見出し画像

【新潟地区】 若い移住者からみた「かみえちご」の役割

異常ともいうべき猛暑が続いていた2023年の夏。ろうきん森の学校新潟地区で若者が関わる活動について問い合わせたところ、ユニークな若者がボランティアスタッフとして活躍していると聞き、9月上旬に上越市くわどり市民の森で話を伺った。

今回話を伺ったのは、古岩樹(ふるいわ いつき)さん。かみえちご山里ファン倶楽部(以下、かみえちご)の活動を手伝う傍ら、専業農家を目指してコメ作りを中心に目下研修中とのこと。くわどり市民の森管理棟に着いて挨拶をすると、真っ先に出迎えてくれた。小柄で若く、学生のようだというのが第一印象だ。

古岩 樹さん

古岩樹(ふるいわ いつき)さん
1998年千葉市生まれ。小学校3年生の時に授業の一環で取り組んだバケツ稲栽培をきっかけに、田んぼや農業に興味を持つようになる。農業高校卒業後、自然環境系の専門学校を経て卒業した2021年に、インターンシップ先の上越市に移住。専業農家を目指し目下研修中。

【バケツ田んぼが農業との出会い】

「小学校3年生の時、授業でバケツに入れた泥の中に苗を植えて「マイ田んぼ」を作りました。バケツの水の入れ替えが大変だったけど、ちゃんと収穫できました。面白いと思って、翌年は庭に畳一畳ほどのミニ田んぼを作って収穫しました。その時からかな、コメ作りとか農業に興味を持つようになり、中学2年までマイ田んぼを続けました。」

その後農業高校に進学した古岩さんは、1年生でコメ作りを学んだ後、2・3年生では野菜専攻で園芸を学んだ。千葉県は首都圏に近く気候が温暖なため、野菜や花卉(かき)など園芸農業が盛んだという。高校卒業後は都内の自然環境系の専門学校に進学した古岩さん。農業からなぜ自然環境系に進んだのだろうか。

その質問に対して古岩さんは、「農業を学ぶうちに獣害対策に興味が出てきて、それをする技術者(猟師)になりたいと思ったので。」と答えてくれた。高校時代、珍しい射撃部に所属していたこともあり、獣害対策に射撃で貢献できるならという思いで、野生鳥獣の管理技術を学べる専門学校へ進学したのだという。

【かみえちごとの出会い】

そんな古岩さんとかみえちごの接点は、実は身近な人の存在だったという。専門学校の同級生には、現在かみえちごスタッフの小口さんがおり、また事務局長の松川さんも同じ専門学校出身の先輩であるという。そんな縁で、学生時代にインターンシップで初めてかみえちごに訪れた。
当初は農業というよりは、かみえちごが取り組む里山保全活動に興味を持っていた古岩さんだったが、インターンシップで地元農家の板垣さんと出会ったことが、その後の人生を変える転機となった。

かみえちごの協力の下、地元生産組合が主催した「くわどり秋の収穫祭」というイベントの打ち上げの際、板垣さんの隣に座った古岩さん。板垣さんが農業後継者を探していると聞き、詳しく話を聞いた。2019年の秋のことだ。

翌年2020年の秋、板垣さんの田んぼで稲刈り体験をさせてもらったことを機に、農業に本格的に取り組んでみようと思うようになり、専門学校を卒業した2021年春、上越市に移住したのだった。
農業研修生として板垣さんの下で働いて給与を得ながら、上越でのコメ作りを一から学び始めた。

【コメ作りの専業農家を目指して】

今年2023年は、古岩さんがコメ作りに取り組み始めて3年目を迎える。師匠の板垣さんはコメ作り以外にも畑で30種類以上の野菜を栽培しており、近くの直売所に出荷している。春は山菜類、冬前は大根が主力だという。古岩さんはコメ作りと並行してこうした野菜づくりも学んでいる。

来年2024年春には、板垣さんが集落のコメ作りを引退した方々から借りている約3.5haの水田を、古岩さんが引き継いで借り受け、独立して本格的な農業経営を始めるという。野菜作りは稲作の合間に試験的に取り組み、どの時期にどんな野菜を作るか研究していくのだそう。

コンバインを操作して稲の収穫をする古岩さん

古岩さんが受け継ぐ水田は、パイロット事業として圃場(ほじょう)整備された場所で、3.5haがまとまっていて作業しやすい。また板垣さんが10年以上にわたって地権者と信頼関係を築いているため、引継ぎもスムーズだという。
今年67歳だという板垣さん。地元の専業農家としては比較的若いが、5~10年先を見据えると早く後継者を探して育てておきたかったのだという。

上越地域でも例年にない猛暑となった2023年夏。収穫量は例年並みになりそうだが、高温が続いたため品質の低下が心配だと古岩さん。コメ作りのポイントはどんなところなのか聞いた。
「水管理ですね。雑草の管理の際に除草剤を使うのですが、その際に水が張った状態を維持することが重要なんです。また中干(なかぼし)のタイミングと、土壌中のガスを抜くために入水を止め、田面が水から顔を出す時間を設けることも大切です。」
水管理以外に畔の草刈りも、害虫であるカメムシが付くため、最低2回は必要だという。それに加えてイノシシが畔を崩したり泥浴びをするため、電気柵の設置と管理も重要だ。獣害対策の一環で地元の猟友会に所属して一緒に狩猟に参加している古岩さん。猟銃を持っているがまだ自らの手で仕留めたことはない。
コメ作りを始めて3年目だというのに、はっきりした受け答えが実に清々しい。

くわどり市民の森で説明する古岩さん

【移住の決断させた、かみえちごの役割】

古岩さんにとっては、縁もゆかりもない上越地域。最初はどのような印象だったのだろうか。一番初めに来たのが2019年11月で、収穫祭の準備と当日の手伝いがとても印象的だったという。
「収穫祭は地元の方が店を出して中学生も手伝っていました。そして地元の方が買いに来るというのが、都会出身の自分には新鮮でした。高齢の方が多いのだけど、皆さんとても元気な様子に驚きました。」

インターンシップで野菜の重さ当てクイズを手伝う古岩さん(左)

実は上越地域以外にもインターンシップに行っており、和歌山太地町や千葉県館山市の地域おこし協力隊(獣害対策)も体験したという。しかしながら、これらは農家のサポート役が多く、実際に農業生産をしながら獣と向き合うほうが自分には向いているのでは、と思ったそうだ。

上越地域に移住を決めた理由は何なのか。不安に思ったことはなかったのだろうか。
「確かに知らない土地に行ってなじめるかどうかはとても不安でした。ただ、最初かみえちごの事務所2階に空き部屋があり、そこに住んだことで地域の方との接点ができていき、不安が解消されました。」

ここ上越市の桑取地区は海も山も近く、古岩さんが思い描いていた移住先の理想的な条件が揃っていた。古岩さんにとって「かみえちご」は、どのような役割を果たしているのだろうか。
「私のような移住者と地元との間に入ってつないでくれる役割が心強かったですね。地元の方々への挨拶も、かみえちごが間に入ってくれました。そのため皆さんも『かみえちごが紹介する人なら大丈夫だろう』という目で見てくれたと思います。かみえちごがいなかったら、何をどう立ち回ったらいいか、全くわからなかったと思います。」

かみえちごが移住のコーディネーター役を果たしているのだが、実はかみえちごスタッフの多くが移住者であるということが重要なのではないか。自身が移住を経験しているからこそ、移住者の気持ちがよくわかるのだろう。

【かみえちごとの関わり】

古岩さんにとって、かみえちごでのボランティア活動は、農業以外の仕事もあるのが面白いという。昆虫観察会の対応や、森林整備作業、クラフト体験やわら細工などの手仕事…。農作業だけだと人と関わることが少ないが、かみえちごでの仕事は多様な人と関わることが多い。

クラフトの材料となる小枝を切る

古岩さんにとって、板垣さんや石川さん(かみえちごの理事長)のような、農業以外にも大工仕事や狩猟、わら編みなど、身の回りのことが大体できる桑取地区の方々は大きな目標でもある。
分からないことがあれば、何でも聞いて教えてもらっているとのことだが、それは古岩さんの素直な気持ちで相手に向き合う姿勢が、地元の皆さんに伝わっているからではないだろうか。

古岩さんを専門学校時代から間近で見てきた、同級生の小口さん(かみえちごスタッフ)に聞くと、
「古岩さんは働き者でよくやっているな。僕はかみえちごに就職したけど、彼は独立してやると決めて来ているから、覚悟決めているなぁと。真面目に、真摯にやっているから地域に受け入れられているんですよ。」
なるほど、インタビュー中、穏やかな表情で誠実に答える中に古岩さんが「自分の生きる道」を見据えているように感じた。

とはいえ、若手農業者が不足する中、専業農家として独立しようとしている古岩さん。同世代で悩みを共有するにはどうしているのだろうか。尋ねてみると、さすがデジタルネイティブ世代。専門学校時代の同級生や上越市内の若手農業者と、SNSを通じてリアルタイムでやり取りをしており、こうした仲間がいるのが精神的な支えになっているという。

【自分の生きる道を見据える】

ちょっと気が早いと思ったが、古岩さんに「コメ作りを通じて何を目指したいか」という質問をぶつけてみた。少し考えてから、
「山の中で土を触っていたいのかなぁ(笑)。両親が生き物(虫も)好きで、自分自身子どものころから生き物に全然抵抗がなかったんです。夏休みも千葉県内の田舎にある祖父母の家で遊んでいました。自然が遊び相手だったのが大きいかな。ここの田んぼは平地の田んぼと違い、山との境にあり、ここが荒れると人の生活圏と野生動物との接点が増えて獣害問題になります。田んぼを維持することで、自然とのいい距離感を保っていけたらと思っています。」
肩ひじ張らず、自然体で穏やかに答える古岩さん。
「田んぼを維持しつつ、できる範囲でいろいろ手を広げていきたいですね。桑取地域に貢献できることをしていきたい。」
かみえちごのスタッフも、古岩さんの農家としての成長だけでなく、地域内外との新たなつながりを作ることにも期待を寄せている。

インタビュー後、市民の森でのボランティア活動の様子を見せてもらった。クラフト体験で使う材料の小枝をノコギリで切ったり、クヌギの葉に付いた毛虫を図鑑で調べたりと様々だった。イモムシ図鑑で調べる古岩さんの愉しそうな表情が心に残った。

クヌギの葉についた毛虫を捕る
イモムシ図鑑で調べると、ツマキシャチホコの幼虫だった

古岩さんのように20代前半で覚悟を決めて、自らの道を真摯に進む姿は地域に少なからぬ影響を与えているに違いない。
渡邉さん(かみえちごのスタッフ)は、「自分の生きる道」をしっかり見据えた上でかみえちごはもとより、地域やいろいろな人や組織とのつながりを
作っているな、と感心しているという。また、農家として独立後は、かみえちごの有能なパートナーとして様々な協働事業ができるのでは、と期待している。

20年以上に亘って上越地域で活動を続けている「かみえちご」の存在は、確実に、そして着実に新規移住のきっかけを作っている。また、自ら移住の経験を持つスタッフが数多くいることが、移住を考える古岩さんのような若者にとって心強い存在になっている。
過疎化・少子高齢化が急速に進む地方で、若者の移住・定住施策が様々行われているが、地域に根差したローカルビジネス(歴史文化を伝承する体験プログラムの実施、特産品開発と販売、遊休施設の運営等)を展開するかみえちごの存在と、地域内外をつなぐコーディネーターとしての役割の大きさを改めて実感した。

報告者:大武圭介(NPO法人ホールアース自然学校)

この記事が参加している募集

SDGsへの向き合い方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?