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世界観に圧倒される 茂木健一郎氏『生きがい』の感想

「落ち着きがない人だな(笑)」と、たいへん失礼ながら思ったものでした。それは、茂木健一郎さんが某報道番組のコメンテーターとして出演されているのを見ていたときのことです。しかし本書の世界観は、そのときの印象とあまりにも違ったので驚きました。そしてそれとは少し違うかもしれませんが、「落ち着きがない」というのは、本書の訳者・恩蔵絢子氏が、茂木さんのやりたいことに何でも手を広げる生き方についてあとがきで述べていたことでもあります(こちらは失礼ではないはず)。
この本は海外向けに、著者の茂木健一郎さんが英語で書いたのが最初で、それを逆輸入して日本語にしたものです。

副題が「世界が驚く日本人の幸せの秘訣」とあります。世界から俯瞰して見た、日本人や日本文化の素晴らしい部分を伝えています。茂木さんは、東京で生まれ育ったそうですが、世界の街を歩き回ってきて見えた視点から物事をとらえていました。非常に幅広い視野と同時に鋭い視点だなと全体を通して思いました。

本書はページ数は少なく(文庫本だからか(!)←後で気づいた)、しかも平易で読みやすかったのですが、エッセンスがつまっていました。扱っている事例も、日本にいて、名誉なことなのに知らなかった事実ばかりで、興味深く、好奇心をかきたてられました。
実際、自分でもネットでさらに詳しく調べてみたことが多くあります。そのなかでも日本で三つしかない、中国の幻の陶器「曜変天目茶碗」についてはたいへん興味深く、しばらく本書を読み進めることから脱線していたほどです。

【ネタバレ】本書全体を通してのテーマである、<生きがい>の大事な五本の柱というのは、やさしい表現でしたが、最初はどうやって生きがいにつながるのかはピンときませんでした。読んでいくうちにだんだんと理解できて、目からうろこでした。その五本の柱というのが以下です。
・小さく始める
・自分を解放する
・持続可能にするため調和する
・小さな喜びを持つ
・<今ここ>にいる
読んでいくうちに分かると思いますのでぜひ。

よくある成功哲学とはまるで別次元の内容でしたが、大事な柱の一つ「持続可能にするために調和する」にもあるとおり、本書の内容は歴史にも触れ、非常に長期スパンで見ています。

そもそも<生きがい>と<こだわり>は日本独自の言葉で、英語で厳密に訳そうと思っても一語で表す言葉がないそうです。ここで<こだわり>も本書のなかで<生きがい>と同じく重要なテーマになっています。

ネタバレですが、本書の内容にある、日本の素晴らしい部分を紹介していきます。
・高級寿司屋「すきやばし次郎」の店主、小野二郎氏の話。
著者曰く、小野さんは寿司を作る作業自体、お客さんの表情一つ一つが生きがいなのだといいます。そこから際限なく、こだわりを持って努力できるのです。現在では世界的に有名な寿司屋ですが、小野氏は貧しい家庭だったそうで、できる選択肢として最低限の設備が少ない寿司屋からはじめたそうです。つまり最初から大きな目標があったわけではなく、ひたむきに寿司を作ることに生きがいを見出し、努力を苦とせず、改善に改善を繰り返して、現在にまで至ったのだろうということです。「死ぬときは寿司を握って死にたい」とまで語ったそうです。

 このほかにも多岐にわたる事例が紹介されています。日本人の〈こだわり〉や〈生きがい〉が表されている例で、品質向上とは次元が違う、ただならぬものばかりでした。

・朝早く市場に出てくるマグロ仲買人。最高のマグロを選び抜くこだわり。
・「千疋屋」の極上のフルーツ、例えば一個一万円のメロン。フルーツ農家や千疋屋のこだわり。
・中国から渡ってきた幻の陶器「曜変天目(ようへんてんもく)茶碗」の再現の試み。冒頭にも書いたが、日本に三つしかなく、国宝指定されている。
・宮崎駿のアニメのこだわり。
心理学で「フロー」という心理状態が紹介されていた。夢中になって没入している状態をいい、おそらく宮崎駿氏はフロー状態でアニメを制作していると思われる。
・ウイスキー作りのこだわり。樽ごとに微妙に違う風味を最高の調和を生み出すようにブレンディングしている、サントリー「響」の責任者。
・千年以上も続いている伊勢神宮の式年遷宮。二十年ごとに本殿を立て替えている。
・明治神宮もすごい。さら地だったところに、100年後の現在のように心休まる森となるよう、当時設計した人たちがいる。
・宗教のぶつかり合いがない日本。海外のものをうまく溶け込ませてしまう。八百万の神を信じる思想も影響しているのかもしれない。
・コミケの圧倒的な盛況ぶり。過労が問題になる、現代日本での生きがいを見つけることができる。
などなど。

ここで、少し疑問も出てきました。副題のように、「日本人の幸せの秘訣」とは言っています。けれどしばしば言われることとして、日本は恵まれた国ながら(治安がよくて安全、生活が便利、経済的な生活水準が高い..など)、人々の幸福度は低いというデータがあったし、自殺者の数も問題になってるのではなかったか、、と頭をもたげてきました。本文では、これに関しては言及がなかったけれど、私たち日本人や先祖の方々や日本文化をよく観察すれば、これだけの幸せのヒントが隠されている、ということが本書のメッセージなのだろうと思いました。日本人や日本文化は独特なところがあるというのは知っていたつもりでしたが、世界に誇れることがいっぱいあるのだと改めて認識させられました。

本書は、日本の素晴らしいところが書かれているのですが、諸手をあげて自分たちを誉めているとは限りません。現状も見つめ、自分たちも自覚できていない幸せに生きるヒントを、しっかりと自覚させてくれる本でした。


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