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本読みの記録(2018)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2018年刊行の書籍。
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2018年8月の記事一覧

「非現実的な理想論」を実現する〜『核兵器はなくせる』

◆川崎哲著『核兵器はなくせる』 出版社:岩波書店 発売時期:2018年7月 2017年のノーベル平和賞は核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に授与されました。授賞理由は、核兵器禁止条約をつくるのに貢献したというものです。本書の著者・川崎哲はICANの国際運営委員。 国連で核兵器禁止条約をつくることはこれまでの国際政治の常識では考えられないことでした。「非現実的な理想論」といわれてきたらしい。でも、それは実現しました。本書ではその舞台裏を紹介しつつ世界の核軍縮の歴史につい

自然を自然の眼を通して見る〜『イサム・ノグチ エッセイ』

◆イサム・ノグチ著『イサム・ノグチ エッセイ』(北代美和子訳) 出版社:みすず書房 発売時期:2018年4月 イサム・ノグチはアメリカ人を母、日本人を父としてロサンジェルスに生まれ、彫刻家として活躍しました。いや活躍の場は彫刻にとどまりません。舞台芸術、陶芸、家具デザイン、庭園設計、空間設計など幅広いジャンルで創作活動を展開したことで知られています。 私がよく足を運ぶ大阪・国立国際美術館でもノグチの《黒い太陽》《雨の山》などが所蔵されていて、ノグチの作品には折りに触れて接

民主主義の欠点を補完する制度!?〜『立憲君主制の現在』

◆君塚直隆著『立憲君主制の現在 日本人は「象徴天皇」を維持できるか』 出版社:新潮社 発売時期:2018年2月 21世紀の世界では「時代遅れ」とみなされることの多い君主制。それでも日本や英国をはじめ、北欧、ベネルクス諸国など世界43ヵ国で維持されています。君主制はかつての絶対君主制から立憲君主制にバージョンアップすることによって今日まで生き延びてきました。本書ではその歴史を検証しています。その作業は日本の象徴天皇制を再考するうえで多くの示唆を与えてくれるに違いありません。

政府広報が蔓延る時代に〜『権力と新聞の大問題』

◆望月衣塑子、マーティン・ファクラー著『権力と新聞の大問題』 出版社:集英社 発売時期:2018年6月 菅官房長官の記者会見での粘り強い質問ぶりですっかり有名になってしまった東京新聞の望月衣塑子記者。ジャーナリズム本来の仕事をしているだけの人がこれほどまでに注目されるという事実が、現代日本における政治報道の低調を物語っているように思います。 本書はそんな彼女がニューヨーク・タイムズ前東京支局長と語り合った記録。権力に翻弄される報道メディアはこれからどうあるべきなのか。弊害

難解な哲学書への道標〜『誰にもわかるハイデガー』

◆筒井康隆著『文学部唯野教授・最終講義 誰にもわかるハイデガー』 出版社:河出書房新社 発売時期:2018年5月 マルティン・ハイデガーの『存在と時間』は難解をもって鳴る哲学書として知られています。文学部唯野教授こと筒井康隆がその難物にチャレンジしました。本書はその講演記録を書籍化したものです。 ハイデガーは私のような哲学の素人がいきなり読んでもチンプンカンプンですが、なるほど標題どおりわかりやすい読み解きを行なっています。何より鍵言葉がやたら難しいのがハイデガーの特質な

社会民主主義で政治の回復を〜『嘘に支配される日本』

◆中野晃一、福島みずほ著『嘘に支配される日本』 出版社:岩波書店 発売時期:2018年7月 政治学者の中野晃一と社民党参議院議員・福島みずほの対談集です。 一連の公文書改竄や国会での虚偽答弁で日本の政治は嘘で塗り固められた惨憺たる様相を呈しています。その割には安倍政権の支持率は思ったほど落ちません。長期腐敗政権によるやりたい放題の悪政が堂々とまかり通っている摩訶不思議な時勢です。 安倍政権がやっているのは政治ではなく支配だと中野はいいます。では、政治を回復するためにはどう

面白い本を面白く紹介した面白い本〜『お釈迦さま以外はみんなバカ』

◆高橋源一郎著『お釈迦さま以外はみんなバカ』 出版社:集英社インターナショナル 発売時期:2018年6月 本書は、高橋源一郎がパーソナリティを務めるNHKのラジオ番組『すっぴん!』のワンコーナー「源ちゃんのゲンダイ国語」での話をもとに書籍化したものです。といっても、私はその番組を聴いたことはないのですが……。 本を書く人は基本的に本を読む人でもあります。作家でもあり読書家でもある源ちゃんがハンティングしてきた面白本から、思わず膝を打つ表現や笑える言葉を拾い出していきます。

日本人は本当に集団主義的なのか!?〜『日本の醜さについて』

◆井上章一著『日本の醜さについて 都市とエゴイズム』 出版社:幻冬舎 発売時期:2018年5月 日本人は欧米人に比べ集団主義的であるとよくいわれます。それは本当でしょうか。建築や都市景観に関しては、西洋と比較して日本人は集団主義的とは到底いえない。むしろ個々人が自由を謳歌している。井上章一はそのように主張します。じつにおもしろい。 欧州は日本と違い、近代的な自我をふくらませてきたと認識されてきました。しかし欧州の古い都市を歩くと気づくことがあります。古びた建物をそのまま使

両義性とユーモアをめぐって〜『大江健三郎 柄谷行人 全対話』

◆大江健三郎、柄谷行人著『大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人』 出版社:講談社 発売時期:2018年6月 ノーベル賞作家・大江健三郎と今や海外にも多くの読者をもつ批評家・柄谷行人の対談集。収録されている三つの対談は、それぞれ1994、95、96年に行なわれたものです。大江のノーベル賞受賞と相前後する時期にあたりますが、内容的には今日読んでもさほど古さを感じることはありません。 《中野重治のエチカ》と題された対話は、文字どおり中野重治に関するもので、読者を選ぶ

語ることの政治性を自覚しながら〜『はじめての沖縄』

◆岸政彦著『はじめての沖縄』 出版社:新曜社 発売時期:2018年5月 社会学者の岸政彦が沖縄について語ります。あるいは沖縄の語り方について語ります。必ずしも歯切れの良い記述がなされているわけではありません。一歩一歩自分の足元を確認しながらゆっくりと進んで行くかのような筆致。結論的なことから先に記せば、牛歩を思わせるような遅い歩みにこそむしろ著者の誠実さがあらわれている気がします。 社会学者として沖縄で体験したことや自分が遭遇した人びとの挿話を書き記す。あるいは歴史的な大

失うことで可能性は開ける!?〜『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』

◆堀内進之介著『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』 出版社:集英社 発売時期:2018年3月 人工知能の発展をベースにした情報通信技術のハイテク化は、私たちを常時世界と結びつけ、膨大な量の情報にアクセスできる利便性をもたらしてくれました。でも本当に人工知能時代はバラ色の未来を約束してくれると考えていいのでしょうか。 その問いに対しては対照的な二つの態度があります。 一つは人工知能の進化によって人間は単純なルーティンワークから解放され自由を得ることができるとの楽観的な展望を

噛み締めるほどに甘くなってゆく!?〜『絶望キャラメル』

◆島田雅彦著『絶望キャラメル』 出版社:河出書房新社 発売時期:2018年6月 青春小説でデビューした島田雅彦が35年ぶりに青春小説にかえってきました。大企業にスポイルされつつある疲弊した地方都市を舞台に繰り広げられる若者たちのささやかな冒険譚。そこに地方の活性化・町おこしが重ね合わされています。 物語の舞台となるのは架空の都市・葦原。本能寺なる寂れた寺に一人の男が寺の住職としてやってくる。江川放念。般若心経のTシャツに革ジャン、ジーパンにウエスタンブーツを履いた不思議な

文学と映画を凌駕するジャンルとしての〜『1968[3]漫画』

◆四方田犬彦、中条省平編著『1968[3]漫画』 出版社:筑摩書房 発売時期:2018年5月 四方田犬彦が中心になって編集した『1968』シリーズを締めくくる第3弾は漫画がテーマ。1968年、漫画は言語と映像を駆使する最新のメディアとして、文学や映画を凌駕しようとしていました。多くの才能が次々と現われ、彼らは壮大な領野を自在に駆けめぐり、驚くべき実験を試みていたのです。本書はその一端を現代に甦らせるアンソロジーです。 その時期にそのような実験的創作が可能になったのは、それ