詩学_Fotor

現代の実験心理学的知見を先取りした芸術論!?〜『詩学』

◆アリストテレス著『詩学』(三浦洋訳)
出版社:光文社
発売時期:2019年3月

アリストテレスの『詩学』は芸術論の古典中の古典として世界中で読み継がれてきました。本邦でもこれまで10種類の訳書が刊行されているらしい。
本書は近年の研究動向を参照しつつ現代の日常語に近い訳語を選んだというだけあって読みやすい和文に移し変えられています。おまけに、微に入り細を穿った注釈をほどこし、巻末の解説も180ページ近いボリュームです。
注釈を気にしなければ本文はスラスラと読めます。

本書全体を貫くキーワードは「ストーリー」。というより「ストーリー」を持つものとして叙事詩、悲劇、喜劇に限定して考察の対象としています。詩作が素晴らしいものとなるために「ストーリー」はどのように組み立てられるべきか。それが本書のメインテーマ。
ちなみに「ストーリー」の原語は「mythos(ミュトス)」です。

アリストテレスは「ストーリー」を「単線的なもの」と「複雑に絡み合わされたもの」に区分しました。後者の要素として「逆転」「再認」「受難」などを列挙しているくだりは本書の読みどころのひとつでしょう。

そして初学者にとっては、プラトンの『国家論』との対比で『詩学』を読み解いていく解説が『詩学』の時代背景を理解するのに極めて有益です。

『国家論』では、理想の国家を建設するためには詩人は有害であるとして詩人追放論を唱えたことはよく知られています。悲劇や喜劇の呼び起こす感情は魂の非理知的部分だけを満足させるにすぎないというわけです。

『詩学』はそれに対する応答ともいえる書物で、反論が用意周到になされています。アリストテレスは憐れみや怖れを認知的な感情として積極的に捉え、感情が理知的部分を滅ぼすという考え方を斥けました。

芸術活動を、人間の自然本性に由来する「模倣」と捉えることは、アリストテレスの思想にとって極めて大きな意味を持ちます。ゆえに本書では、従来、芸術活動の意味での「模倣」が「描写」や「再現」などと訳されてきたものを含めてすべて「模倣」という訳語で統一しています。

アリストテレスは模倣を人間本性に即した活動として大いに肯定し、それに伴う感情的な「快」の積極的意義も同時に認めたのでした。

ちなみに今日の実験心理学では、感情が理性を方向づけるのであって逆ではないことを実証する研究報告が提起されています。その意味では感情の働きを重視したアリストテレスの識見は正当なものであったといえるでしょう。

また解説後半で『詩学』が近代文芸や美学に与えた貢献、逆に現代思想からの批判について言及している点などもたいへん参考になりました。光文社古典新訳文庫ならではの一冊です。

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