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近未来SF連載小説「惚れ薬アフロディア」No.7-1 出逢い(1)

Previously, in No.1-6 (月1更新で全12回程度の予定):

     *     *     *

2054年11月、それまでのリュイスの治験データのとりまとめも進んで、月末のエウスカディ(バスク)共和国首都のドノスティアでの学会での発表にどうにか間に合いそうだった。

バルセロナからドノスティアまでは藻燃料旅客機で飛ぶか、昔ながらの電気式旅客電車で行くかの選択があったが、リュイスは敢えて電車を選んだ。

早くして病死した両親と自分が幼い頃に電車で行った旅行の思い出があったこともあるが、5年近く会っていなかった母方の叔母がスペインのリオハ州の中心都市のログローニョに住んでいて、それがちょうど中間点にあったので、そこに1泊していけばバスクまでの8時間の電車旅が4時間づつになるからという理由もあった。

あいにく、バルセロナのサンツ駅で正午の電車に乗った時は雨だった。車窓から電車と並行して走るエブロ川が雨で煙って見えたが、目を凝らすと川の向こうの細い舗装していない道を歩く人が数人見えた。フランスから南に下ってきてさらに西のサンチアゴを目指す、星の巡礼の人たちのようだった。

AIの導入が進んでより単純作業から解放されるようになった人々の間で、この20年くらい、自由になった自分の時間を巡礼のようなスピリチャルな活動により振り向けるのが流行りとなっていた。データ処理で徹夜の作業が続いていたリュイスにはちょっと羨ましかった。まだまだ医療の新薬開発現場はAIの導入が遅れてるなとつくづく思った。

両親の死後に世話になった叔母とも5年も会っていなかったが、ログローニョの小さな駅のホームに来てくれていた。当たり前だが5年会っていないと叔母も年を取っていた。もともと小柄だったが、さらにちょっと小さく感じた。

「私の甥っ子リュイシート、今日はピンチョス・バールを梯子するわよ」喋りだすと、叔母は元気いっぱいでまったく年を感じさせなかった。

名物バールが並ぶローレル街のすぐそばにある叔母のアパートに荷物をおろして窓の外をみると、既に雨はあがっており、きれいな虹がみえた。弧を描いたパーフェクトに半円の虹を見たのは最後はいつだっただろう。リュイスはその虹に見とれた。

叔母が宣言したとおり、美味な肉やシーフードのピンチョスを3軒ほど梯子してリオハのワインをしこたま飲んで叔母のアパートに戻ると、既に午前4時をまわっていた。数時間仮眠して朝7時に腕時計の目覚ましで目を覚ますと、窓の外に、燃えるような朝日が見えた。

学会のメインイベントと期待されている自分の研究発表がきっとうまく行く。

それを暗示してくれている、昨日の虹とこの朝焼けなんだ。リュイスはそう自分に言い聞かせた。

(作者より: 去年撮った実写動画ネタがあったので、ちょっと脱線しました(汗)まあ、30年後もこれまで保存されてきたログローニョの美しい中世の街並みは今と変わってないでしょう)

 * * *

同じ頃、EU各地から学会に招待された治験者とそのガーディアンたちも、エウスカディ(バスク)のドノスティアを目指していた。

飯野朋美とノエリア・プジョルは、ライオン・エアーの直行便でニューポートからドノスティア空港へ旅立った。

3時間弱のフライトで最初は雨雲の中かなり揺られたが、左手にピレネーの山々が見えるようになったころ、窓際席で窓の外をみていた朋美が声をあげる。

「ノリー、見て!虹よ」

「わあ、綺麗。まんまるの虹ね」
隣に座っていたノエリアが身を乗り出して言う。

「でもね、これ厳密には虹というか、ブロッケン現象っていうのよ。去年付き合ってた高校の理科の教師の彼が言ってた」とノエリア。

「初めて見た。とても綺麗。オーロラみたいに神秘的ね」

「オーロラは大げさだけど、綺麗だわよね。あなたの素敵な出会いの予兆かしらね」

ノエリアは微笑む。

朋美は、学会で出会いがあるとは全然思っていなかったが、薬のせいか、ちょっとドノスティアに行くことに既にワクワクしていた気持ちの高ぶりが虹をみてさらに高まったような気がした。でもそのことはノエリアには言わずに違うことを答えた。

ドノスティアって素敵な響き

「もとのサン・セバスチャンよね。バスク語でも同じ意味みたい。でもサン・セバスチャンは明らかにスペイン語だから、独立前から地元の人はドノスティアを好んで使ってたようだけど。いまは晴れてエウスカディの首都のドノスティア」(注)

二人の乗ったライオン・エアーの三菱重工製のM-37は、光り輝くビスケー湾を旋回しながらドノスティア国際空港へと着陸態勢に入っていった。

(「出逢い (7)-2」へ続く) 

(作者より: ちょっとこの章「出逢い」は小出しにリリースしていきます(あとで1つにまとめるかもしれないですが)、なんとなく)

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません。医学的な知識はまったくでたらめで、SFなので政治的な内容はまったくの妄想で幾ばくかの根拠もありません。

注 スペイン語の「サン・セバスティアン」とバスク語の「ドノスティア」はまったく異なる起源をもつ単語にみえるが、いずれも聖セバスティアンに由来する。バスク語の地名におけるドナ/ドノ/ドニ(dona/dono/doni)という要素はラテン語のドミネ(domine)に由来して聖人を意味し、ドノスティアの後半部分は聖セバスティアンの短縮形のスティア(stia)である (wikipedia)

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