love かな 」

「日本語便利ね、短いのが、そんな深いのね。私も doumoku love してみたいわ」

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バルセロナ国際空港に着くと、イミグレを出たところに、リュイスとその友達らしい二人が迎えに来ていた。

「トモーミ、これ僕のパデル仲間の日本人のナス、そしてそのワイフのカタルーニャ人のエッダ」

バルセロナに住み着いてもう長いのか、同じラテンのノリでナスは初対面の朋美にハグ・両頬キスしてきた。

そして日本語で言う。「那須泰彦、在バルセロナ33年目です。リュイスからいろいろ聞いてます。実はうちのかみさんも日本語ぺらぺらなんですよ。なので今日は日本語でいきましょうね」とほほ笑む。

リュイスがいたずらっぽく笑って聞く。「朋美、20世紀のカンフー映画の役者ジャッキー・チェン知ってます?」

朋美はうなずく。もう100年くらい前に活躍した香港人だが、映画をみたことがあった。たしかあまりにも北京よりの言動で香港独立派からは忌み嫌われていた役者だったのではなかったか。

「どうです?ナス、似てるでしょ?ジャッキーに。それで僕は時々あだなでジャッキーって呼んでいるんです」

「似てない、似てない」ナスは首を振る。「似てるわよ」とエッダが笑って口を挟む。「もう、こいつら、東洋人ならみんなジャッキー・チェンにみえちゃうんだから、もう2050年代なのに。。。」

    *     *     *

ナスの車で海岸沿いの住宅地ポブレノウに寄って荷物を置いてから、冬なのに海岸沿いに風よけのビニールをはりめぐらせて営業している、パエージャの名店だという店に行く。

実は朋美はバルセロナは初めてだった。リュイス達は、まずは完成間近(と幾度も過去に言われてきた)サグラダ・ファミリアの見学が予約してあったので行って、それから旧市街のゴシック地区を探索してから魚市場の店でシーフードを食べるというプランを提案した。

朋美はテーブルの隣のナスにこっそり聞く。「ジャッキーさん、あ、じゃなくてナスさん、ひとつ聞いていいですか?」

ナスは「ジャッキーちゃうわ」といいながら耳を寄せる。

「カタルーニャもラテンですよね?私、シンガポールもウェールズも、ラテンとは程遠くて、元英国領の中華文化圏だったりブリテンの土着ケルト人文化だったりしか知らないんですけど、ラテンの人って、なんていうか、人間関係あったかいですよね?べたっと、おせっかい焼きで、よくしゃべるし」

「そうそうそうなんですよ。到着3時間にしてもう理解したか、朋美!さすが。俺、そこに惚れちゃって早33年」と笑う。

「まあ、暗い奴や気難しい奴も当然いるけど、家族思いで友達思いで、べたっと人間関係ウェットというか、そういうところあるよね」

「難しい日本語禁止」とリュイスとエッダが会話にはいってくる。

朋美は笑って、エッダに聞く。「エッダって、北欧の女神の名前と同じだったかしら?」

「そうそう。ラテン系としては珍しい名前なの。親がなにか本見て響きがいいと思ってつけてくれた」

「ナスとはどこで?」

「ティンダーのカタルーニャ版で。もう10年前だけどね、バツ1のカタルーニャ語喋る日本人っていうプロフィールに興味持ったからだったかな。日本人なのにバルサの仕事やってるっていうのもポイント高かったわね」

「ナスさんはエッダと会ったときの印象は?」

リュイスが口を挟む。「こいつね、ブロンドなら誰でもいいんだよね。ブロンドのカタランに憧れてバルセロナに来て、最初の奥さんも小柄なブロンドのショートカットの可愛い子。ある種のフェチだな」

「てへへ、お前だって日本人女性フェチじゃないのかねえ?」

ナスは続ける。「人間だれしもフェチを持つから人生が楽しいんだ、とまとめておこう。ところで、朋美は飯野さんだよね。家族のシンガポール来る前の出身県は?」

「三重、おじいちゃんが10年くらい前までまだ伊勢神宮の近くに住んでいた」

「三重か。やっぱ、紀伊半島ってイベリア半島だよな。パルケ・エスパーニャっていう20世紀の遊園地まだ三重に続いてるし、カミーノとセットで歩くのが定着してきた和歌山の熊野古道あるしね。

そういえば、飯野さんっていう、三重出身でフランスに長かったあなたより10歳くらい年上の親戚とかいたりしないよね?」

リュイスの顔がちょっと陰る。そして、話題を変えようと口を挟もうとすると朋美が応える。

「いないですね。知ってる限りは。飯野一族けっこうドメで、私のおとうさんが親戚の中では異端児でなにをおもいたったか20世紀の終わりころにシンガポールに移住して私がコロナの最中に生まれたんです」

リュイスが話題を変えに入る。

「さあ、みんな、明日のタラゴナはバイスの葱づくし、カルソッツへの心の準備はいいかな?朋美、君が今まで体験したこともない、究極のウマミが待っているんだ」

ナスが言う。「大げさ。でもあれは美味いよ。日本の葱とも違うけど、あの甘ーいとろけるような葱の旨味、それを極上のロメスコソースつけてつるっといくともう最高。それをね、ポロンっていう尿瓶みたいな器にはいったワインで流し込むんだ」

「尿瓶はないだろ!あれ難しいんだよ、高いところから口につけずに口に流し込む。ロゼとか赤ワインなんだけどああやって飲むのがカルソッツにあうんだよね」  ■

(No. 9-2 「恋は盲目・愛は瞠目(2)」に続く)

今後の連載予定(あくまでも予定、変更ありうべし):
No.10 「邪悪な美(アムステルダム)」
No. 11 「絶壁の教会(ガステルガチェ)」
No. 12 「エピローグ」

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません。医学的な知識はまったくでたらめで、SFなので政治的な内容はまったくの妄想で幾ばくかの根拠もありません。


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