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SF『マルチバース調整庁SM管理局』(3)

[ (2) からの続き ]

ソウルメイト(SM)管理局の新人管理官のM23943は、分厚いケースファイルを7つの目で高速斜め読みをしていた。

たしかにケース番号12億3242万7号は、いろいろな問題含みのソウルメイト・ペアであった。

有史の記録に残っているところでも、後にシェイクスピアが題材とした14世紀のベローナでの事件を筆頭に、17世紀の江戸時代にも係長補佐が言っていたように、大火事事件を起こしていた。

ベローナでは対立する一家の娘と息子で、14歳と16歳であったのだが、強烈な、震度7くらいのソウルメイト共鳴を起こして、その結果、出会って5日で二人は死に、周りの人間達も巻き添えにされて大きく傷ついた。なによりも、後世の文豪の仕業ではあるが、このペアがやらかした「悲劇」で、後々500年以上も、話に触れる人々の心を不安定にさせているという功罪がある。

江戸時代の話も、ある意味馬鹿げた行為で、江戸中で多くの人の命が奪われていた。21世紀に小野裕子と変世している「八百屋お七」は、1682年の大火で避難した際に会った寺小姓と恋仲になり、家に戻ったのち、火事があればまた会えると思い込み、翌年、放火して捕らえられ鈴ヶ森の刑場で火刑に処せられたという。こちらも、「お七吉三」の悲恋物語として、社会の不安定要素として語り継がれてしまっている。

なぜ、同じペアが何度もそうした大規模の不安定共振を起こしてしまうか謎だった。「リサーチの要あり」とメモをつけておいた。

進行中の21世紀の事例は、以下のようなもの。

和歌山で生まれ、ごく普通の日本人女性としての人生を送っていた、小野裕子、当年43歳は、大阪の大学在籍中に、アイルランドからの留学生と恋におちる。これはソウルメイト共鳴ではなく、通常の出会いによる偶然性の発展であった。

ダブリン出身の留学生ジョン・レモンは、思い込みが激しく、自分のソウルメイトは裕子しかいないと、猛烈に求愛して、結果、二人は結婚してダブリンに住むことになったのが20年近く前。

結婚式では、「え、オノ・ユーコとジョン・レモン?ちょっとできすぎた組み合わせのカップルじゃない?」と揶揄もされたが、そんなことはおかまいなく二人は幸せだった。

そして二人の間にショーンという可愛い男の子が生まれる。

日本文学専攻だったジョンは失業中だったが、職探しの結果、アイルランド共和国空軍の通信士として職を得る。仕事で家を不在にすることが多く、だんだんと二人の仲は冷めていき、結局5年で離婚となったが、二人の息子への愛は変わらず、共同親権者として、仲の良い友人のような心が安定した関係でショーンの成長を支えていく日々が続いていた。

そんなとき、裕子は、前から絵を描いたり、文章を綴ることは好きだったのだが、たまたまみるようになったNotesという文章やイラストをポストするSNSに、書きためておいた詩やエッセイを上げてみることを始めた。

2022年秋に、ポストしたのが、この問題となっている短歌である。

サムサラの
契りの記憶か
吹く風の
香り懐かし
しばし佇む

作 小野裕子(ダブリン在住)(注) 


サムサラは「輪廻転生」を意味するサンスクリット語。

「なぜこの風の香りを懐かしく感じるんだろう。輪廻のどこかで出会った大切な人の記憶だからではないだろうか」というような内容の短歌。

これがあっという間に、原語の日本語でまず1300万のスキを集め、その翌月には、自動翻訳でNotesがアクセスある世界人口の4割にあたる30億人のうちなんと18億人がスキを押すことになる。この異常なバズり方は、BBCでもとりあげられる。

ここで、オーバーロードの調整庁で最初のフラグがたつ。

「輪廻転生のアルゴリズムが地球人の研究対象になって部分的解明が進んで、システムを不安定にするリスクあり」そう前任者はコメントしている。それが2023年の1月。

管理局としては、安易に個別是正に走らず、あくまでもモニター分析を続けることにしたが、2023年にはいって、ソウルメイトの片割れ、アルゼンチンのブエノスアイレスに裕子の8歳年上の日本人女性として配置してあった与那原(よなばる)葉子がこの短歌の存在を知ることとなり共鳴を起こしたことから、急にリスク査定が10段階の9までに格上げされる。

葉子は、ベローナではロミオ、江戸では吉三であった人物だが、今世ではアルゴリズムが女性として北海道の酪農農家の一人娘としてアサインした。東京の大学を文学を専攻し、20年前に留学先のアメリカで知り合ったアルゼンチン人の夫とブエノスアイレスに移り住んでいた。

管理局のアルゴリズム的には、裕子と葉子は今世でも危険なペアとして「隔離」あるいは「低確率出会い」の処理がなされていた。

葉子は、離婚後にブエノスのレティーロ地区で骨董屋を始めていたが、Notesには、気が向くと、骨董屋での日々のちょっとしたできごとや、短編の小説を書いて載せたりしていた。

アルゼンチンの20世紀の作家のマヌエル・プイグが大好きで、代表作『蜘蛛女のキス』をもじった、『キャットウーマンの壁ドン』なんていう短編も書いたりしていた。その短編のスキは17個。そこに、裕子のスキが入っていたのである。リスク査定は急に8に上昇。

そして、その裕子のスキをなにげなくみた葉子が、裕子のプロファイルをクリックしてみる。

裕子の写真はなく、あらいぐまのぬいぐるみが載せてあるだけであったが、固定して表示してあったポストに、億単位のスキをあつめた、サムサラの短歌があった。葉子はそれを読んでしまう。リスク査定は、9に上昇する。

そこまでケースを読んだところで、係長補佐のP35445から声がかかる。

「Mさん、そろそろ行きましょうか。係長主催のあなたの歓迎会。会場の星までは惑星クルーザーならすぐですけど」

(続く)


タイトル画は、Note Gallaryで「骨董」で検索して出てきたなかからとびきりシックなものを拝借。

(注)この意味深い短歌は吉隠ゆきさん作のを承諾いただいた上で拝借(以下リンク)


注: この小説はフィクションで実在する人物や団体とはまったく、これっぽっちも関係はありません、SFですから。

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

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