マガジンのカバー画像

短編小説

487
これまでの作品。
運営しているクリエイター

2023年2月の記事一覧

【卒業】

【卒業】

 卒業式間近。ちょっとイイ仲の女子が気になっていた。
 毎日のように一緒にいたし、ほんのり匂わす雰囲気もあった。

 なのに「気になる人がいる」と彼女。

「……じゃあ、後悔しないようにな」

 奥歯を噛みしめつつ、彼女の背を押す。
 すると真剣なまなざしを向けられ、

「……その言葉、そのまま返していい?」

【シュレーディンガーの私】

【シュレーディンガーの私】

「かわいい♡」
 通販で服を購入。身にまとい鏡の前へ。
 何度見ても世界で一番。
 部屋を出て街に繰り出せば、多くの人を魅了できるかもしれない。

 ピンポン、と突然のチャイム。

 急いで着替えて配達を受け取る。
 可愛い服装のままで出なかったのは、可愛くないと思われるのが恐かったから、じゃ、ないはずだ。

【15歳の。】

【15歳の。】

 顔も覚えぬ内に父が蒸発。代わりに15歳年上のお兄さんが、家によく出入りした。
 私を捨てた父が憎いとこぼすたび、渋い顔をされたものだ。

 時を経て私は同級生と結婚。
 授かった男の子は兄さんそっくり。

「孫の顔だよ」

 全て察した私は兄さんへ詰め寄る。
「黙っててごめんな」
 と、渋い顔をした父が言う。

【スマート】

【スマート】

 満を持して電子決済アプリをインストール。これで俺もスマートな大人の仲間入り。
「お支払いどうされます?」
 店員の問いに「ベイベイで」とクールに返答。
 スマホをかざすと
「ベイベイ♪」
 という効果音。更に
「ドゥルルルルルン。アタリッ。イェーイ!」
 と大合唱。
「アタリですね」
 と店員。
「……はい」

【要して!】

【要して!】

「要するに、君の話は要点を得ていない。何を伝えたいのか、何が必要なのかをまとめるんだ。国語力が大事だよ。小学校で習うレベルだ。別に君をバカにしている訳じゃないから。このくらいでパワハラとか言ってたらやってらんないよ。もっときつ」

「ちょ、ちょっといいですか?」

「ん?」

「要するに?」

【君と僕だけの秘密】

【君と僕だけの秘密】

「はあ、アイツマジでムカつく!」
 悪態をつく彼女。クラスで絶対に見せない裏の顔だ。僕にだけ見せる本当の顔。
 友達のいない僕だけに。
「そういやアイツ、『肥後沢雨莉《ひごさわあめり》』好きなんだって」
 それはある作家の名前だ。
「正体明かしたら仲良くなれるかもよ?」
 それは嫌だ。秘密は好きな人とだけ共有したい。

【ガチャ】

【ガチャ】

「上司ガチャはハズレだったようです」

 部下はそんな一言を残し辞めていった。
 入って数か月と持たなかった。
 経験を積ませ、相談に乗り、私的な時間を割いてでも問題解決に付き合った。

「なのにこの仕打ちはひどくないか」

 同僚に愚痴る。

「お前の運が悪かっただけさ。部下ガチャの、ハズレを引いただけ」

【その先は】

【その先は】

「言わせね~よ!」
 お笑い好きな友人。
 今日も今日とてやかましいが、おかげで悩みもまぎれる。

 父から一段と激しく暴行されたある夜。
 もう終わらせよう、と校舎の屋上へ。
 柵に手をやると、なぜか友人が現れ私の腕を掴む。
「放して!私なんて死んだ方がマ――」
 優しいハグで声が詰まる。
「言わせねえよ」

【変わらないねぇ】

【変わらないねぇ】

 有名になった大学の同級生。
 在学中はパチンカスクズだった彼だが、今では講演家なんてやっている。

「持論ですが、うけうりを自慢げに話す人にロクな奴はいません」

 講演中の彼の話を聞き、俺は深く深く頷く。
 かつて彼と同じゼミで、俺たちの教授が一言一句違わぬ言葉を言っていたことを思い出しながら。

【君たちだけのヒーロー】

【君たちだけのヒーロー】

 僕と同じく戦隊ものが好きな君。
 やがて僕らは家族に。
 子宝に恵まれ、夢にも近づいたが、仕事はまだ選べない。

 舞台袖で君の言葉を思い出す。

「いいじゃん、私たちだけのヒーロー」

 いざ壇上で口上。

「ぐはは。かかってこい!」

 観客席から小さながんばれの声。
 それが悪役への声援だと僕だけが知っている。

【二段トラップ】

【二段トラップ】

「英語禁止ゲーム開始。最近の電子遊戯、何してる?」
 仕掛ける友人。
「スマ、じゃなくて携帯端末で馬のヤツしてる」
 ギリギリ無事な俺。
「さすが。やりおる」
 おだてる友人。
「その程度のトラップが俺に通じるとでも?」
 自慢げな俺。
「その程度で図に乗るのがお前のダメなとこ」
 勝ち誇る友人。

【チョコレートこわい】

【チョコレートこわい】

 まんじゅうこわい、という落語を聞いた俺。
「この作戦で行こう」
 チョコが嫌いだと言いふらせば、皆から貰えるはず。

 当日。

「嘘だろ」
 机の中にも下駄箱にも、らしきものは見当たらない。
 途方に暮れ帰ろうとすると、

「待って」

 と息を切らす女子。

「チョコは苦手だったよね」

 その手にはクッキーと、手紙。

【君がくれるもの】

【君がくれるもの】

「私に任せてください」
 困りごとがあると、いつも助けてくれる同僚。
「大丈夫です。なんとかできます」
 私は一度は断る。
「他の仕事もあるのでしょう?」
「はい……」
 同僚の免罪符のような言葉に、つい甘えてしまう。
「任せて」
 今日も同僚が厚意をくれる。
 私に申し訳なさを与え続けているとも知らずに。

【再会】

【再会】

 匂い。小さい頃一緒だった、あの少年の。
 ぎゅっとした時の彼の体臭を、未だに忘れられずにいる。

 今、街で出会った人の部屋。
 明りを落とし、部屋を暗くする。
 ぎゅっと、相手を抱きしめる。

「あ」

 鼻腔を懐かしさがくすぐる。
 記憶が鮮烈に蘇る。
 彼と目が合う。

 私たちは、きっと同じような表情をしていた。