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SF『マルチバース調整庁SM管理局』(4)

[ (3) からの続き ]

10人ほどの乗客を乗せた惑星クルーズは、3ナノ光年ほどであっという間に宴会会場の近くの車寄せに停止した。


「あーら、遅いわね、あなたたち」

スナックぺこりんと看板がかけられた宴会場のドアをあけて、大柄の中年のオーバーロードがでてくる。

「あ、あなたが新人のMちゃんね。地球マルチバース係長のO39483です。初めまして。今日は、パーティの一日限りのスナックぺこりんのママという想定ですけど」

「ス、スナック?ぺこりん?」Mはちょっと動揺する。

係長のOが、担当地域の地球のいくつかのバースのある地域の文化にはまっているとは聞いていたが、とつぜん厚化粧で光沢のあるラメつきのドレスでの初対面は想定外であった。

「よろしくおねがいします。新人管理官Mです」動揺を隠し、どうにか挨拶をして、その大柄のドレスの人物をよくみてみると、あることに気が付く。そして言ってみる。

「係長、いえ、ぺこりんママ、目の色が7つ全部違うんですね」

たしかに、Oの目は左から、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の7色であった。

「気が付いた?あーら、嬉しいわね、これ、カラコンなの。地球からみた太陽光の虹の七色。知ってるかしら?地球の1億番台のバースの日本列島の昭和の時代にはやってたバブリーなファッション。スナックのロゴの花はオジギソウの花ね。花言葉は『デリケートな感性』、おじぎ草だから、私の名前もペコリンね」そう言ってぺこりと大きな頭を下げる。

そうそう、そうだった、Mは思いだす。係長は特に日本の「昭和期」の文化にはまっていると聞いていたんだった。

ここで解説しておくと、オーバーロードの世界は単性生殖で老化した個体が自ら次の個体を分裂させて生を繋いでいくので、地球のように雄・雌、男性・女性という両性生殖の世界と異なり、彼らにとっては生物的な「性」は存在しない。

毎回この個体分裂時に記憶がリセットされ、あたかも魂が入れ替わったかのように新しい「人格」が出現するので、個体分裂が彼らにとっての死であり輪廻転生だった。それは約5億年に一度やってくる。

それぞれの個体は、その生を受けた5億年の間に、それぞれの「個性」を自ら形作っていく。その自認していく自らの個性は、白黒、男女、強弱のような二分法ではくくれない、濃淡のグラデーションのような多様性をもったものになる。

あるものは好戦的だったり、平和を愛する協調性があったり、あるものは地球で言う母性的な包み込むような寛容さを持っていたりする。

ここでは便宜上、地球の男女言葉をそれら個性の描写に用いるが、かならずしもそれがその個体の「ジェンダー」を規定するものでもないのでご注意を。

そんなオーバーロード界であったが、単性生殖であったが文明の進化とともに、おそらく地球の異なるバースを研究対象としたことも影響して、近年、ここ3億年くらいの流行として、ある種の生きがいとしての「個体と個体の繋がり」への関心が高まってきていた。

彼らの目にとても非効率にみえた両性生殖であったが、地球での個体間の束の間の強いつながりを目の当たりにして、その「非効率さ」も彼らにとっては珍しく、あるベストセラー本の描写をきっかけに関心が高まり、その研究が進んでいた。

そして、生殖の目的そして性の欲望はまったく介在しないが、個体間で共鳴する関係はその人生を豊かにするものだという考えが、オーバーロードの中でだんだん定着しつつあった。事実、近年、ここ2億年くらいは、オーバーロード間で若年期にパートナーを選び、生活を共にするというのも、ごく普通になってきていた。

「Mちゃん、もっと飲んでね。今日は無礼講よ」ぺこりんママが、酩酊を誘う一種のビタミン液体をついでくる。

昭和のスナックがテーマの宴会場に30人ほど集まっていて、何人かはミラーボールの下でディスコ音楽で踊っていたり、Mが地球文化人類学の授業の動画でみたことのあったカラオケという機械で歌を歌っている人もいた。

宴たけなわ、騒音に溢れた会場で、Mは酔った振りをして、聞きたかったことを隣にいた同僚に聞いてみる。

「私の前任者って、なんか病んじゃったんですか?」

「あ、あのアバター発動の件ね」

声をひそめて、20億番台のバースを担当している調整官が言う。

「え、アバター介入があったんですか?それは知らなかった」

「オフレコだけど、あれよ、江戸時代の放火魔のケース。短期間の介入だったんだけど、想定外の共振が起こってしまった」

「共振?」

「あ、ペコリン係長、地獄耳だからね、この話、ここで止めときまーす」といってその同僚はビタミンカクテルを飲み干す。

まさに、そのグラスが空になったのを目ざとく数十メートル先から目にした係長が、ボトルを片手に移動してくる。

「だめよ、あんた、新人さんいじめちゃ。この子、ある意味、私の直属の後輩なんだから」そういって、係長は緑色の液体をグラスに注ぐ。

Mは聞く、「直属と申しますと?」

ペコリンは、真ん中の緑色の目をちょっとウインクさせて答える。

「あなたの担当のケース番号12億3242万7号はね、私が調整官駆け出しのころの担当だったのよ。アルゴリズムのバグで、中世イタリアの同じ都市ベローナの対立する家族の子供に転生させちゃったから大変だった。私、どうしようかと思った。それにシェイクスピアがあれを戯曲にしてしまったもんだから、SMアルゴリズムの存在が人間にばれるリスクもあったのよ」

「ロミオとジュリエットですね。あの時の担当だったんですね。

。。。でも、ソウルメイト(SM)のアルゴリズムの存在、つまり、輪廻転生して毎回難易度は異なるけどソウルメイトに会える可能性を追わせるというアルゴリズムの存在、それを人間が知ることがそんなにリスクなんですか?」

「管理システムの安定性はね、その管理方法が管理対象に悟られていないということが大事なの。。。生きていく目的がわかってしまうというのは、死ぬことと同じなのよ。。。」

その時、Mのスマホがブーンと振動音で着信メッセージを知らす。

同時に、目の前にいたペコリンママのデバイスもブーンと鳴る。

「あ、それポケベル・デザインですね?」Mが言う。

「そう。宴会のときの連絡なんて1行でいいのよ。。。あれ、警報10じゃない」

「あ、警報レベル10。大変だ、あのペアですね」と、Mは自分のスマホを見て言う。

「システム安定性の危機だ」
ペコリンママの格好のままではあったが真顔になった係長がそう言う。

みんな、宴会はこれまで。危機管理メンバーは10分後に管理ルームに集合。M管理官、君もね

その頃、2億5034番目のバースの地球では、ダブリン在住のユーコ・オノが、ブエノスアイレス在住の骨董商の与那原葉子にNotes上のメッセージを送ったところであった。

アルゴリズムがシステムリスク大として隔離処理していたペアだったが、葉子がNotes上に裕子が載せたサムサラの短歌を偶然目にして、胸騒ぎのような興味を持ってしまう。調整局用語でいう「共鳴」の軽度なものを起こしてしまう。

そして、そのポストにスキをつけた葉子が載せた「キャットウーマンの壁ドン」という小説を、裕子が読むことになる。

軍政下のアルゼンチンの女性刑務所を舞台に、同性愛で投獄されていたモリーは同じ刑務所の反政府運動の幹部から情報を聞き出すことで減刑を約束される。彼女は、その幹部女性が詩人であったことを知り、関心をもってもらおうと毎晩のように自分が知っている詩について語るという筋書き。

その有名な小説のパロディの作品に多数引用された詩の中にあった、チリの女流詩人ガブリエラ・ミストラルの「別れ」の一節に、裕子も共鳴してしまう。

そして、裕子は葉子に会いに、ブエノスアイレス行きを決意する。

それがレベル10の警報の引き金となる。

「別れ」   

いま 突風に
吹き寄せられ 散らされてゆく
おおくのさよなら、
このようなものだ、どんな幸せも。
もし 神が望むなら いつの日か
ふたたび ふり返るだろう、
わたしの求める面差しが
ないならば わたしはもう帰らない。

そう わたしたちは椰子の葉をふるわせているようなもの、
喜びが葉っぱたちを束ねたかと思うと
すぐにみだれ散ってゆく。

「別れ」ガブリエラ・ミストラル(田村さと子訳)より抜粋
『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』(小沢書店、1993)


(続く)

連載リンク:

(タイトル写真はギャラリーでスナックで検索してでてきたものからいい感じのを拝借)

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門





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