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凱旋門+エッフェル塔=通天閣らしい【東京人は大阪を好きになりたい#1】

明確な目的を定めず自転車を走らせることをポタリングと言うらしい。

「のんびりする」という意味があるイギリス英語『putter』に-ingをつけた和製英語。

サイクリングやツーリングではダメなのか?と思ってしまうが、より緩い、ヘルメットする、しないみたいな差だと思う。(道路交通法ではヘルメットの着用は努力義務だ)

こういった軽い気持ちで始めたい人に向けた言い訳言葉はありがたい。おかげで心置きなく自転車に乗れる。

というわけで、雑な気持ちでロードバイクに跨り、通天閣へ向かうことにした。

コテコテイメージは江戸時代から

まず、前提から。

大阪では市内を「キタ」「ミナミ」と分けて呼んでいる。大阪梅田エリアをキタ、大阪難波エリアをミナミだ。(ちなみにミナミはKONAMIと同じイントネーション)

通天閣はミナミに位置しており、近くには心斎橋、天王寺、阿倍野が連なる、大阪を代表する繁華街のひとつになっている。

元日本一高いビル/あべのハルカス

なぜ、最初のポタリングにこの地を選んだのか。それはコテコテの大阪といえば通天閣という、漠然としたイメージがあったからだ。

ツルピカのおっちゃんが「あんちゃん!たこ焼き食うていきな!」とオマケをしてくれるような。

豹柄のおばちゃんが「かまへんから飴ちゃん持ってき!」と声をかけてくれるような。

どこからともなく「なんでやねん!」とツッコミが聞こえてくるような。

なぜこのような刷り込みがあるかは不明だが、そんなイメージがあったため、ファーストインパクトとして、通天閣を選んだ。

このイメージ、調べてみると江戸時代からの名残りらしい。

当時のミナミでは芝居小屋が置かれたことで、町人が集まっていた。人の動きが店を作り、茶屋を生み出す。同時期に遊郭も生まれ、庶民の街として進化を遂げていった。

それから、400年あまり。

どれだけ歴史が変わっても、庶民のミナミという色は変わっていない。

ビジネス街であるキタに対して、ミナミは通天閣・新世界を代表するように飲食店、小売店が立ち並び、「買うも食べるもミナミでしょ」といった具合である。

100年以上続く老舗も多い。ミナミにはつま先から頭のてっぺんまで庶民の大阪に浸かりきった人が山ほどいるということだ。

これはコテコテせざる負えない。The大阪といって差し支えないだろう。

果たして生きて帰れるのだろうか…。

CLUB TSUTENKAKU

腹が減っては戦はできぬ。

そういった訳で大阪名物かすうどんを食らうことに。

やっぱり白だしが好き

かすうどんとは、揚げた牛ホルモンがドサッと白だしうどんに入れたもの。脂分が飛ぶまで揚げているためカリカリの香ばしだ。

一口食べてみる。

・・・

もうひと口。

・・・・・

美味しい。確かに美味しいのだが白だしのあっさりすっきりをホルモンがぶち壊してる。沖縄の新成人くらい暴れている。

◇◇◇

ムリに階段3段飛ばしに挑んで足を挫いたような感覚に苛まれながら、降り立ちました通天閣。

初めて見た時はあまりの“大阪”に絶望した

意外と小さい。

高さ103m。東京タワーの3分の1、名古屋テレビ塔の2分の1らしい。圧迫感は1位なのに。

入口に向かうと早速、見つけてしまった。うるさい看板。角ゴシックと丸ゴシックのハイブリッドで出迎えてくれた。

立体物であることにも驚いた

さらにタワーに登ろうというのに地下へ下らされる。

「わくわく」かどうかをそっちが決めるな

列に並んで気がついたことがある。

意外にも地元民と思われる人が多い。時勢的に観光客が少ないということもあるが、きっと家族連れなどのお休み定番スポットなのだろう。

実際、大量の子どもが通天閣にはいた。こうやって大阪人が形成されていくのか…。

そんな幸せ家族を横目にひとり展望台へ登ると……。

原寸大ミニチュア電車
うねる阪神高速
奈良県との境、生駒山

見える、見える、大阪の街並み。

俯瞰することで心理的距離を置けた。電車、高速道路、山々。とても良い。

生活が見えるものが好きだ。大袈裟な演出がいっさいない自然なものが好きだ。だからこそ、電車や道路、山には感じるものがある。

なんだ、ちゃんと好きなものがあるじゃないか。

大阪に来て初めて安堵といっても過言ではない。ここでの生活に少し希望を見出しつつ、展望フロアひとつ下の階に降りた。

ん?
んん?

なにやらネオンが煌びやかに道導をしている。ミラーボールが輝いている。おまけにクラブミュージックがガンガンになっている。

先ほどとはうって変わり、ハデハデアッパーフロアに来てしまった。

大阪人はなぜか“ヒカリモノ”が大好きなんや〜。4階光の展望台は夜になると派手な照明とミラーボールで超ノリノリのディスコフィーバーな展望台へと早変わり。

通天閣オフィシャルサイト館内案内より

ここは江戸時代から続く商いの街。金→金色→ヒカリモノと安直な連想できる。

そして、超ノリノリのディスコフィーバーな展望台とは。

だが問題はそこじゃない。

やりすぎなのだ。とくにBGM。シンプルにボリュームが大きい。ローがガッツリ鳴っている。

・・・ああぁダメだ。お腹痛くなってきた。トイレに行って、早く降りよう。

地上84mでうんちして帰った

結論、距離感が大切

真正面から大阪に立ち向かった。頑張ったが、結果はお腹が痛くなり終了。完全敗北だった。

だが、成果がなかったわけではない。遠くから眺める分には十分に楽しめた。3Fに展示されていた「通天閣の歴史」はとても興味深かった。

1912年、近代化の象徴として建てられた初代・通天閣は、凱旋門の上にエッフェル塔を乗せた形をしていた。

美味しいモノと美味しいものは一緒に食べたらもっと美味しい。ハンバーグカレー理論みたいな話だ。当時のお偉いさんが周囲の反対を押し切ってこのデザインになったという。

引用:https://hitotsuya.com/tsutenkaku_01/

まさか当時からハデハデ思想。そして、欧米文化への憧れが強かった時代を象徴するような話だ。

それ後、戦時下の鉄不足により解体、1956年に二代目・通天閣として復活。市民の憩い場、希望として鎮座し続けている。

近代化と復興。大阪の飛躍を見守り続けてきた通天閣。

歴史を知れば、見方が変わる。単なるハデの賑やかしではなく、威厳と風格、そして時代が変われどその場所に在り続けた強さを感じた。

「好きな場所」と大手を振って言えるほどではないが、偏見は少し変わったと思う。

人を見た目で判断するな。

よく言われていることだが、街においても同じだ。足を運び、手で触れ、肌で感じた上で判断していこう。

その上で、、、

クラブミュージックだけは本当に許せない。

ミナミ探訪記

最後にスナップとして、通天閣を降りてからの探訪記を。

レトロととるかボロいととるか
路面電車は浪漫電車
圧倒的シンプルな作りの駅
難波はなにわとも読めるためひらがな表記になった
ウォーズマンことラピート
最高の建物・高島屋

次回はキタ・梅田エリアに。かっこいいビル群が楽しみ。

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