見出し画像

SF『マルチバース調整庁SM管理局』(2)

[(1)から続く]

「このたび、ソウルメイト(SM)管理局の管理官としての配属となりました、M23943です。よろしくおねがいします」

「わたし、係長補佐のP35445です。よろしくおねがいします。さっそくですが、これ、担当していただく2億5034番目の地球でのソウルメイトの管理のリストと管理マニュアルです。50億ペアが担当になります。残念ながら前任者からの引継ぎはありません」

「あ、引継ぎはなしですか?前任者は今どこの配属に?」

「守秘義務対象情報ですが、とある病院で療養中でアクセスはありません」

驚くが、これ以上詮索するとまずいとMは察して、それは追々、同僚たちから聞き出そうと考える。

「係長にはまだお会いしてませんが、もう今日から仕事にとりかかるということで?」

「そうね。係長はいま出張中で戻りは来週だから、Mさんの歓迎会には顔をだすはずよ。来週、水曜日夜を明けといてくださいね」

と言うと係長補佐のPははじめて笑顔をみせる。オーバーロードは感情を隠すのがうまいので、ちょっとした顔面の筋肉の緩みから笑顔だとの判断をしないといけないのだが。

「係長、おもしろい方ですよ。昔担当したあるバースにあったある文化にはまっちゃって、酔って盛り上がると、今でもその時覚えた地球の唄とかひとひねりしたりするんですよ」そう言って、Pは今度は7つある目を全部細めて笑う。

「職務での留意点について説明します」また、真顔に戻ってPが続ける。

「Mさんが担当になる2億5034番目の地球は、全バースの中でも中の下くらい。進化ポイントの偏差値で35くらいです」

「人類の歴史はまだ500万年くらいですが、1000年前程からバース1億3454番でうまく推移していた『ソウルメイト制度』を導入しています」

「まだ導入後間もないため、進化ポイント偏差値向上の成果の判断は時期尚早ですが、人類がこれまで平均して25回ほど生まれ変わってきた中で、設定したアルゴリズムが初期ペアリングの出会いを調整してきています」

「ご存じの通り、基本的に生まれ変わりの過程で前世の記憶はすべてリセットされますので、新しい人生で自分のペアに会えるかどうかは、アルゴリズムがもたらす運命と、本人たちの気づきの能力に大きく依存します」

「生まれ変わりは人間だけですか?生存期間とかは?」

「当初は哺乳類全般にしていましたが、900年前から人間に限定してますね。さすがにタヌキとカバではかわいそうだという判断で。

性別はバリエーションあり、必ずしも生殖目的の男女とは限りません。同性のケースもあり、片方がアセクシュアルでメイティングに無関心という想定の世もあります。

生存期間はなるべくペアをオーバーラップさせて生まれ変わらせますが、アルゴリズムが年齢を30歳とかずらしてセットすることもよく見受けられます」

「ソウルメイトに会える確率は、このバースでは3割ほどだとききますが」

「そうですね、33.2%がソウルメイトに出会えたという気づきを得た人生をおくる結果となっていますね」

「それって低くはありませんか、3割。バースの進化には、たとえば5割とか6割でソウルメイトに出会えたほうが生産性が高まるのではと思うのですが」

「基本方針は立法府が決めた法律ですから。私たちはそのルールを執行するだけです。このバースには25%から35%の邂逅率というのが管理法39条で決められてます。

まあ、管理官をやってそういうところが素朴な疑問としてでてくるのはよくあること。今度の飲み会でオフレコで語り合いましょう」そう言ってPは微笑む。

「はい。我々みたいに単性生殖の生物体からみたら、この両性型の非効率さが目立ちますが、その理想のペアリングが3割というのが更に非効率だなと思っただけです。ぜひみなさんの意見を聞いてみたいですね」

「それで、管理官の職務ですが、基本は、アルゴリズムのなんらかのバグで想定外となるエラーがでることをモニターして対処すること。

あまりにも簡単すぎる邂逅や、わけもなく引き裂かれるかわいそすぎる事象などへ対処することです。

それらを個別にケーススタディして、アルゴリズムそのものの改善案を用意するのも仕事です。個別事例に『介入する』ことは滅多にありません。あくまでも観察してシステム全体への影響を分析するのです。また、アルゴリズムの改善についても、安定性が重要なのでアップデートは滅多にありません。現行のものがバージョン7です」

「へえ、1000年でたった7回ですか。そんなもんなんですか」

「改定理由の一番大きいのは、交通の発達や情報伝達の発達からの影響ですね。

たとえば、ある人生で問題起こして数ライフくらいほとぼりを冷ますべきとアルゴリズムが大陸を変えて配備したペアが、20世紀以降は飛行機の発達でいとも簡単にあえてしまうとか。

出会い系アプリの普及で、優れた検索エンジンがソウルメイトのペアを見出して簡単に結び付けてしまうとか」

「たしかに、文明の進化とともにいろんな想定外事例が増えそうですね」

「おもしろい話しましょうか?」Pが謎めいた微笑とともにいたずらっぽく言う。

「え?」

「おもしろいことに、ソウルメイトの邂逅に一番効果がでてしまったのは、出会い系アプリでも、写真からビデオ、そしてインターネットの普及を通じた動画の拡散でもない、我々にとっても意外なものだったのです」

「合コンの広がりとか?お見合いパーティとか?」

「地球の文化をよく勉強してますね(笑)。はずれです。

意外だったのは、昔から存在した伝達手段『文字』、より正確にいうと小説や詩のような『言葉による創作』だったんです。

そうした文章の創作物は、20世紀までは、詩集や小説本の形で書き手から遠く居る相手にまで届くことはありましたが、それは一部のプロの話で、なかなか普通の人が綴ったものが接触のない相手に読まれる確率は低かったんです。

それが21世紀にはいって、SNSや創作サイトみたいのがでてきました。普通の一般大衆がそれぞれ自らの思うところ、夜な夜な心から湧き出てくる思いとかを詩や小説などフィクションという形で綴って載せる。そうしたものが普及すると、ソウルメイト・ペア遭遇率が突然上がって来たのです。見てください、これがグラフです」

「へえ。。。深く思うところを文字で創作という形で書く、相手はそれを見いだし、読んでソウルメイト共鳴するんですかね。おもしろい」

「今のところの仮説は、言葉による創作の過程で、アルゴリズムがフィルターをかけて海馬の記憶の奥深いところに閉じ込めておいた『前世までの記憶』が、どうやらフィルターの封じ込めを越えて染み出してくるようなんです」

「それは。。。書き手が無意識の内に前世の記憶を蘇らせて、その断片を織り込んで創作を綴っている。それを読む人も読むことが触媒となって自分の前世の記憶を蘇らせる。それでその深い部分でのサインを見出して、共鳴してソウルメイトだと気づく、ということなんでしょうか」

「たとえばこんな例があります。江戸時代の日本で世間を騒がせたこじらせ型のこの女性、恋人に会いたいと家に火をつけてそれが江戸の大火になってしまったんですけど、アルゴリズムが次はボリビア人にして相手はスリランカ人にしたので19世紀は出会いがなかったんですけど、その後、今なんですけど、なぜかアルゴリズムが二人を同じ日本人にしたんですが、ちゃんと出会いがまったくないように遠く離して設定したのに、どうやら見つけたようなんですよね、このNotesという創作サイトで」

「また大火事事件に?(笑)笑いごとではないですね、失礼しました」

「現在進行中。ケース番号12億3242万7号です。Mさん、これ、あなたの担当ですから」

(続く)

連載へのリンク:


https://note.com/rubato_sing/n/n2414941beb3d

タイトル画は、Noteで「カバ」で検索した中から、一番ほのぼのしているのを拝借。

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?