権力と新聞の大問題_Fotor

政府広報が蔓延る時代に〜『権力と新聞の大問題』

◆望月衣塑子、マーティン・ファクラー著『権力と新聞の大問題』
出版社:集英社
発売時期:2018年6月

菅官房長官の記者会見での粘り強い質問ぶりですっかり有名になってしまった東京新聞の望月衣塑子記者。ジャーナリズム本来の仕事をしているだけの人がこれほどまでに注目されるという事実が、現代日本における政治報道の低調を物語っているように思います。

本書はそんな彼女がニューヨーク・タイムズ前東京支局長と語り合った記録。権力に翻弄される報道メディアはこれからどうあるべきなのか。弊害が指摘されて久しい記者クラブ制度をどうすべきか。ネット時代に既存メディアがどう対応すべきなのか。米国との比較を織り交ぜながら文字どおり「権力と新聞の大問題」を考えていきます。

報道には一般にアクセス・ジャーナリズムと調査報道があります。ファクラーの定義に従えば、前者は「権力に近い側に寄りそって情報を得ること」。記者クラブでの定例会見の内容を要約して伝えるのが典型例といえるでしょうか。後者は「メディア独自の調査を丹念に積み上げ、現場の取材を重ねることによって、そのメディアなりに確証を得た事実を報道」することを指します。誰もが後者の重要性を説いていますが、もちろん本書もその例にもれません。

ところで、望月記者が執拗な質問でそれまでの官房長官会見の様相を一変させると、もっとも過剰にして頓珍漢な対応をとったのは官邸ではなく他のメディアでした。望月記者の仕事ぶりに対して同業であるはずの産経新聞の官邸番の記者が質問状を突きつけてきたというのです。
いわく「望月記者は主観に基づいた質問をしていると指摘を受けているがその認識はあるか」「質問は簡潔に、同趣旨の質問は控えて、などと注意を受けているが、改善の必要性についてどう考えているか」……。

新聞を名乗りながら公権力の番犬に成り下がっている自分たちの無様な態度こそ根本的な「改善」の必要性があるのではないでしょうか。本当に嗤ってしまいます。

また現政権の政策上の問題として、望月が「日本版NSCができたことの怖さ」を指摘しているのは重要だと思われます。

……日本はこれまで専守防衛遵守の立場上、九〇〇キロを超えて飛ぶような巡航ミサイルを持つことは、北朝鮮や中国に対する敵基地攻撃になる可能性があるから、かなり慎重でした。専守防衛が軍事的装備の一定の歯止めになっていたと思うんですけど、そういうことについて防衛省では、ほとんど議論されていないと思います。防衛省の意思とは関係なく、いきなり「予算化」ということになっている。これはNSCと官邸が主導しているからでしょう。(p111)

官僚の認識をも無視して一部政治家の暴走によって議論抜きに大事な問題が既成事実化されていくことに私たちはもっと危機意識をもつべきかもしれません。

ファクラーの発言では、オバマ大統領時代の言論弾圧について言及しているのがじつに興味深い。「メディアへの弾圧ということで言えば、オバマ政権のほうが、トランプ政権よりもずっと強硬な手段を取っていました」と指摘しているのです。「オバマ政権ほど、記者や取材相手を摘発した政権は史上かつてありません」。

具体的には、第一次大戦時にできた防諜法の適用頻度が高まりました。同法が発令されてからオバマ政権ができるまでの九〇年間で摘発された人はわずか三人。しかし、オバマ政権の八年の間だけで、八人も摘発されたといいます。内訳を見ると記者よりも取材先、つまり内部告発者に対して監視の目を光らせていたことがわかります。核政策の言行不一致を含めてオバマ政権時代の欺瞞性は今後もっと明らかにしていくべきではないでしょうか。

権力とジャーナリズムの関係を考えるという点ではとくに目新しい問題提起がなされているわけではありません。ただ安倍政権下におけるメディアの舞台裏については具体的なファクトがいくつも披瀝されていて、その点ではビビッドな内容を伝えてくれる本といえるでしょう。

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